
「同意なき買収(敵対的買収)」への対応は、経産省「企業買収行動指針」により大きく変化しました。従来の保身的な防衛策は通用せず、取締役には高度な法的判断が求められます。本記事では、企業法務専門の弁護士が、買収提案を受けた際の具体的な初動プロセスと、善管注意義務違反を回避するための実務ポイントを解説。有事の混乱を防ぎ、企業価値を守るための「平時の備え」についても詳述します。
とあるストーリー

「ある日突然、見知らぬ企業やファンドから『経営統合』や『株式公開買付け(TOB)』の提案書が届く」
かつては一部の事例に限られていた「同意なき買収(敵対的買収)」ですが、ここ数年で日本のM&A実務における「日常的なリスク」へと変化しました。
ニデックによる工作機械メーカーへのTOBや、流通大手への外資系からの買収提案など、業界再編の波は規模や業種を問いません。
経済産業省が策定した「企業買収における行動指針」は、経営陣に対し、買収提案を単に「敵」とみなして排除するのではなく、「株主にとって利益があるか」という基準で真摯に向き合うことを求めています。
本記事では、企業法務を専門とする弁護士の視点から、最新の指針に基づいた取締役の法的義務と、いざという時に会社と株主を守るための「正しい初動対応」について解説します。
「敵対的買収」から「同意なき買収」へ~変化したM&Aのルール

日本の企業社会では長らく、経営陣の同意を得ない買収は「乗っ取り」として忌避されてきました。しかし、現在その潮目は完全に変わっています。
経済産業省「企業買収における行動指針」のポイント
2023年に策定されたこの指針は、M&A実務における「新しい憲法」のような存在です。
最も重要なメッセージは、「望ましい買収か否かは、経営陣の好みではなく『企業価値・株主共同の利益』で判断すべき」という点にあります。
真摯な買収提案の尊重: 具体的かつ実現可能性のある提案(真摯な提案)に対しては、取締役会は無視や門前払いをしてはならず、真摯に検討する義務があります。
買収防衛策の正当性
平時に導入する防衛策であっても、それが経営陣の保身を目的とするものであれば、株主総会や裁判所で否定される可能性が高まっています。
保身目的の防衛策はなぜNOなのか
かつては「事前の警告型買収防衛策(ポイズンピル)」を導入している企業が多くありましたが、近年は廃止のトレンドが続いています。
機関投資家や裁判所は、「経営陣が自分の地位を守るため(エントレンチメント)」の防衛策には非常に厳しい目を向けます
。「買収者が不適格だ」と主張するためには、抽象的な懸念ではなく、具体的な根拠に基づき「買収後の企業価値が毀損する」ことを論証しなければなりません。
買収提案を受けた取締役の法的義務とリスク

「同意なき買収」の提案を受けた際、取締役が最も恐れるべきは、買収されることそのものよりも、対応を誤って「善管注意義務違反」で株主から訴えられることです。
善管注意義務と忠実義務の具体化
取締役には、会社と株主に対して「善管注意義務」および「忠実義務」があります。
もし、買収提案によって提示された価格が、市場価格より大幅に高く(プレミアムが乗っており)、株主にとって利益のあるものであった場合、経営陣が保身のためにこれを拒否すれば、株主に対する背任行為となりかねません。
「提案を検討さえせずに拒絶した」「合理的な理由なく対話を拒否した」という事実は、後の裁判で取締役に不利に働く決定的な証拠となります。
「透明性」と「公正性」の確保
買収者への対応において、法的に最も重視されるのがプロセスの「公正性」です。
経営陣だけで密室で議論するのではなく、利害関係のない社外取締役や外部専門家を交えた検討プロセスを経ているかどうかが、司法判断の分かれ目となります。
【有事対応】買収提案が届いた時の初動プロセス

