
印刷現場の最前線で働く方々にとって、高速で回転する輪転機は日常の風景かもしれません。しかし、その巨大な機械の内部には、一瞬の接触で人生を暗転させるほどの破壊力が潜んでいます。
特に、腕がローラーに引き込まれた結果として生じる「腕神経叢損傷」は、現代医学をもってしても完治が困難なケースが多く、労働能力に致命的な打撃を与えます。
本稿では、印刷機械(輪転機)特有の危険性、事故によって生じる深刻な後遺障害の実態、そして会社に対して正当な権利を主張するための法的戦略について、埼玉県大宮に所在する法律事務所の弁護士が徹底的に解説します。
印刷機械(輪転機)とは?

まず、輪転機の基本的な構造と役割についてみていきたいと思います。
印刷機械(輪転機)とは、円筒状の版を用いて、ロール状の紙(巻取紙)に高速で連続印刷を行う機械のことです。
新聞、雑誌、チラシなどの大量印刷には欠かせない設備であり、現代の印刷業の中核を成しています。しかし、その構造は極めて複雑であり、数多くの回転体が連動して動くため、ひとたび事故が起きれば重大な結果を招く「危険機械」としての側面も持ち合わせています。
なぜ輪転機が「凶器」になり得るのかについてですが、輪転機の最大の特徴は、インクを転写し紙を搬送するための「ローラー」が密接して配置されている点にあります。
これらローラー同士が接する部分は「ニップポイント(噛み込み点)」と呼ばれ、物体を強力に引き込む性質があります。
ひとたび指先が触れれば、数トンもの圧力がかかるローラーの間に、一瞬にして腕全体が引きずり込まれることになります。
また、高速走行を維持するための強力なモーターが生む回転トルクは、人間の力で抵抗できるレベルを遥かに超えています。
多くの事故は、皮肉なことに作業に慣れた熟練者の間で発生することがあります。
印刷中の微調整や、回転しているローラーの汚れを拭き取る「手拭き」作業など、効率を優先して機械を止めずに作業を行う「非定常作業」が常態化している現場が少なくありません。
しかし、こうした「慣れ」や「暗黙の了解」こそが、重大な労働災害を引き起こす最大の引き金となっているのが実態です。
印刷機械(輪転機)で多発する事故類型

印刷現場で最も典型的な事故が、回転するローラーへの巻き込まれです。
紙詰まりの解消やインクの補充、清掃作業中に、作業用手袋の端や服の袖口がローラーに触れた瞬間、逃げる間もなく腕全体が引き込まれます。
この際、骨折や脱臼に留まらず、皮膚や筋肉が剥ぎ取られる「デグロービング損傷」や、後述する深刻な神経損傷を伴うことが多く、一瞬にして腕の機能を奪い去ります。
電源を遮断してメンテナンスを行っている際にも事故は発生します。
フライホイール(弾み車)の慣性によってローラーが止まらずに回り続けていたり、油圧・空気圧システム内に残ったエネルギーによって可動部が予期せぬ動きをしたりすることがあります。
これらは会社側の「ロックアウト(動力遮断の固定)」や「タグアウト(警告表示)」の不備として、明確な安全管理責任が問われるべき事案であることが多いです。
また、高速で走行する巻取紙は、時として鋭利なカッターのような役割を果たします。
印刷中に紙が切れる「断紙」が発生した際、跳ね上がった紙が腕を深く切り裂くことがあります
詰まった紙を無理に引き抜こうとしてバランスを崩し、そのまま駆動ベルトやギアに接触して指を切断するような事故も、印刷現場では後を絶ちません。
印刷機械(輪転機)で発生する労働災害の現状

厚生労働省の統計によると、製造業における労働災害の中でも「はさまれ・巻き込まれ」は常に上位を占めていますが、特に印刷業においてはその重症化率が際立っています。
これは、輪転機が他の産業機械と比較しても、高速かつ高圧で動作する部分が露出していることが多いためです。
一度の事故が「かすり傷」で済むことは稀であり、多くの場合で長期の入院や後遺障害を余儀なくされます。
労働安全衛生規則では、掃除や修理の際には機械を停止させることが厳格に定められていますが、際には納期に追われる現場の圧力から、インターロック(安全装置)を無効化して作業を継続するケースが散見されます。
このような「安全よりも生産性」という企業文化の中で起きた事故に対し、法は会社側の責任を非常に厳しく追求する傾向にあります。
腕神経叢損傷(わんしんけいそうそんしょう)が起こるケース

