
M&Aの仲介契約の場合、不動産の仲介契約と違い、多く使われているひな型というものがなく、仲介会社によって千差万別であり、仲介会社に有利な内容になっているものが多いと思います。今回はM&A仲介契約につき注意点の一部について述べてみました。
1 はじめに
M&A仲介会社は、売手と買手の間に立ち、公平な第三者としてマッチング、進行を管理し、成約までをサポートします。M&Aを行なおうとする場合、仲介会社に依頼し、仲介会社との間でM&A仲介契約を結ぶのが一般的ですが、今回は仲介契約において注意した方がよい点について述べてみたいと思います。
2 直接交渉禁止条項

⑴ 一般的な条項例
「買手は、本契約期間中および本契約終了後3年間、仲介会社の承諾を得ることなく、仲介会社が紹介した売手またはその株主との間で、本件取引に関する交渉を直接行い、または本件取引を目的とする契約を締結してはならない。」
⑵ 注意すべき事項
① 「紹介」の定義が曖昧
買手が自社で発見した企業や、別のルート(銀行や他の仲介会社)から提案されていた企業まで、その仲介会社の「紹介」の権利範囲に含まれてしまう可能性があります。
そこで、「仲介会社が紹介した売手またはその株主との間で」は、「本契約に基づき、仲介会社が紹介した売手又はその株主との間で(ただし、買主がすでに知っていたしていた企業を除く)」」とすることが考えられます。
② 有効期間が長すぎる
契約終了後、3年という長い期間、直接交渉が禁止されてしまいます。つまり、仲介会社が途中で案件から手を引いたり、交渉が一度決裂したりした後でも、3年間はその企業と一切の取引ができなくなります。そこで、3年ではなく1年程度とすることが考えられます。
③ 通常業務との違い
買手と売手(またはそのグループ会社)が、M&Aとは無関係にすでに通常業務での取引(商品の売買など)がある場合、そのコミュニケーションまで「交渉」と誤解されることになりかねません。
「ただし、M&Aとは無関係の通常業務での取引は除く」などの条項を入れること考えられます。
3 専任条項の有無

⑴ 一般的な条項例
「買手は、本件に関するM&Aの支援業務を仲介業者に対して専任で依頼するものとし、本契約期間中、他の仲介業者、アドバイザーなどに対し、本件と同一または類似の業務を依頼してはならない。」
⑵ 注意すべき事項
専任契約を結んでしまうと、他の仲介会社から魅力的な案件を持ち込まれても、それを検討することが契約違反になる可能性があります。また、仲介会社が自社の利益を優先し、自社が抱えている売手ばかりを優先して紹介する「囲い込み」のリスクが生じ、市場にある最適なターゲットを見逃すことになりかねません。
ただ反対に、専任契約をした方が、仲介会社が熱心に動いてくれるという面もありますし、また、何社もの仲介会社を相手にしていくのは買手にとって煩わしいという面もあります。
これらの面を考えた上で、専任にするのか、非専任にするのかを考えた方がよいと思います。
もし専任にするのであれば、仲介会社のマッチング、進行管理に不満があるときは、すぐに解約できるよう、解約通知期間を短くした中途解約条項を定めておくべきです。中途解約については次に述べます。
4 中途解約

⑴ 一般的な条項例
ア 「本契約の有効期間中、買手は、仲介会社の事前の書面による承諾がない限り、本契約を解約することができないものとする。」
イ 買手が本契約の有効期間中に本契約を解約した場合、理由の如何を問わず、買手は仲介会社に対し、違約金として金〇〇円、および乙がそれまでに要した費用を支払うものとする。
⑵ 注意すべき点
買手にとって、この条項には以下の3つの問題があります。
① M&Aの検討を進める中で、対象企業の法的リスクや財務リスクが発覚することがあります。解約が制限されていると、「もう後戻りできない」という心理的・経済的圧力(サンクコスト)が働き、本来中止すべき買収を強行してしまうリスクが生じます。
② 仲介会社のマッチング、進行管理に不満がある場合(良い案件を持ってこない、交渉のサポートが悪い)でも、契約が解除できなければ、その仲介会社を使い続けなければなりません。これは、買手の貴重な時間(投資機会)の損失につながります。
③ 本来、仲介会社は「成約」という成果に対して報酬を得るべきです。中途解約を禁止し、違約金を設定することは、成果が出ていない段階で報酬を確定させることになり、業者のモチベーション低下(「解約されないから、一生懸命動かなくてもよいという考え)を招く恐れがあります。
したがって、仲介契約書では、「買手は、理由を問わず本契約を1ヶ月前の予告をもって、中途解約することができる。この場合、買手は仲介会社に対し、解約に伴う違約金などの支払義務を負わない。」のように規定しておくべきです。中途解約を禁止する条項がなくても、中途解約できる旨の条項がなければ中途解約はできませんから、このような中途解約の条項はぜひとも加えておくべきです。
なお、ここでは1ヶ月としましたが。「いつでも」とか「2ヶ月」とすることも考えられます。
5 手数料の算出基準