では、実際に「初期的な提案書」や「意向表明書」が届いた場合、具体的にどう動くべきでしょうか。最初の72時間の動きが、その後の運命を左右します。
初期検討と情報開示の判断
まずは慌てずに、弁護士等の専門家チームを招集し、提案内容を精査します。
提案の具体性
資金の裏付けはあるか? 事業計画は具体的か?
真摯性
単なる嫌がらせやグリーンメーラー(株の買戻し要求)ではないか?
また、どのタイミングで事実を公表(開示)するかも高度な経営判断です。早すぎる開示は市場を混乱させ、遅すぎる開示はインサイダー取引のリスクや不透明さを招きます。
独立委員会(特別委員会)の立ち上げと活用
経営陣(社内取締役)は、「自分の職を失うかもしれない」という利害関係当事者になり得ます。そのため、経営陣から独立した「特別委員会(社外取締役、弁護士、会計士などで構成)」を立ち上げ、買収提案の評価や対抗策の要否について諮問することが、現在の実務ではほぼ必須です。
裁判所も、この特別委員会の判断(答申)を尊重する傾向にあります。
買収者との対話・交渉(真意の確認)
「敵対的」であっても、対話の窓口を閉ざしてはいけません。
「質問状」を送付し、買収後の経営方針や従業員の処遇、シナジー効果の具体性について問い質します。このプロセスを通じて、買収者の真意を炙り出すとともに、仮に買収を受け入れる場合でも、少しでも有利な条件(価格の引き上げ等)を引き出すための交渉を行います。
【平時対応】「狙われない」ための準備と企業価値向上

有事になってから泥縄で対応策を練るのでは手遅れです。平時において「狙われにくい体質」、あるいは「いざという時に戦える体制」を作っておくことが肝要です。
常設の買収防衛策(ポイズンピル)の現在地
前述のとおり、平時導入型の防衛策は減少傾向にあります。
現在は、平時には防衛策を設けず、有事(買収者が現れた際)に株主総会に諮って対抗措置(新株予約権の無償割当て等)を発動する「有事導入型」の考え方が主流です。そのためには、短期間で株主総会を開催し、委任状争奪戦(プロキシファイト)を勝ち抜く準備が必要です。
株主との対話(エンゲージメント)とIR(インベスター・リレーションズ)戦略
PBR(株価純資産倍率)が1倍を割れているような「割安放置」の状態は、買収者にとって格好の標的です。実は、日本企業にはこのような会社が少なくないといいます。
「今の経営陣に任せるより、買収された方が株価が上がる」と株主に思われてしまえば、防衛は不可能です。平時から機関投資家と対話し、経営方針への理解を得ておくことが、最強の防衛策となります。
有事対応マニュアルの整備とシミュレーション
「社長、買収提案書が届きました」と報告があった瞬間、誰が・どこに・何の連絡をするか決まっていますか?
有事対応マニュアル(コンティンジェンシー・プラン)を策定し、年に一度は机上訓練(シミュレーション)を行うことを推奨します。これにより、初動の遅れによる致命的なミスを防ぐことができます。
複雑化するM&A防衛対応における弁護士の役割

買収防衛や対抗提案(ホワイトナイトの探索など)の局面は、法律、金融、広報が複雑に絡み合う総力戦です。
法的な「正当性」の担保と交渉代理
我々弁護士の役割は、経営陣の決定が「法的に正当である」というお墨付きを与え、後日の訴訟リスクを最小化することです。また、感情的になりがちな当事者に代わり、冷静な交渉代理人として買収者と対峙します。
経営陣への助言と精神的支柱として
買収防衛の期間、経営陣にかかるプレッシャーは計り知れません。法的な助言はもちろんのこと、数々の修羅場を経験した外部パートナーとして、冷静な意思決定を支えることも重要な役割と考えています。
平時の今こそ「リーガル・ヘルスチェック」を

「同意なき買収」は、もはや対岸の火事ではありません。
貴社の定款や買収防衛策(もしあれば)は、最新の「企業買収行動指針」に適合していますか? 数年前に作ったままのマニュアルでは、現在の司法判断に耐えられない可能性があります。
提案書が届いてからでは、選択肢は極端に狭まります。
まだ何も起きていない「平時」の今だからこそ、一度専門家の目によるリーガルチェックを受け、有事への備えを万全にしておくことを強くお勧めします。
当事務所では、「現状の備えで大丈夫か」といったスポットでの診断も可能ですので、まずはお気軽にお問い合わせください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 企業が直面する様々な法律問題については、各分野を専門に担当する弁護士が対応し、契約書の添削も特定の弁護士が行います。企業法務を得意とする法律事務所をお探しの場合、ぜひ、当事務所との顧問契約をご検討ください。
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