
「夫は個人事業主で、確定申告書を見たら年収200万円と書かれていた。これだと養育費は毎月わずか数万円になってしまう…」、「会社を経営している夫から『業績が悪くて役員報酬を月15万円に下げたから、養育費は安くしてくれ』と言われた…」
相手方が自営業者や会社経営者・役員の場合に、このようなご相談がございます。
結論から申し上げますと、確定申告書や源泉徴収票に記載された数字をそのまま信じて養育費を合意する必要はまったくありません。
税務上の「節税(経費計上)」と、裁判所が判断する「養育費の算定基礎となる収入(支払能力)」は、まったく別の概念だからです。
相手が「税金上の所得」を盾に不当に低い養育費を提示してきた場合、適切な反論と証拠提出を行えば、真の支払能力に応じた適正な養育費を獲得することが可能です。
本コラムでは、自営業や会社経営者の夫を持つ女性に向けて、相手の「本当の年収」を見極めるポイントと、不当な主張を覆すための実践的な立証テクニックを、弁護士の視点から分かりやすく解説します。
そもそも、なぜ「自営業・経営者の夫」の場合、養育費は揉めるのか?

裁判所が養育費の金額を決めるときは、原則、裁判所が作成した「養育費算定表」を使用します。この算定表は、お互いの「総収入」をあてはめて適正額を算出する仕組みになっています。
サラリーマン(給与所得者)の場合、源泉徴収票の「支払金額」を見れば一目で総収入が分かります。
会社員は給与から税金や社会保険料が天引きされており、個人的な費用を経費として差し引くことができないため、収入の把握が非常に容易だからです。
しかし、自営業者や会社経営者の場合は異なります。
・自営業者(個人事業主):
事業売上からさまざまな「経費」を差し引いた後の金額が税法上の「所得」となります。生活費の一部(家賃、車の維持費、交際費など)が経費として計上されているケースが多く見られます。
・会社経営者・役員:
自分で自分の「役員報酬」を設定できます。あえて役員報酬を低く抑え、会社の利益として留保したり、会社名義で個人生活の経費を支払ったりすることが可能です。
このように、相手は「法律・税金の仕組みを利用して、手元の生活力を高く保ちながら、書類上の収入だけを低く見せる」ことができてしまうため、養育費の金額をめぐって深刻な対立が生じる場合が多いです。
【基本ルール】算定表における自営業者の「正しい収入」の計算方法

まず基礎知識として、裁判所の実務において自営業者の「総収入」がどのように計算されるかを知っておきましょう。
自営業者の年収を求めるためには、確定申告書が必要となり、自営業者の年収は、確定申告書の課税される所得全額とされています。
しかし、「課税される所得全額」は税法上種々の控除を受けた後の金額であるところ、控除のうちには実際に支出していない費用も含まれています。
そのため、自営業者の年収を計算する際には「課税される所得金額」に、税法上控除される実際には支出していない費用を加算します。
しかし、確定申告書などなかなか見る機会もないでしょうし、専門家でなければどの項目が引けて、どの項目は引けないのか、わからないことも多くあると思います。
そのため、確定申告書の「所得金額合計」から「社会保険料控除」(年金、健康保険料)を引き、青色申告控除または専従者給与を足すことで自営業者の基礎年収を簡単に求めることができます。
具体的シミュレーション
たとえば、夫が「確定申告書上の所得は300万円だから、年収300万円だ」と主張してきたとします。
しかし、内訳を調べると、
・申告所得:300万円
・妻(あなた)への専従者給与:150万円
・青色申告特別控除:65万円
・減価償却費:85万円
これらを適正に足し戻すと、実質総収入は「600万円」となります。
算定表にあてはめる年収が300万円なのか600万円なのかによって、毎月の養育費の金額は数万円単位で変わってきます。
相手の「所得は○万円だから」という言葉を鵜呑みにしてはいけない最大の理由がここにあります。
【個人事業主編】経費に隠された「本当の生活力」を見抜く3つのポイント

確定申告書の数式上の補正だけでなく、個別の「経費」の中身を精査することで、相手の実質的な収入を立証していきます。特にチェックすべきポイントは以下の4点です。
① プライベート費用の「家事消費(経費化)」
個人事業主の多くは、自宅兼事務所の家賃、自家用車兼事業用車のガソリン代・保険料、携帯電話代、飲食代などを「地代家賃」「車両費」「通信費」「接待交際費」として経費に計上しています。
事業に必要な分を経費にするのは税法上問題ありませんが、「個人の生活費に充てられている部分」については、養育費の算定上、収入として戻し入れるよう主張できます。
② 家族への「専従者給与」の付け替え
節税目的で、親や兄弟、あるいは新しい交際相手・再婚相手を「事業専従者」として登録し、給与を支払った形にしているケースです。
もしその家族が実際には働いていない(名義貸し状態である)場合、あるいは不当に高い給料が支払われている場合は、「夫の実質的な所得の隠蔽である」と主張し、その全額または一部を夫の収入に合算するよう求める方法があります。
③繰越欠損金(過去の赤字)の利用
過去の赤字を繰り越して今年の黒字と相殺し、税金上の所得を「ゼロ」または「極めて低額」に抑えているケースがあります。
しかし、「過去に赤字が出たこと」と「今現在、生活費として使える現金があること」は別です。過去の繰越欠損金によって税金が安くなっているからといって、養育費まで免除されるわけではありません。現在の売上と現実のキャッシュフローをベースに算定を行うよう主張する方法があります。
【会社経営者・役員編】「低すぎる役員報酬」と「会社資産」への対抗策

