近年社会問題化しているカスハラですが、労働者の心身の安全を守り、労働者が安心して働くことができるよう、カスハラ対策を行うことは事業者の責務です。第5弾である本稿は、前回に引き続き、企業が具体的に取り組むべきカスハラ対策を取り上げます。

カスハラ対策がいよいよ法制化

近年社会問題化していたカスタマーハラスメント(カスハラ)に対し、法整備を求める声の高まりを受け、令和7年6月4日、改正労働施策総合推進法が成立しました。

カスハラ対策を行うことにつき、これまでは、厚労省の告示(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」)による努力義務だったものが、これからは、いよいよ、事業主の法的義務となるのです。

改正法では、カスハラとは、

①顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者が行う、
②社会通念上許容される範囲を超えた言動により、
③労働者の就業環境を害すること

という3つの要件を全て満たすものを言います。

なお、改正法の施行は公布から1年半以内です(つまり、令和8年中には施行開始となります)。

さて、企業のカスハラ対策としてお届けしてきた本シリーズですが、第5弾となる本稿では、前回に引き続き、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」に沿って、企業が具体的に取り組むべきカスハラ対策を紹介したいと思います。

企業が取り組むべきカスハラ対策の概要

事業者の責務であるカスハラ対策を実践するため、企業が具体的に取り組むべき対策は、大きく分けて、【カスハラを想定した事前の準備段階】と【カスハラ事案が実際に発生した場合】の2つに分かれます。

今回は、後半の【カスハラ事案が実際に発生した場合】の対策を取り上げます。

具体的には、

⑤事実関係の正確な確認と事案への対応
⑥従業員への配慮の措置
⑦再発防止のための取り組み
⑧その他(①~⑦の措置と併せて)講ずべき措置

です。

それでは、詳しく見ていきましょう。

⑤事実関係の正確な確認と事案への対応

顧客等からのクレームの中には、正当なクレームや企業の経営改善に役立つ有益なものもあります。

カスハラに該当するかどうかは、

①顧客等の要求内容に妥当性はあるか
②要求内容を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当と言えるか

を基準に判断していきます。

このカスハラ該当性の判断を的確に行うためにも、まずは、事実関係の正確な確認をすることが極めて重要です。

厚労省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」で紹介されているフローは、次のとおりです。

  • STEP 1
    時系列で、起こった状況・事実関係を正確に把握し、理解する
  • STEP 2
    顧客等の求めている内容を把握する
  • STEP 3
    顧客等の要求内容が妥当か検討する
  • STEP 4
    顧客等の要求の手段・態様が社会通念上相当か検討する

事実かどうかの判断については、各担当者が個別に判断せず、周囲や管理者に相談するなど、複数名で判断するようにしましょう。

顧客等の主張が事実と異なる場合には、客観的な証拠をもとにその誤りを指摘できた方がよいので、トラブルの状況を録画・録音したものがあるかどうかも確認して下さい。

事実関係を正確に把握したうえで、ある顧客等の言動がカスハラに該当するとの判断に至った場合には、予め策定した対応方法・手順に従って、顧客等に対応します。

例えば、

■これ以上は対応できない旨を告げて、電話を切る/退店するように言う
■以後、出入り禁止とする

などです。

⑥従業員への配慮の措置

従業員がカスハラ被害を受けた場合、速やかに被害を受けた従業員に対する配慮の措置を取る必要があります。

従業員の安全の確保

従業員の「身体面の安全」を確保することで、顧客等が殴る・物を投げるなどの暴力行為を行う、身体に触るといったセクハラ行為をしてくる場合、直ちに対応しなければなりません。
具体的には、速やかに警察に通報する、現場監督者が担当を代わり、被害に遭った従業員をその顧客等から物理的に引き離す、といった対応です。

従業員の精神面のフォロー

従業員の「精神面の安全」を確保することで、メンタルヘルス不調の兆候がある場合、産業医や産業カウンセラー、臨床心理士などの専門家に相談対応を依頼します。
また、こうした相談対応だけでは不十分なくらい、メンタルヘルスに不調をきたしている場合には、本人に対し、専門の医療機関を受診するよう促して下さい。

