企業と企業が結ぶ契約書の中で、一番多い売買基本契約書について、契約書チェックの意味、売買契約書と売買基本契約書の違い、よく問題になる売買基本契約書のチェックポイントについて述べてみました。

一 はじめに

企業と企業が結ぶ契約書の中で、一番多いのは売買基本契約書ではないかと思います。私は年間200件以上の契約書をチェックしていますが、その経験をもとに、契約書チェックの意味、売買基本契約書のチェックポイントについてお話ししてみたいと思います。

二 契約書チェックの意味

 1 契約書の成立過程

契約書には中立のものはほとんどなく、また、完全に中立な契約書というものはありません。どちらか一方的に有利、かなり有利、ある程度有利など、程度の違いはありますが、どちらかに有利になっています。
具体的に言うと、契約を結ぶ際には、当事者の一方である甲が、乙に対して契約書の案を提示しますが、その案は、程度の差こそあれ、甲に有利になっています。

そして、最終的には、甲と乙の経済的な力関係に応じて、契約をぜひとも成立させたい側は多く妥協し、そうでない側は少しだけ妥協する、あるいは妥協しないということになります。
※ 経済的に弱い立場にある当事者を、最小限守るのが下請法、独占禁止法などになります。

ただ、力の強弱に応じて妥協する程度は異なるものの、契約書のどこが自社に不利なのか、また、その不利な程度は大きいのか小さいのかが分からなければ、どう妥協するのかを考えこともできません。

 2 契約書チェックの意味

この点、つまり契約書のどこが自社に不利なのか、また、その不利な程度は大きいのか小さいのかを知ることが契約書チェックの意味になります。

担当者だけでは、十分な契約書のチェックができない場合は、顧問弁護士に依頼して、契約書をチェックしてもらいます。

チェックを依頼された弁護士は、職責上、不利と思われる点をすべて指摘し、不利な程度の大小も指摘しますが、もちろん弁護士が指摘するすべてについて妥協してはならないということではなく、会社の経営者は、弁護士の指摘を前提に、どこを妥協し、どこは妥協しないかについて、相手方に対する自社の経済的な立場も考慮して決め、相手方と交渉します。

なお、稀に弁護士が指摘したものをそのまま相手方にメールなどしてしまう企業の担当者の方がいますが、弁護士は職責上、不利な点はすべて指摘しますから、これをそのまま相手方に送ったのでは交渉になりません。弁護士のチェックをもとに、自社の立場から、何をどの程度主張するかを決めることが大切です。

三 売買契約書と売買契約基本契約書

言わずもがなかもしれませんが、売買契約書と売買基本契約書の違いについて触れます。

企業と企業(とくに製造業)が物の売り買いをする際、同じ売買が何回も繰り返されることが多いと思います。例えば、A製品100個の売買をした後、A製品200個の売買をする、さらにB製品200個の売買をするというような場合です。

このような場合、その都度、売買契約書を作成していると、売買契約の成立時期、売買代金の支払い方法、契約不適合責任、所有権移転時期、危険負担などの条項をくり返し売買契約書に記載しなければならず、その手間と時間が大変です。

そこで、これらの売買に共通する事項を売買基本契約書にまとめて記載し、その他の個別の事柄(具体的な売買の目的物、売買代金、納期など)については個別契約(個別の売買契約)に記載するという方法をとります。

また、個別契約と言っても、その都度、個別の売買契約書を作成することは少なく、買主が注文書を発行し、売主が注文請書を発行するという形で、個別契約の成立としていることが多いと思います。

四 売買基本契約書で問題になる事項

以下、売買基本契約書で問題になる事項についてお話ししますが、売主に有利な条項は、買主は不利になり、反対に、売主に不利な条項は、買主に有利になります。したがって、以下では、必要がある場合は、売主、買主の双方の立場からコメントします。

 1 売買基本契約と個別契約の優劣

① 条文例

売買基本契約の内容と個別契約の内容が異なる場合、個別契約が優先するものとする。

② 買主、売主の立場から

売買基本契約の内容と個別契約の内容が異なった場合、売買基本契約が優先するというものもありますし、個別契約が優先するというものもありますが、個別契約が優先するというものが多いと思います。

ただ、売主としては、買主から来た注文書の内容をよく確認しないまま、注文請書を出してしまうと、注文書の内容と売買基本契約が違っている場合、注文書が優先することになりますから注意が必要です。