夫が株式会社などの法人を経営している場合、個人事業主よりもさらに巧妙な収入隠しが行われることがあります。代表的な手口と、それに対する弁護士の立証アプローチを解説します。
① 離婚直前の「役員報酬の急激な減額」への反論
「別居した直後(または離婚調停を起こした直後)の決算で、急に夫の役員報酬が月50万円から月20万円に下げられていた」というケースがあります。
自分の意志で役員報酬を変更できるオーナー経営者の場合、離婚交渉を有利に進めるため、意図的に自分の給与を下げる人が存在します。
しかし、裁判所の実務では、「養育費の支払義務を免れるために不当に収入を減少させた場合、減少前の収入、あるいは潜在的な稼得能力(本来得られるはずの収入)をベースに養育費を算定する」という考え方がとられます。
・過去3〜5年分の決算書・確定申告書を提出させる
・会社の売上や利益自体は減っていないことを指摘する
・「不当な減額である」として、減額前の役員報酬をベースに算定するよう審判で主張する
これにより、相手が意図的に下げた役員報酬を無視して適正な養育費を算出させることが可能です。
② 会社に溜め込んだ「内部留保(利益余剰金)」の扱い
「役員報酬は年収400万円だが、会社の金庫(内部留保)には数千万円の利益が溜まっている」というケースがあります。
原則として、会社の資産と個人の資産は法律上別個のものとされます。
しかし、実質的に夫の100%一人株主であり、会社のお金を自由に動かせるプライベートカンパニー(一人会社)のような場合には、話は別です。
「会社に利益を溜め込むことで、故意に役員報酬を低く抑え、養育費の支払いを免れようとしている」と評価できる場合、会社の内部留保や単年度利益の一部を夫の個人収入と同視して算定するよう主張する裁判例が存在します。
「節税してるから年収●●万円だ」と言われたときのステップ別反論法

もし相手から「俺は節税しているから申告上の年収は200万円だ。文句があるなら申告書を見ろ。養育費は月3万円しか払わない」と言われたら、どのように対処すべきでしょうか。
感情的に反論するのではなく、以下の3ステップで論理的に追い詰めていくのが有効です。
ステップ1:原則論を突きつける
まず、「税務上の所得」と「養育費算定上の収入」は違うという原則を突きつけます。
「税金対策として経費を多く計上していることと、子供を養うための支払能力があるかどうかは別問題です。裁判所の基準に沿って、経費の戻し入れや実質収入の再計算を行います」と冷静に伝えます。
ステップ2:生活実態との矛盾を突く
年収200万円(月手取り15万円程度)の人間が、到底送れるはずのない生活を送っている事実を証拠とともに指摘します。
たとえば、「年収200万円でお子さんを養えないと言う一方で、ご自身は月50万円以上の生活をされているのは矛盾しています。差額の資金源は何ですか?」と詰問することで、隠された収入や会社経費による生活補てんの存在を浮き彫りにします。
ステップ3:必要な開示書類を具体的に指定する
相手が「口頭」で言っている年収や、確定申告書の表紙1枚だけで納得してはいけません。以下の書類を提出するよう要求することをおすすめします。
自営業の場合: 確定申告書(第一表・第二表)、青色申告決算書(全ページ・収支内訳書)、過去3年分の所得証明書
経営者の場合: 個人の確定申告書および源泉徴収票、会社の決算書一式(貸借対照表、損益計算書、勘定科目内訳明細書)
相手が証拠を出さない場合、弁護士が使う法的手続き

自営業や経営者の夫は、自分の「財布の中身」を見られることを嫌がる傾向にあります。
そのため、離婚協議の段階では「決算書なんて見せる義務はない」「確定申告書しか出さない」と開示を拒否することが多々あります。
しかし、諦める必要はありません。話し合いが決裂して家庭裁判所の「養育費請求調停・審判」へ移行すれば、裁判所の手続きを通じて資料を出させることができます。
相手がどうしても資料を出さない場合や、隠し口座がある疑いがある場合、裁判所から銀行や税務署、取引先などの機関に対して、口座残高や取引履歴、提出された申告書類の照会を行ってもらう手続き(調査嘱託手続)があります。
まとめ

相手が自営業者や会社経営者の場合、相手は「お金のプロ」や「税理士」を味方につけて、綿密に節税(収入隠し)を行っているケースが少なくありません。
専門知識のない知識だけで対峙しようとすると、「確定申告書にこう書いてあるから」「会社が赤字だから」と言いくるめられ、泣き寝入りさせられてしまうリスクがあるのが現実です。
適正な養育費を勝ち取るためには、以下のステップが不可欠です。
・相手の言う「年収」を絶対にそのまま鵜呑みにしない
・確定申告書だけでなく、青色申告決算書や会社の「決算書一式」を開示させる
・経費の中身や役員報酬の変更経緯を分析し、法的に「戻し入れ」を主張する
「夫から提示された養育費の金額に納得がいかない」「夫の本当の年収が分からない」とお悩みの方は、ぜひ一度、弁護士にご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 安田伸一朗
離婚・不倫慰謝料
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。令和4年の弁護士登録以来、離婚問題の解決に特化し、男性・女性を問わず、不貞慰謝料、財産分与、親権争いなど、感情の対立が激しい事案において数々の解決事例あり。依頼者の不安を解消する丁寧なヒアリングを徹底し、最新の裁判例に基づいた緻密な戦略で、有利な条件での合意や早期解決へと導くことに注力。