⑦再発防止のための取り組み

カスハラ事案に限ったことではありませんが、「発生した事案に対応し、解決して終わり」というだけだと、再び同じ事案が発生する可能性があります。

解決した事案を教訓に、再発防止策を講じてこそ、次の被害を防ぐことができます。

もちろん、カスハラの場合、根本的には、顧客等の意識が変わらないことには事案の発生を防ぐことが難しい面もあります。

しかし、もし、従業員側の問題ある接客態度に起因して発生したカスハラであれば、そうした接客態度を企業側が改善することで、同じ原因に基づいてカスハラが発生するのを防止することが可能です。

再発防止のための取り組みとしては、

■(カスハラ対策をにらんだ)接客対応に関する研修を行う
■個人情報を伏せてトラブル事案を類型化し、社内で情報共有する
■実際に発生した事案をもとに、社内のクレーム対応マニュアルの見直し・改善を行う

といったことが考えられます。

また、最近では、顧客等の意識に働きかけることを念頭に、「当社は、ハラスメントは絶対許しません」といったメッセージを載せたポスターを、敢えて店内の目立つところに掲示している企業もあります。

これも、ひとつの有効な対策だと思います。

⑧その他(①~⑦の措置と併せて)講ずべき措置

その他に講ずべき措置として、厚労省のマニュアルで紹介されているものには、次のようなものがあります。

カスハラの発生状況の迅速な把握と情報の記録

従業員からの相談を待つばかりではなく、カスハラの発生を迅速に把握し、またカスハラ事案となりそうな予兆を捉えるため、企業自らが能動的に情報を取得する取り組みです。
例えば、「年に数回、上司が従業員との面談を実施し、業務上の困り事はないか聞き取るようにする」といった比較的簡単にできるものから、中には、「顧客等との通話内容を文字化するシステムを導入し、そのテキストをリアルタイムでチェックする」といった取り組みをしている企業もあるようです。

また、顧客等からのクレームがあった場合に、その内容や対応の経緯、結果等を正確に記録しておけば、現に発生しているカスハラへの対応や、事後の再発防止策に活かすことができます。

取引先企業とのトラブル対策

顧客「等」と表現していることからもお分かりのとおり、カスハラは顧客からの被害だけでなく、取引先企業の従業員から被害に遭う(あるいは、こちらが取引先企業の従業員にカスハラ行為をしてしまう)こともあり得ます。

そこで、取引先企業とのトラブル対策を考えておくことも重要です。

【自社の従業員が取引先企業の従業員から被害を受けた場合】

まずは、自社の従業員から詳しい事情を聴取しましょう。

次に、取引先企業に対し、事実確認の協力を求めます。

そのうえで、取引先企業と共同で、カスハラ行為が疑われる取引先従業員から事情聴取を行い、事実確認をします。

自社の従業員がカスハラの被害を受けたにもかかわらず、事業主として十分な対応を行わないでいると、安全配慮義務違反を理由に、当該従業員に対して損害賠償義務を負うことにもなりかねません。

加害者が取引先企業の従業員だからといって、泣き寝入りや放置をしてはいけません。

【自社の従業員が取引先企業の従業員に被害を与えた場合】

この場合は、上記とは逆に、取引先企業から事実確認への協力を求められると思いますので、なるべく迅速に、誠実に対応します。

その結果、もし、自社の従業員によるカスハラ行為が認められた場合は、その従業員に対する懲戒処分も検討します。

立場の弱い取引先企業に対し、過大な要求をし、それに応えられない場合に厳しく叱責する、取引を打ち切る、依頼業務とは関係のない私的な雑用の処理を行わせる、などといった行為は、独占禁止法上の優先的地位の濫用や下請法上の不当な経済上の利益の提供要請に該当し、刑事罰や行政処分を受ける可能性があります。

このような行為は絶対にしないよう、自社の従業員に改めて周知を徹底し、再発防止に努めて下さい。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 田中 智美

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