 2 個別契約の成立時期

① 条文例

注文書の交付後3営業日以内に売主が買主に対し、受諾拒否の申出をしないときは、3日の期間の経過をもって個別契約が成立するものとする。

② 買主の立場から

注文をした買主は、3営業日以内に、売主から返事がなければ個別契約成立になるのですから、とくに問題はないと思います。

③ 売主の立場から

次の3つの問題点があります。

ア 3日という期間が短すぎないか検討すべきです。注文書が来たことを見逃しているとすぐに3日が過ぎてしまいます。

イ 注文書の交付を受けた後3日以内というのですが、注文書の交付を受けた日(メールならメールがついた日)を入れて3日なのか、入れないで3日なのか分かりません。

ウ 3営業日といいますが、売主、買主のどちらの営業日なのか分かりません。

したがって売主としては、上記のア、イ、ウについて明確にすべきです。

 3 個別契約の変更

① 条文例

個別契約の内容を変更する必要が生じたときは、買主および売主は、協議の上変更するものとする。

② 買主、売主の立場から

どちらの立場からも同じなのですが、協議さえすれば一方的に変更することができるのか、協議の上、合意しなければ変更できないのか明らかではありません。

一方的に変更されると困るのは、どちらかというと売主でしょうから、売主の立場からは、合意によってはじめて変更できるということを明確にしておいた方がよいと思います。

 4 競合品の取扱い

① 条文例

売主は、買主の事前の承諾を得ずして、売買の目的物と同一または類似の製品を、売主または第三者のために製造または販売してはならない。

② 買主の立場から

この条文によって、乙は売買の目的物と同一または類似の製品を製造、販売できなくなるのですから、競業する企業を排除することができ問題はないと思います。

③ 売主の立場から

売主からすると、買主と取引している限り、買主に売っている製品については、ほかの企業に売ったり、製造したりすることができなくなるのですから大問題です。ほかに売る可能性がない製品ならよいですが、そうでないのなら、このような条文を設けることには慎重にならなければなりません。

さらに言えば、同一または類似の製品を作ってはならないという禁止期間が、売主、買主との契約期間中だけなのか、契約期間経過後も続くのか明らかではありません。仮に売主が、このような禁止を了解するとしても、契約期間中のみの禁止であることを売買基本契約書に明記すべきです。

 5 契約不適合の製品

① 条文例

買主の受入検査の結果、契約不適合の製品があった場合、買主は速やかにこの旨を売主に連絡し、売主はその代替品を買主に納入するか、または買主の指示した措置を取るものとする。

② 民法の規定

民法の規定上は、契約不適合の製品については、買主は、修理するか、代替品を納入するか、どちらかを売主に請求することができ、ただ、売主は、買主に不相当の負担をかけるものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法により履行の追完ができる(例えば、買主が代替品の納入を要求しても、修理によって対応することができる)とされています。

そして、売主が修理も代替品の納入もしないときは、買主は代金の減額を請求できることになっています。

③ 買主の立場から

買主は、買主の指示した方法により、売主に対して履行の追完を請求できる(つまり買主は、修理、代替品の納入、代金の減額のいずれも無条件で選択できる)となっているので、文句はないと思います。

④ 売主の立場から

民法上は、買主が修理、代替品の納入を請求してきた場合でも、買主に不相当の負担をかけるものでないときは、買主が請求してきた方法と異なる方法で履行の追完ができますし、また、代金減額は、売主が修理も代替品の納入もしない場合に可能です。

しかし、この条文があることにより、買主の一存で、修理、代替品の納入、代金減額のいずれも、買主は売主に請求できることになるので、売主にとってかなり不利な内容になっています。可能であれば、民法に沿った内容にするよるよう、売主は買主と交渉した方がよいということになります。

 6 責任追及の期間

① 条文例

売主の責めに帰すべき、設計または製造上の重大な過失による不良が発生した場合、買主は売主に対し、修理、代替品の納入、代金減額を請求することができる。

② 買主、売主の立場から

買主からは問題はありません。

売主からは、買主が、修理、代替品の納入、代金減額を請求できる不都合は上記のとおりですが、それに加えて、重大な過失がある場合に限られるとはいえ、いつまで修理、代替品の納入、代金減額を請求されるのか明らかではありません。責任追及できる期間に制限を設けた方がよいと思います。

 7 貸与品、無償支給品により製作した製品などの所有権

① 条文例

貸与品、無償支給品により製作した仕掛品、完成品の所有権は買主に帰属する。

② 買主、売主の立場から

買主には不利な点はありません。

売主の立場から言うと、貸与品、無償支給品の価格が、仕掛品、完成品の価格に占める割合が非常に小さい場合でも、仕掛品、完成品の所有権は買主に属することになってしまいます。

この点を何とかしたければ、たとえば、「貸与品、無償支給品の価格が、仕掛品、完成品の価格の●%以上であるときは、仕掛品、完成品の所有権は買主に属する」のようにすることも考えられます。

 8 外注

① 条文例
売主は、目的物の製造の全部または一部を外注に出すことができる。

② 買主、売主の立場から
売主の立場からは、自由に製造の全部または一部を外注に出すことができるので問題はありませんが、買主からすると、どこに外注に出されるのか分からないので不安があると思います。

