歯科医院経営における残業代の考え方

歯科医院を経営する上で従業員を雇うという場面は人数の多寡はあるにせよ存在するものと思います。

従業員を雇って働いてもらう以上、残業代という話題は避けて通れませんが、労使間で残業代に関する認識が異なるとしてトラブルになることも多くあります。

今回は歯科医院経営における残業代の考え方について解説をしていきます。

残業代の基本に関する確認

残業代の基本に関する確認

決められた労働時間を超えて従業員を働かせた場合、残業代が発生します。

従業員の労働時間については、労働契約で定める所定労働時間と労基法の定める法定労働時間に分けられます。

所定労働時間は雇用契約において定められる午前●時~午後●時までという1日の労働時間をいいます。

法定労働時間は1日8時間、1週40時間(常時雇用が10人未満の小規模歯科医院の場合は週44時間)を超えて従業員を働かせてはならないという労働時間をいいます。

法定労働時間を超えて従業員を働かせる場合には従業員との間でいわゆる36協定を締結する必要があります。

上記の労働時間の区分けに応じて残業代も法内残業と法外残業に分けられます。

法内残業は所定労働時間を超えるが法定労働時間を超えない残業をいいます。

法外残業は法定労働時間を超える残業をいいます。

法内残業と法外残業は割増賃金が発生するか否かという点が異なります。

労働基準法は、法外残業について、法外残業の性質(通常の法外残業、深夜残業、休日出勤)に応じて、時給単価の1.25倍~1.5倍の割増賃金の支払いを求めています。

法内残業には割増賃金は発生しませんので、従業員には残業時間×時給単価で計算した残業代を支払うことになります。

法外残業には割増賃金が発生するため、従業員には残業時間×時給単価×割増率で計算した残業代を支払うことになります。

※ 一般に残業代という場合には法外残業に対する残業代を指しますので、以下ではそれを前提に残業代という言葉を使います。

歯科医院において残業代の処理が問題となるケース

歯科医院において残業代の処理が問題となるケース

歯科医院を経営する中で残業代の支払いについて問題となり得るケースをいくつか紹介します。

歯科医は専門職であるため、歯科医については労働時間を管理していない

歯科医は専門職であるため、歯科医については労働時間を管理していない

歯科医以外の従業員についてはタイムカード等で労働時間を管理しているが、歯科医については従事する業務の専門性ゆえ同様の管理をしていないというケースがあります。

歯科医についてタイムカード等が存在しない以上、残業時間の算定もされず、歯科医に対して残業代が支払われていないという状況です。

歯科医以外の従業員と比較して専門的な技術を有し給与の高い歯科医については残業という概念が観念できないという発想に基づく対応かと思われますが、この処理は危険です。

労働基準法において、一定の専門業務について実際の労働時間にかかわらず労使協定で予め定められた労働時間分労働したものとみなすという制度(専門業務型裁量労働時間制)は存在しますが、歯科医はその対象業務とされていないため、同制度を用いて歯科医に対して残業代が支払われていないという状況を正当化することはできません。

歯科医についても労働時間を管理し、残業時間に応じた残業代を支払う必要があります。

残業を15分もしくは30分といった単位で扱っており、それを超えない限り残業として扱っていない

残業を15分もしくは30分といった単位で扱っており、それを超えない限り残業として扱っていない

タイムカード等において従業員の労働時間は管理しているものの、あらかじめ設定した時間数を超えない限り残業としてカウントしないという扱いをしているというケースがあります。

設定した時間数を超えない残業については残業時間から切り捨てられ、その分の残業代が支払われていないという状況です。

残業時間の区切りを15分もしくは30分とすることは問題ないという認識に基づく対応かと思われますが、この処理は危険です。

基本的に残業時間は1分単位で計算をする必要がありますので、切り捨てられた残業時間については追加で残業代を支払うことになります。

なお、月の残業時間の総計において、1時間未満の残業時間について、30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げるという処理をすることは従業員にとって一律に不利に働くわけではなく、事務処理上の便宜も図られるという理由から認められています。

固定残業代制度を導入しているため残業代は支払っていない

固定残業代制度を導入しているため残業代は支払っていない

給与費目として固定残業代を設定しているため、別途、残業代を支払っていないというケースがあります。

毎月の給与として定額の固定残業代を支給しており、その他の残業代は支給されていないという状況です。

固定残業代を支払っているからそれ以外に残業代を支払う必要はないという認識に基づく対応かと思われますが、この処理は危険である可能性があります。

固定残業代制度には固定残業代が残業代の支払いとして判別できることという有効性要件が設定されており、有効な固定残業代が設定されている場合には当該固定残業代に対応する残業時間を超えない限り、別途、残業代の支払いは必要ありませんが、固定残業代制度が有効でないと判断される場合には固定残業代として支払ったものに加えて残業代を支払う必要が出てきます。

