インターネット上での投稿が社会問題化する中、匿名性の陰に隠れた誹謗中傷に対し、刑事罰を求める動きが加速しています。かつては民事上の損害賠償請求に留まっていた事案であっても、侮辱罪の厳罰化や発信者情報開示手続の簡素化に伴い、警察が捜査に乗り出すケースが珍しくなくなりました。

警察から出頭要請が届いたとき、あるいは自宅に家宅捜索が入ったとき、発信者はどのような法的な現実に直面し、どのような防御策を講じるべきなのでしょうか。

本コラムでは、ネット上の名誉毀損・侮辱事件における刑事手続の推移と、実務上の留意点について、客観的な事実に基づき埼玉県大宮の弁護士が解説します。

発信者情報開示手続と警察介入のメカニズム

ネット上の誹謗中傷事件において、警察が特定の個人を被疑者として特定する端緒は、多くの場合、被害者側が行う「発信者情報開示請求」にあります。

被害者がプロバイダ責任制限法に基づき、SNS運営会社や通信事業者に対してIPアドレス等の開示を求め、投稿者を特定する一連の民事手続です。この段階では、加害者は自分の情報が開示されようとしていることをプロバイダからの意見照会書によって知ることになります。

警察が介入するのは、被害者がこれらの開示資料を添えて「告訴状」を提出し、受理されたタイミングです。警察は開示された情報を基に、契約者情報の照会を行い、投稿に使用された端末を特定します。その後、任意出頭の要請、あるいは証拠隠滅を防ぐための家宅捜索(パソコンやスマートフォンの押収)が行われます。

匿名掲示板であっても、ログが残っている限り、物理的な所在を隠し通すことは実務上困難であると言えます。

名誉毀損罪と侮辱罪の境界線と立証のポイント

刑事責任の追及において、投稿内容が「名誉毀損罪(刑法230条)」に該当するのか、あるいは「侮辱罪(刑法231条)」に該当するのかが大きな焦点となります。名誉毀損罪は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した」場合に成立します。ここでいう事実とは、真実か虚偽かを問わず、人の社会的評価を低下させるに足りる具体的な事実を指します。

一方、侮辱罪は、具体的な事実を挙げずに、人の社会的評価を低下させる抽象的な表現(バカ、死ね、ブスといった罵詈雑言)を用いた場合に成立します。2022年の法改正により、侮辱罪には「1年以下の懲役・禁錮」が導入され、厳罰化されました。

これにより、以前は法定刑の軽さから捜査に消極的だった事案についても、警察が逮捕や家宅捜索を行う法的な基盤が強化されました。投稿が「公然と」なされたか、すなわち不特定多数が閲覧可能な状態であったかは、ネット上の投稿においてはほぼ自動的に充足される要件となります。

違法性阻却事由の検討――公共性と真実性の抗弁

名誉毀損罪の疑いをかけられた際、実務上極めて重要な検討事項となるのが「違法性阻却事由」の有無です。刑法230条の2に基づき、投稿が「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった」と認められ、さらにその内容が「真実であると証明された」場合には、罰せられることはありません。

しかし、ネット上の誹謗中傷事案の多くは、特定の個人に対する私怨や、単なる感情的な攻撃であることが多く、これらの抗弁が認められるハードルは非常に高いと言えます。正当な批判であれば免責される余地がありますが、言葉の選択が攻撃的であったり、事実の根拠が極めて乏しい「晒し行為」であったりする場合、公益目的を主張しても司法の信用を得ることは困難です。

弁護士は、投稿の文脈を精査し、これらの免責要件に該当する余地が1%でもあるかを法理に基づいて分析します。

家宅捜索とデジタルデータの差押えへの対応

ネット犯罪の捜査において、警察が最も重視するのは「証拠の保全」です。被疑者が投稿に使用したスマートフォン、パソコン、ルーター、さらには外部ストレージなどが差し押さえられます。

これらは、投稿のログ(履歴)や、投稿時に使用したアカウントのログイン情報、さらには保存されている画像データなどを解析し、被疑者が確実にその投稿を行ったという「実行行為」を裏付けるためのものです。

端末を押収されることは、現代社会において日常生活や仕事に甚大な支障をきたします。弁護士は、捜査の必要性が低い端末については速やかな返還を求めたり、データのコピーを認めるよう交渉したりします。

また、解析によって本件とは無関係なプライバシー情報が不当に侵害されないよう、捜査の範囲を適切に制限させる働きかけを行います。デジタル証拠の取り扱いは、現代の刑事弁護において専門的な知見が求められる領域です。

ネット事件における示談交渉の特異性と戦略

ネット上の誹謗中傷事件を早期に、かつ前科をつけずに解決するための唯一にして最大の手段は、被害者との「示談」です。名誉毀損罪や侮辱罪は被害者の告訴が必要な事件、あるいは告訴が事実上の起訴判断の鍵を握る事件であるため、示談が成立し、告訴が取り消されれば、不起訴処分となる可能性が極めて高くなります。