M&A仲介契約において、手数料の算出基準は最もコストに直結する重要な項目です。算出基準をどうするかで、手数料の額が数千万円単位で変わってくることもあります。
手数料の算出基準は仲介会社によって様々ですが、主要な3つの算出基準について、それぞれの特徴と買手にとってのメリット・デメリットを述べてみます。
⑴ 株式譲渡対価基準
買手が売主に支払う「株式の購入代金」をベースに計算する方法です。買手にとって最もシンプルで、支払額を最小限に抑えられる可能性が高いですが、仲介業者にとっては、負債が多い(=株価が低い)企業をまとめた際の報酬が少なくなってしまいます。
⑵ 移動総資産(総資産)基準
株式の対価に加えて、対象会社が抱えている「負債(借入金など)」を合算した金額をベースに計算する方法です。つまり、総資産から負債を差し引かない方式になります。負債が多い企業のM&Aでも大きな報酬が得られるため、仲介会社には好まれます。しかし、買手にとっては、「借金を引き受ける」上に、さらに仲介手数料を払う形になるため納得感が低いケースが多いと思います。
⑶ 純資産額
資産と負債の差額をベースにする方法です。決算上の記載をもとに容易に計算でき明確ですが、売手が債務超過企業の場合は純資産額がゼロになってしまうということがあります。
以上の基準のどれかで算出された価格を基に、レーマン方式と呼ばれる下記のような一定の率をかけて報酬を算定することが多いと思います。
| 5憶円以下の部分 | 5% |
| 5憶円超10憶円以下の部分 | 4% |
| 10憶円超50憶円以下の部分 | 3% |
| 50憶円超100億円以下の部分 | 2% |
| 100憶円超の部分 | 1% |
仲介業者から提示される仲介契約書は、多くの場合「移動総資産(総資産)基準」となっていますが、これですと報酬が非常に高くなるので、「株式譲渡対価基準」にした方がよいと思います。
6 中間金の有無と返還規定

M&A仲介契約における「中間金」とは、基本合意書(LOI)を締結したタイミングで支払う報酬のことです。しかし、買手にとって、中間金は「最もリスクになりやすい支払い」の一つです。
⑴ 一般的な条項例
「買手は、ターゲットとする企業との間で基本合意書を締結したときは、仲介会社に対し、中間報酬として金〇〇円(または成功報酬の〇%相当額)を支払うものとする。この中間報酬は、本契約が終了し、または本件取引が成立しなかった場合であっても、乙は甲に対してこれを返還することを要しない。」
⑵ 注意すべき点
買手から見た最大の問題は、成約しなかった場合でも返ってこないという点です。
通常、基本合意書締結の後に、買手は調査(デューデリジェンス)を行います。しかし、デューデリジェンスの結果、粉飾決算や致命的なリスクが見つかって買収を断念した場合でも、中間金は返還されません。また、仲介業者は中間金を得るために、まだ検討が不十分な段階でも「まずは基本合意をしましょう」と急かす動機が生まれます。
そこで買手としては、完全成功報酬とし、中間金はなしとする方向を目指すべきです。これも十分にあり得ると思います。
これが難しい場合は、中間金は、完全成功報酬の内払いとし、M&Aが成立した場合は成功報酬の一部となる、M&Aが成立せず、成功報酬が発生しないときは、それが売手側の理由(隠れた債務の発覚、売却の中止など)によるときは、仲介会社は中間金を買手に返還するなどの取り決めも考えられると思います。
7 最後に

M&Aの仲介契約の場合、不動産の仲介契約と違って、ほとんどの不動産業者が使用しているひな型というようなものはありません。その意味で、M&Aの仲介契約は千差万別と言ってもよく、仲介会社が有利になっている条項が非常に多いと思います。例えば、M&Aの買主が仲介会社のやり方に疑問を持ち、その点の主張をしたところ、それなら中途解約してくれと言われ、解約したところ多額の違約金を請求されたというようなこともあります。
今回述べたのは、注意すべき点の一部であり、ほかにもいろいろあると思いますので、本来は、顧問弁護士などにきちんと仲介契約書のチェックをしてもらった方がよいと思います。
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