
交通事故の示談交渉が決裂し、「裁判しかない」となったとき、多くの方が不安を感じられます。実際、私も依頼者から「裁判って何年もかかるんですよね」「法廷で証言するのが怖い」といった声をよく聞きます。
確かに裁判は時間もかかりますし、精神的な負担も小さくありません。しかし、正当な賠償を実現するためには、時に避けられない道でもあります。
本稿では、交通事故訴訟が実際にどう進むのか、弁護士の立場から解説します。
訴訟前の準備段階 – ここで勝負は決まる

「訴訟は訴状を出してから始まる」と思われがちですが、実は違います。勝敗の大半は、訴状提出前の準備段階で決まっています。
証拠の収集 – 何があれば勝てるのか
交通事故訴訟で最も重要なのは、客観的な証拠です。特に重視しているのは以下の資料です。
事故状況を証明する資料
- 実況見分調書(これは人身事故で警察が作成するもので、事故状況が詳細に記録されています)
- ドライブレコーダー映像
- 現場写真
- 目撃者と証言内容
実況見分調書は、刑事記録として保管されているため、取得には一定の手続きが必要です。物件事故の場合は物件事故報告書になりますが、内容は実況見分調書より簡素です。
損害を証明する資料
- 診断書、診療報酬明細書
- 画像検査結果(レントゲン、MRI、CTなど)
- 後遺障害診断書
- 自賠責保険の後遺障害等級認定結果
- 源泉徴収票、確定申告書(休業損害の立証用)
- 車両の修理見積書または査定書
後遺障害が残った事案では、後遺障害等級の認定結果が賠償額に直結します。自賠責の認定に納得できない場合は、訴訟で改めて主張することも可能ですが、医学的な裏付けが必須です。
法的構成の検討 – どの条文で請求するか
交通事故の損害賠償請求は、法的には民法709条の不法行為責任か、自賠法3条の運行供用者責任のいずれかを根拠とします。
実務上は、自賠法3条の方が被害者に有利です。民法709条では加害者の「過失」を被害者側が立証しなければなりませんが、自賠法3条では、加害者側が「自分に過失がない」ことを立証しない限り責任を負うからです。
ただし、自賠法が使えるのは人損のみです。怪我がない物損の場合は、すべて民法709条で請求することになります。
また、過失相殺の見込みも慎重に検討します。保険会社は必ずと言っていいほど「被害者にも過失がある」と主張してきますが、裁判所が実際にどう判断するかは、過去の裁判例(いわゆる「別冊判例タイムズ」に掲載されている基準)を参考にします。
訴状の提出と第1回期日

準備が整ったら、いよいよ訴訟提起です。
訴状の作成
訴状には、以下を明確に記載します。
請求の趣旨
「被告は原告に対し、金○○円及びこれに対する令和○年○月○日から支払済みまで年3%(または古い事故だと5%)の割合による金員を支払え」といった形で、求める結論を書きます。
請求の原因
なぜその金額を請求できるのか、法的根拠と事実関係を記載します。事故の状況、過失割合、損害項目(治療費、休業損害、慰謝料、後遺障害逸失利益など)を、計算根拠とともに詳述します。
訴状には、収入印紙(請求額に応じた額)と郵便切手を添付して、管轄の裁判所(通常は被告か原告の住所地、か事故発生地を管轄する地方裁判所・簡易裁判所)に提出します。
第1回口頭弁論期日
訴状が被告に送達されてから1〜2ヶ月後に、第1回口頭弁論期日が指定されます。
この日は、形式的な手続きに終わることがほとんどです。原告側は訴状を陳述し、被告側は答弁書(「原告の請求を棄却する」という反論)を陳述して終わります。いわば「顔合わせ」のようなものです。
被告が保険会社の場合、この時点では具体的な反論をせず、「追って主張する」とだけ述べることも多いです。
争点整理 – 準備書面の応酬

第2回期日以降が、訴訟の本番です。
準備書面とは
準備書面は、自分の主張と証拠を整理して裁判所に提出する書面です。通常、1〜2ヶ月に1回のペースで期日が開かれ、その都度、原告・被告が交互に準備書面を提出します。
原告側の主張
事故の詳細な状況、加害者の過失の内容、各損害項目の金額とその根拠を、証拠を引用しながら主張します。例えば、「甲第5号証の診断書によれば、原告は頸椎捻挫により6ヶ月間の通院を余儀なくされた」といった形です。
被告側の反論
保険会社は、損害額の減額や過失相殺を主張してきます。「原告は事故前から腰痛があったはずだ」「原告の過失は3割ある」「休業の必要性が認められない」など、あらゆる角度から反論してきます。
この段階で、双方の主張の食い違い(争点)が明確になります。事故態様が争点になる場合、過失割合が争点になる場合、後遺障害の程度や因果関係が争点になる場合など、事案によって様々です。
医療照会と鑑定
後遺障害が問題になる事案では、医学的な判断が必要になります。
医療照会
裁判所から主治医に対し、「この症状は事故と因果関係があるか」「症状固定の時期は適切か」といった質問を文書で送り、回答をもらう手続きです。
主治医の回答は重要な証拠になりますが、医師によっては「医学的には断定できない」と曖昧な回答をされることもあります。
鑑定
より専門的な判断が必要な場合、裁判所が中立的な専門医を選任して鑑定を依頼します。鑑定には数十万円の費用がかかります。
鑑定結果は裁判所の判断に大きな影響を与えますが、必ずしも鑑定結果通りに判決が出るとは限りません。鑑定結果を覆した判決もあります。
証拠調べ – 法廷での尋問