ただし、ネット事件の被害者は、投稿による拡散性や永続的な被害(デジタルタトゥー)に強い憤りを感じており、示談交渉は難航しがちです。

示談の内容には、金銭的な賠償に加え、投稿の削除、謝罪文の掲載、および今後の同様の投稿を行わないことの誓約、さらには被害者の個人情報を口外しないことの約束が含まれます。金額の相場については、投稿の影響力や被害者の社会的地位によりますが、数十万円から、場合によっては数百万円に及ぶこともあります。

書き込みの「削除」と被害回復の措置

刑事手続が進行している最中であっても、加害者が自発的に行うべきなのが「投稿の削除」です。警察から連絡が来た後も投稿を放置し続けることは、被害を拡大させる意思があると見なされ、反省の情がないという極めて不利な評価に繋がります。

弁護士は、加害者に対して速やかな削除を指導するとともに(証拠隠滅は避けるべきです)、拡散された情報(いわゆるまとめサイトや魚拓)についても、可能な限りの削除申請を行うよう助言します。被害回復に向けた能動的な姿勢は、検察官が処分を決定する際の重要な判断材料となります。

単に「申し訳ない」と言うだけではなく、ネット上に残った傷跡を一つずつ消していくという実質的な行動が、法的な情状として評価されるのです。

業務妨害罪や脅迫罪への発展リスク

誹謗中傷が単なる名誉毀損に留まらず、店舗や企業に対するものであった場合、「業務妨害罪(威力業務妨害罪・偽計業務妨害罪)」として摘発されるリスクが生じます。「この店は食中毒を出している」といった嘘の書き込みで営業を妨げたり、大量の注文を繰り返したりする行為です。業務妨害罪は名誉毀損罪よりも法定刑が重く、警察の対応もより厳格になります。

また、「殺す」「火をつける」といった投稿は、即座に「脅迫罪」や「強要罪」に該当し、場合によっては緊急逮捕の対象となります。ネット上の言葉は文字情報として永続的に残るため、一時の感情で行った投稿であっても、法的には「殺害予告」や「テロ予告」と同等の重大な脅威として扱われることを認識しなければなりません。罪名の変更や追加は、身柄拘束の長期化に直結します。

「自首」の有効性と警察介入前の対応

もし、自分がSNS等で行った投稿が発信者情報開示請求の対象になっていることを知ったならば、警察が自宅に来るのを待つのではなく、自発的に行動することが推奨されます。

警察がまだ事件を把握していない、あるいは被疑者を特定していない段階であれば、弁護士と共に警察へ出向き「自首」をすることで、逮捕や家宅捜索を回避し、在宅捜査に持ち込める可能性が高まります。

自首は、証拠隠滅の恐れがないことを示す強力な意思表示となります。また、警察が介入する前に被害者側と連絡を取り、示談を成立させることができれば、そもそも刑事事件化(警察の介入)そのものを防げるケースもあります。ネット犯罪は足がつきやすいため、「逃げ切る」という選択肢は実務上存在しません。

早期に非を認め、法的な解決を図ることが、社会的ダメージを最小限に抑える唯一の道です。

刑事手続終了後の民事上のリスク

刑事手続において不起訴や略式命令(罰金)で終了したとしても、それで全てが終わるわけではありません。被害者には、別途「民事上の損害賠償請求(不法行為に基づく慰謝料請求)」を行う権利が残されています。

刑事事件で有罪(罰金等)が確定している場合、民事裁判においても加害者の責任はほぼ自動的に認められるため、多額の賠償金を支払う判決が出る可能性が高まります。

刑事事件の示談交渉において、民事上の賠償問題も全て含めて解決する「清算条項」を盛り込むことが、弁護士の重要な役割です。刑事と民事を切り分けて考えてしまうと、後から予想外の金銭的負担に苦しむことになります。一連の手続きをパッケージとして捉え、一括での解決を目指すことが、真の意味での紛争の終結と言えます。

ネット上の匿名性と責任の重さ

ネット上の誹謗中傷における刑事弁護を淡々と概観するならば、それは「技術的に特定された証拠」と「厳罰化された法運用」の板挟みになるプロセスです。匿名という盾は、法的手続の前には容易に無力化されます。一度発信者情報が開示されれば、そこからは冷徹な刑事手続が進行し、日常生活の中に警察権力が踏み込んでくることになります。

言葉の一つひとつが、刑法上の刃となり得る現代において、一時の感情による投稿の代償は極めて重いものです。しかし、事実を真摯に認め、デジタルデータの保全に協力し、被害者に対して実質的な謝罪と賠償を尽くすことで、法的な責任を適切に果たし、社会的な更生を図ることは可能です。

当事務所は、ネット犯罪特有の技術的・法的な側面を精査し、被疑者が過剰な制裁を受けることなく、法的なルールに基づいた適正な解決を得られるよう、論理的かつ迅速な弁護活動を提供いたします。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 遠藤 吏恭

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