腕神経叢とは、首の付け根(脊髄)から出て、鎖骨の下を通り、肩、腕、指先へと伸びる神経の束のことです。
この部位は、腕を動かすための命令を伝え、また腕に触れた感覚を脳に伝えるための「情報ハイウェイ」の役割を果たしています。
ここが損傷するということは、腕全体のコントロール機能が失われることを意味します。
輪転機のローラーに腕が巻き込まれた際、腕は機械の奥深くへ強力に引き込まれますが、体は機械に衝突して外側へ押し戻されます。
このとき、首と肩が強引に引き離されるような強烈な「牽引力」が働きます。この力によって、神経が脊髄の根元から引き抜かれてしまうのが「神経根抜去」と呼ばれる最も重篤な損傷状態です。
これは電化製品のコンセントを無理やり引き抜いて基盤ごと壊すようなもので、極めて回復が困難な怪我です。
損傷の程度によっては、肩から先が完全に動かなくなり、熱い・痛いといった感覚も一切失われる「全廃」の状態に陥ります。
また、感覚がないはずの腕に、焼け付くような激痛や電気が走るような痛みが24時間続く「神経障害性疼痛」に悩まされることもあります。これらは仕事への復帰を困難にするだけでなく、食事や入浴といった当たり前の日常生活さえも根底から破壊してしまいます。
労働安全衛生法・民法715条と使用者責任

労働契約法第5条に基づき、会社は労働者が生命・身体の安全を確保しつつ働けるよう、必要な配慮をする義務を負っています。これを「安全配慮義務」と呼びます。
輪転機に適切な防護カバーを取り付けていなかった、あるいは危険な作業方法を放置していた場合、会社はこの義務に違反したとして、被災した労働者に対して損害を賠償する責任を負うことになります。
また、事故の原因が、現場監督者の指示ミスや同僚の不注意な操作によるものであった場合でも、会社はその雇用主として責任を免れることはできません。
民法715条は、従業員が業務中に他人に損害を与えた場合、雇い主も連帯して賠償責任を負うことを定めており、会社は「現場の不手際だった」という言い逃れをすることはできない仕組みになっています。
労災保険給付と会社への損害賠償を並行して請求する方法

事故後、多くの労働者は労働基準監督署から「労災保険」の給付を受けます。
しかし、労災保険から支払われるのは治療費の実費や休業損害の一部、そして後遺障害に対する年金や一時金のみです。
労災保険には「慰謝料」という項目が一切存在しません。
つまり、激痛に耐えた精神的苦痛や、将来への絶望感に対する対価は、労災保険からは1円も支払われないのです。
労災保険でカバーされない損害、すなわち「入通院慰謝料」「後遺障害慰謝料」、そして将来得られたはずの賃金の不足分(逸失利益)については、会社に対して直接請求を行う必要があります。
特に腕神経叢損傷のように重い後遺障害が残る場合、会社への請求額は数千万円か超えることも珍しくありません。この上乗せ分をしっかり確保することこそが、将来の生活を守るための鍵となります。
弁護士に依頼するメリット

腕神経叢損傷は、見た目の怪我以上に診断や立証が難しい傷病です。
適切な医学的検査(MRI、筋電図、神経伝導速度検査など)の結果を正確に読み取り、労働基準監督署に対して「いかに重篤な状態か」を専門的に主張しなければ、本来得られるべき等級が認められないリスクがあります。
会社側は賠償額を減らすために、「労働者が不用意に手を近づけたのが悪い」と過失を主張してくることが常です。
しかし、弁護士が介入すれば、当時の作業環境や安全装置の不備を法的に指摘し、「そもそも事故が起きるべくして起きた環境であった」ことを立証すべく尽力いたします。
これにより、労働者側の過失を最小限に抑え、受け取れる賠償額を最大化させることが期待できます。
また、慰謝料についても「弁護士基準」による高い水準での示談交渉を行います 。
保険会社が提示する賠償額は、あくまで自社の支払いコストを抑えた「任意保険基準」に基づいています。
これに対し、弁護士は過去の裁判例に基づいた最も高い「弁護士基準(裁判所基準)」で交渉を行います。
この基準の差だけで、最終的に受け取れる金額が数百万円単位で変わることも少なくありません。
当事務所のサポート内容

当事務所では、事故直後の労災申請のアドバイスから、会社側との示談交渉、必要に応じた損害賠償請求訴訟まで、すべてを一貫してサポートいたします。
また、事故が起きた輪転機の仕様確認や現場の安全状況の調査など、法的責任を追及するた
被害者の方が抱える「痛み」や「不自由さ」が正当に評価されるよう、粘り強く立証活動を継続します。
まとめ

印刷機械の事故、特に腕神経叢損傷という過酷な現実を突きつけられたとき、その苦しみはご本人にしかわからないものです。
かし、どうか「運が悪かった」「自分のミスだ」と自分を責めないでください。命を守るべき責任は、第一に会社にあります。
あなたが負った傷は、家族のため、会社のために懸命に働いた結果です。その後の人生を支えるための権利を主張することは、決してわがままではありません。法の手続きを通じて正当な賠償を得ることは、あなたが再び前を向いて歩き出すための「尊厳」を取り戻すプロセスでもあります。
「今の状況で、自分には何ができるのか?」 その答えを見つけるために、まずは一度、専門家である私たちにご相談ください。
労働災害は、人生を大きく変えるほどの出来事です。お一人で悩まず、まずは一度ご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。





