企業の経営環境は常に変化しています。会社を存続・発展させるためには、労働条件の見直しを迫られる場面が多々あります。

しかし、労働条件の変更、特に従業員にとって不利益となるような「就業規則の変更」を行うには、法律上の要件が存在します。

本コラムでは、人事労務に精通する法律事務所の視点から、就業規則の基礎知識をはじめ、変更が必要となる具体例、そして実務上最も重要な「不利益変更が認められるための要件」について、裁判例の傾向を踏まえて解説します。

就業規則とは

そもそも「就業規則」とは、どのような性質を持つものなのでしょうか。

就業規則の定義と役割

就業規則とは、会社における労働時間、賃金、休日、退職といった「労働条件」や、従業員が遵守すべき「職場規律・服務規律」を定めた社内ルールです。

労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者(パートやアルバイトを含む)を使用する事業場では、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出ることが義務付けられています。

就業規則の法的な効力

就業規則の大きな特徴は、個別合意がなくとも、原則としてその内容が労働契約の内容になるという点にあります(労働契約法第7条)。

また、労働基準法第93条および労働契約法第12条により、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による」とされています。

従って、会社が個々の従業員と、就業規則や賃金規定で定める給与額よりも低い額の給与とすると口頭や個別の書面で合意したとしても、就業規則の基準がそれを上回っていれば、その合意は無効となり、就業規則の基準が強制的に適用されます。これを就業規則の「最低基準効(直律的効力)」と呼びます。

このように、就業規則は強い法的効力を持っているため、その内容を変更する際には慎重な手続きが必要となります。

就業規則の変更が必要になる場面の具体例

会社が就業規則を変更しなければならない、あるいは変更を検討すべき場面には、主に以下のような具体例が挙げられます。

① 業績悪化に伴う人件費のコントロール

慢性的な赤字や急激な市場環境の悪化により、会社の存続を図るため、基本給の減額や賞与の支給基準の引き下げ、退職金制度の減額・廃止を行わざるを得ない場合。

② 人事制度・賃金体系の抜本的な見直し

従来の年功序列型の賃金制度から、成果主義・職務給を中心とした人事制度へ移行する場合。この場合、一部の評価が低い従業員や、特定の役職の従業員にとっては給与が下がる(不利益になる)可能性があります。

③ 諸手当の整理・統合(働き方改革への対応)

同一労働同一賃金の要件を満たすため、またはテレワークの普及に伴い、通勤手当を廃止して在宅勤務手当を新設する場合。また、家族手当や住宅手当など、属人的な手当を廃止して基本給に組み込むような見直しを行う場合。

④ 労働時間や休日・休暇制度の変更

週休2日制から隔週週休2日制へ変更するなど、年間休日数を削減する場合。

変形労働時間制やフレックスタイム制を新たに導入し、日によって労働時間を変動させる場合。

⑤ 定年延長とシニア再雇用制度の見直し

高年齢者雇用安定法の改正等に伴い、定年を60歳から65歳に延長する、あるいは定年後の再雇用者の処遇(給与水準や業務内容)を改定する場合。

⑥ 法改正への対応

育児・介護休業法、労働基準法などの改正に伴い、育児休業期間の延長や、時間外労働の上限規制に対応するための社内ルールのアップデート。

これらのうち、⑤や⑥のように従業員にとって有利になる変更や、法令に合わせるだけの変更であれば大きな問題にはなりませんが、①~④のように「従業員にとって労働条件が今よりも悪くなる変更(不利益変更)」を行う場合には、法律上の厳格なルールをクリアしなければなりません。

就業規則の不利益変更が認められる要件

労働契約法第9条では、原則として「会社は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働条件を変更することはできない」と定められています。これを「不利益変更禁止の原則」といいます。

しかし、一切の変更を認めないとすると、企業の経営が破綻しかねず、結果として従業員の雇用を守れなくなる恐れがあります。そこで同法第10条は、一定の要件を満たす場合には、例外的に「合意がなくても、変更後の就業規則を従業員に周知させることで、労働条件の変更ができる」と定めています。

この要件が、変更の「合理性」です。裁判実務において、この「合理性」は、概ね以下の7つの要素を総合的に考慮して判断されるとされています(労働契約法第10条)。

【就業規則変更の合理性判断の7要素】

1. 労働者の受ける不利益の程度
2. 労働条件の変更の必要性
3. 変更後の就業規則の内容の相当性
4. 代償措置その他不利益緩和措置の状況
5. 労働組合等との交渉の経過
6. 他の労働組合又は他の労働者との対応関係
7. その他就業規則の変更に係る諸事情

実務における「落とし穴」とトラブル防止のポイント

多くの労使トラブルを見てきた中で、経営者の方が陥りがちな誤解として、「従業員の過半数が同意してくれたから(または過半数代表者が意見書にサインしてくれたから)、もう大丈夫」という誤解です。

意見書のサイン=全従業員の同意ではない

就業規則を変更して労基署に届け出る際、従業員代表の「意見書」を添付する必要があります。しかし、この意見書に「変更に反対である」と書かれていたとしても、届け出自体は受理されます。

逆に、意見書に「異議なし」とサインをもらっていたとしても、個々の従業員が「私は納得していない。不利益変更は無効だ」と訴えてきた場合、前述した「7つの要素(合理性)」を満たしていなければ、裁判で会社側が敗訴する可能性があります。

トラブルを防ぐための3つのステップ

就業規則の不利益変更を安全に進めるためには、以下のステップを確実に踏むことが推奨されます。

①「客観的なデータ」に基づく経営状況の説明
「苦しいから協力してくれ」ではなく、試算表や市場予測などのデータを提示し、変更の必要性を客観的に説明します。

②丁寧な個別・全体説明会の実施と記録の保管
説明会は複数回行い、従業員からの質問と会社からの回答をすべて議事録として残しておきます。「一方的ではなかった」証拠を作ることが実務上極めて重要です。

③専門家(弁護士)による事前のリーガルチェック
変更後の規定が労働基準法などの強行法規に抵触していないか、また裁判になった場合に「合理性あり」と判断される見込みがあるか、事前に労働法に強い弁護士に相談し、激変緩和措置などの設計を精査してください。

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の特徴

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この記事を書いた弁護士:弁護士 野田 泰彦

労働問題(使用者側)

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。
2009年弁護士登録後、契約書チェックや債権回収、財産開示、削除請求などの企業法務や、労使問題に従事。
埼玉弁護士会スクラム相談所運営協議会事務局長、埼玉県よろず支援拠点コーディネーターなど、外部での中小企業向け法律相談も担当しており、日常的に中小企業や中小企業に関係する法律問題に接している。