準備書面の交換が終わり、争点が明確化されると、証拠調べの段階に入ります。
本人尋問・証人尋問
交通事故訴訟で当事者が最も緊張する場面が、尋問です。
本人尋問
原告本人(場合によっては被告本人も)が証言台に立ち、弁護士からの質問に答えます。
まず、自分の弁護士から質問を受けます(主尋問)。事故の状況、怪我の痛み、治療の経過、後遺症が生活に与えている影響などを、できるだけ具体的に証言します。
その後、相手方弁護士からの質問を受けます(反対尋問)。ここで、矛盾点や曖昧な点を突かれることがあります。「事故直後は痛くなかったんですよね」「実は事故前から通院していましたよね」といった質問に、冷静に答えなければなりません。
私は依頼者に、「分からないことは分からないと答えること」「推測で答えないこと」を必ず伝えています。曖昧な答えは、かえって信用性を損ないます。
証人尋問
事故の目撃者、主治医などを証人として呼ぶこともあります。ただし、証人は平日の日中に裁判所に来てもらう必要があるため、協力を得るのが難しいこともあります。
主治医を証人として呼ぶ場合、日当として数万円を支払うのが通例です。
現場検証
事故態様が争点になっている場合、裁判官が実際に事故現場を見に行くもできます。しかし、私は一度も経験したこともありませんし、現場を見たいという裁判官に会ったこともありません。
テレビドラマのような人情感溢れる裁判官は日本にはいないと断言しても良いでしょう。
和解 – 裁判所からの打診

証拠調べが終わると、あるいは証拠調べ前に、裁判所から和解の打診があることが多いです。
和解とは
裁判官が、「このまま判決になれば、おそらくこのくらいの金額になる」という見通しを示し、双方に譲歩を促します。
例えば、原告が1000万円を請求している事案で、裁判官が「判決なら800万円程度」という心証を示した場合、原告は請求額を下げ、被告は支払額を上げて、850万円で和解する、といった形です。
和解のメリット
- 判決より早期に解決できる
- 控訴されるリスクがない
- 支払時期や方法を柔軟に決められる
- 和解調書は確定判決と同じ効力がある
和解のデメリット
- 請求額より低い金額で妥協することになる
- 裁判所の心証が間違っている可能性もある
和解不成立の場合
和解が成立しなければ、判決に向けて進みます。双方が最終準備書面を提出し、裁判長が「弁論を終結します」と宣言すれば、もう新たな主張や証拠は出せません。
判決の言渡し

弁論終結から1〜2ヶ月後に、判決期日が指定されます。
判決の内容
判決では、以下のような内容が示されます。
- 原告の請求が認められるか
- 認められる場合、いくらか
- 過失相殺の割合
- 訴訟費用の負担
- 遅延損害金(事故日から支払済みまで、年3%または5%)
判決文は、「主文」(結論)と「理由」(判断の根拠)から成ります。理由の部分で、裁判所がどのように事実を認定し、どう法律を適用したかが分かります。
控訴
判決に不服があれば、判決書を受け取った翌日から2週間以内に控訴できます。控訴すると、高等裁判所で再度審理されます。
控訴審では、新たな証拠は調べてもらえないこともあります。控訴しなければ、2週間で判決が確定します。
弁護士特約とは?弁護士費用がかからない?

訴訟を躊躇する理由の一つが、弁護士費用です。しかし、ご自身の自動車保険に「弁護士費用特約」が付いていれば、通常300万円まで保険会社が負担してくれます。
【弁護士費用特約】とは、ご自身が加入している、自動車保険、火災保険、個人賠償責任保険等に付帯している特約です。
多くの方が、自分の保険に特約が付いていることを知らずにいます。まずは保険証券を確認してみてください。
特約を使っても、翌年の保険料は上がりません(事故で保険を使った場合は別ですが、特約の利用だけでは影響しません)。
ただし、特約には限度額があります。訴訟が長引いたり、鑑定費用がかさんだりすると、限度額を超えることもあります。その場合、超過分は自己負担になります。
骨折や重傷の場合は、一部超えることもあります。
なお、弁護士費用特約を利用して弁護士に依頼する場合、どの弁護士を選ぶかは、被害に遭われた方の自由です。
※ 保険会社によっては、保険会社の承認が必要な場合があります。
弁護士特約はご自身に過失があっても使えます。また、過失割合10:0の時でも使えます。なお、被害者に過失があっても利用できます。
まとめ

交通事故訴訟は、確かに時間もかかりますし、精神的な負担も大きいです。私が担当した事案でも、訴訟提起から判決まで1年半〜2年程度かかることもありました。
しかし、保険会社が提示する金額と、裁判所が認める金額には、大きな開きがでることがあります。特に後遺障害が残った事案では、数百万円、場合によっては1000万円以上の差が出ることもあります。
「裁判は大変だから、保険会社の提示額で妥協しよう」と考える方もいらっしゃいます。それも一つの選択です。しかし、適正な賠償を受ける権利があることは、知っておいていただきたいと思います。
交通事故に遭われた方は、まず弁護士に相談してみてください。訴訟が必要かどうか、見通しはどうか、率直にお話しします。
一人で悩まず、まずは相談から始めてみてください。
ご相談 ご質問

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、多数の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
交通事故においても、専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。
交通事故でお悩みの方に適切なアドバイスができるかと存じますので、まずは、一度お気軽にご相談ください。

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。