固定残業代が残業代の支払いとして判別できることの判断基準は、主として、基本給等とは別に固定残業代の費目が設けられていること、固定残業代が何時間分の残業代に相当するものであるか把握できること、それらが雇用契約書や給与規程等により明らかであること(従業員に対する説明を含む)によりますが、その他、固定残業代に相当する残業時間を超えて残業をした場合に追加の残業代の支払いがなされるか、固定残業代が想定する残業時間が実際の残業時間と乖離していないか等が考慮されます。

固定残業代制度が有効でないと判断される場合には使用者としては二重に残業代を支払わなければならないということになり、また、超過分の残業代の清算を考えると従業員の労働時間管理を全くしなくてもよいということにもならないため、導入することにメリットがある制度であるかどうかはよく考える必要があります。

年俸制を導入しているため残業代は支払っていない

年俸制を導入しているため残業代は支払っていない

歯科医の給与については年俸制を導入しており、別途、残業代の支払いを行っていないというケースがあります。

歯科医には定められた年俸以外の残業代は支払われていないという状況です。

年俸の中には残業代を含むという認識にも基づく対応かと思いますが、この処理は危険です。

年俸制は1年間で支払う給与の総額を前もって定めておくということ以上の意味を持つものではなく、年俸の中に当然に残業代が含まれるということにはなりません。

固定残業代制度における考え方と同様年俸の中に残業代を含める場合には通常の給与に該当する部分と残業代に該当する部分を明確に区別した上で年俸を定め、その旨を雇用契約書等に盛り込んだ上で従業員にその旨の説明をしておく必要があります。

そのような区別等をしていない年俸制においては歯科医に対して、年俸とは別途、残業代を支払う必要があります。

業務手当を支給しているため残業代は支払っていない

業務手当を支給しているため残業代は支払っていない

歯科医の専門業務については基本給のほかに業務手当を設定し、別途、残業代を支払っていないというケースがあります。

歯科医に対して毎月の給与において業務手当は支給されているが、残業代は支給されていないという状況です。

業務手当には残業代を含むという認識に基づく対応かと思われますが、この処理は危険です。

業務手当はあくまで従事する業務に対する手当であり、当然には残業代の趣旨を含みません。

固定残業代制度における考え方と同様、業務手当の支払いを残業代の支払いとするためには、業務手当が残業代の趣旨を有すること、具体的には何時間分の残業代に相当するものであるか等を雇用契約書等に盛り込んだ上で従業員にその旨の説明をしておく必要があります。

そのような手順を踏まないまま業務手当を支給している状態であると、業務手当を支払った上でさらに残業代を支払う必要があります。

院長として歯科医を雇っているが歯科医院の管理者として残業代を支払っていない

院長として歯科医を雇っているが歯科医院の管理者として残業代を支払っていない

院長という肩書上、管理者という立場にあり高額な給与を支払っているため、別途、残業代は支払っていないというケースがあります。

院長として雇われた歯科医に対して、通常の歯科医とは区別された高額の給与が支給されているが、残業代は支給されていないという状況です。

院長=管理者という認識に基づく対応かと思われますが、この処理は危険です。

ある従業員が労働基準法における管理監督者に該当する場合には当該従業員に対する深夜手当を除く残業代の支払いをしなくてもよいと定められていますが、労働基準法における管理監督者の範囲は極めて限られているため、雇われ院長は基本的にはそれに該当しないと考えた方がよいと思われます。

労働基準法における管理監督者に該当するか否かは、当該従業員が、他の従業員の労務管理を含む経営に関する重要事項の決定に関与する地位にあるか、自身の出退勤について広範な裁量を有しているか、賃金等の待遇が管理監督者の地位にふさわしいものいえるか、といった事情を総合的に考慮して判断されますが、歯科医院の診察開始・終了時間にあわせて出勤・退勤し、従業員の採用や経営方針は別途、使用者の側で決定しているというような雇われ院長の場合には労働基準法上の管理監督者には該当しません。

肩書は院長であっても、労働基準法上の管理監督者の実態のない雇われ院長については他の歯科医と同様に残業代を支払う必要があります。

なお、雇われ院長に対して管理手当という名目で給与が支給されている場合があり、それが残業代に相当すると考える余地がありますが、この点は先に触れた職務手当等と同様の考え方になります。

まとめ

まとめ

ここまで歯科医院経営における残業代の考え方について解説をしてきました。

一口に残業代といっても職場の決め事や給与体系等によって様々な問題があり得ます。

歯科医については時給単価が高く設定されていることが多く、それゆえ、支払うべき残業代も多額となります。

この機会に歯科医院を経営されている皆様におかれましては現状、残業代がどのように処理されているかについて一度確認をしていただくことをお勧めいたします。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 吉田 竜二

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