このような場合は、「買主の同意を得て」という一文を付け加えるとよく、このような制限を加えている契約書もたくさんあります。

 9 立入検査

① 条文例

買主は必要に応じて、目的物の製作、加工、修理などについて、売主の事業所に立ち入り検査をすることができる。

② 買主の立場から

買主は、売主の事業所に立ち入ることができることになっているので問題はありません。

③ 売主の立場から

この決め方ですと、売主の事業所に買主が一方的に入るのを認めることになるので、「売主の同意を得て」とか「●日前の予告をもって」とか何らかの条件を付けた方がよいと思います。また、一般的にそのような条件が付いているのが普通です。

 10 製品の引渡し

① 条文例

本契約に基づく、売主の買主に対する製品の引渡しは、買主が指定する納入場所に製品を納入することによって行う。納入に要する費用は売主の負担とする。

② 買主、売主の立場から

このような条文があると、買主が遠方を指定した場合でも、売主はその場所に、自己の費用で製品を納入しなければなりません。買主が遠方を指定する可能性があるときは、売主はこのような条文は避けるべきです。

 11 損害賠償額の制限

① 条文例

売主がその責めに帰すべき事由により、納期までに製品を納入できず、あるいは契約不適合の製品を納入したために、買主が損害を被った場合、売主は製品の代金の範囲内で、買主の被った損害を賠償しなければならない。

② 買主、売主の立場から

このように定めると、納期までに製品が納品されず、あるいは契約不適合の製品を納品されたために、買主が莫大な損害を被った場合でも、売主に対し、製品の代金の範囲内でしか損害賠償請求ができなくなります。

これは買主に非常に不利ですので、売主に対してこの規定の削除を要求した方がよいです。この規定を削除すれば、買主が損害を被った場合、法律に定める範囲で、売主に対して損害賠償請求ができることになります。

 12 弁護士費用の損害賠償

① 条文例

買主または売主は、本契約または個別契約に違反したことによって、相手方が損害(弁護士費用を含む)を受けたときは、相手方にその損害を賠償するものとする。

② 買主、売主の立場から

法律上、不法行為などの例外を除いて、弁護士費用は損害に含まれず、相手方に対して、弁護士費用を賠償する必要はありません。ところがこの条文では、弁護士費用まで賠償することになっています。

この条文は、買主または売主の両方に対するものなのでお互い様とも言えますが、契約に違反する可能性が高いのは(契約不適合がある製品を作る可能性がある)売主ですので、売主にとって厳しい規定と言えるでしょう。
できれば、「(弁護士費用を含む)」の部分は削除してもらった方がよいということになります。

 13 情報の提供

① 条文例

売主が、目的物の生産を中止する場合、売主は、買主が目的物の供給を受けるために必要な図面、金型、あるいは製品などに関する情報、代替供給者に関する情報などを、買主の要請に応じて速やかに買主に提出する。

② 買主、売主の立場から

買主には問題はありませんが、売主は上記のような図面、金型、情報を買主に提出しても、企業秘密を提出することにならないのか、慎重に注意した方がよいと思います。

目的物の生産を中止する場合、例えば6ヶ月前にその旨を売主から買主に通知するなどの条文はよくありますが、図面、金型、情報などの提出を定めることはあまりないと思います。

 14 契約解除後の処理

① 条文例

本契約が買主または売主の責めに帰すべき事由により解除された場合、売主は、直ちに次の事項を実行するものとする。

⑴ 売主は、支給品、貸与品、貸与書類など、買主の所有に関わる一切のもの返還する。
⑵ 売主は、完成品、仕掛品について、買主から納入の申し入れを受けたときは、これらを買主に納入する。

② 買主、売主の立場から

買主には問題はありません。

売主の立場から言うと、買主の責めに帰すべき事由(故意、過失)によって、売主が契約を解除した場合でも、売主は買主に対し、⑴、⑵にあることを行わなければならないことになります。
しかし、買主の責めに帰すべき事由によって売主が契約を解除した場合は、買主に対する損害賠償請求の担保として、⑴、⑵は返還しないでおきたいところです。

したがって、「本契約が買主または売主の責めに帰すべき事由により」の部分は、「本契約が売主の責めに帰すべき事由により」として、売主の故意過失によって、買主が契約を解除した場合のみ、売主は⑴、⑵をしなければならないとした方がよいと思います。

五 まとめ

以上、売買基本契約書で問題になる典型的な条文をあげてみましたが、もちろんこれですべてということではなく、問題になる条文は契約書によってさまざまです。

具体的な取引において、買主の場合は買主の目で、売主の場合は売主の目で、自社に不利な点がないかよく検討することが必要になります。また、どの条文が重要で(譲ることができない)、どの条文がそれほど重要でないか(譲ることができる)の判断も必要になります。

今回、四の1から14で指摘した中では、買主の立場から重要な条文は四の11(損害賠償額の制限)であり、売主の立場から重要な条文は四の4(競合品の取扱い)ではないかと考えられます。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
代表・弁護士 森田 茂夫
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