【弁護士が解説】水槽・ピット等の施設内事故でお怪我をされた方へ。適正な補償について解説します

ビルのメンテナンスや工場の清掃業務において、受水槽、貯水槽、排水ピット、マンホール、浄化槽といった「閉鎖的な施設」での作業は日常的に行われています。これらの施設は、私たちの生活環境や生産活動を維持するために不可欠な存在ですが、その内部は密室であり、ひとたび作業手順を誤れば、酸欠による意識喪失や転落など、命に直結する重大な事故が発生する危険極まりない場所でもあります。

特に、タンクやピット内での事故は、目に見えない「空気(酸素)」が凶器となるケースや、救助に向かった同僚までもが被害に遭う二重遭難の事故がたびたび発生しています。被害に遭われた作業員の方は、一瞬にして意識を奪われ、気づいたときには重度の脳障害を負っていたり、あるいは二度と目覚めることがなかったりという、あまりにも理不尽な結果に直面することになります。

もし、あなたやご家族がこうした施設内での作業中に事故に遭われたなら、労災保険の手続きだけで終わらせてはいけません。「暗くて狭い場所だから仕方がない」「不注意だった」と自分を責めないでください。施設内作業には、法律で定められた厳格な安全基準があり、事故の背後には、それを怠った会社側の責任が隠れていることが多いからです。

この記事では、水槽やピットなどの施設で発生する労災事故の特徴と、被害者やご遺族が適正な補償を受けるために知っておくべき「会社の安全配慮義務」について、弁護士が法的な視点から解説します。

施設(水槽、貯水槽、ピットなど)における危険性とは

施設(水槽、貯水槽、ピットなど)における危険性とは

ここでいう「施設」とは、人が内部に入って作業を行うことができるものの、出入り口が制限され、内部が閉鎖的である空間を指します。具体的には、ビルの地下にある受水槽や汚水槽、工場の薬品タンク、地下ピット、マンホール、サイロなどが該当します。 これらの場所は、労働安全衛生法や「酸素欠乏症等防止規則」において、酸素欠乏危険場所などに指定されることが多く、通常の作業現場とは全く異なる厳重な管理が求められます。換気の悪さ、足場の悪さ、視界の悪さが重なり、ひとつのミスが即座に生命の危機に繋がる環境です。

酸素欠乏症等防止規則は、酸素欠乏症等防止の安全基準を定めた厚生労働省令です。1条で、「事業者は、酸素欠乏症等を防止するため、作業方法の確立、作業環境の整備その他必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」など規定されています。

【施設内作業】で多発する事故類型

【施設内作業】で多発する事故類型

施設内での事故は、その閉鎖性ゆえに、逃げ場がなく被害が拡大しやすい傾向にあります。

最も恐ろしいのが「酸素欠乏症・硫化水素中毒」です。長期間密閉されていたタンクやピットの内部では、タンクの素材(鉄)の酸化や、汚泥中の有機物の腐敗、微生物の呼吸などによって酸素が消費され、空気中の酸素濃度が極端に低下していることがあります。また、汚水ピットなどでは猛毒の硫化水素が発生していることもあります。 酸素濃度が低い空気を一呼吸でも吸い込むと、人は瞬時に手足の自由を失い、その場に倒れ込んでしまいます。「息が苦しい」と感じる余裕すらありません。倒れた作業員を助けようとマスクなしで飛び込んだ同僚も次々と倒れる二次災害が多く、死亡率が極めて高い事故類型です。

次に多いのが「墜落・転落事故」です。深いピットや巨大な貯水槽の点検作業では、はしごを使って昇降したり、梁(はり)の上を移動したりする必要がありますが、内部は暗く、湿気や汚れで滑りやすくなっています。また、マンホールの開口部を開けたまま作業をしていて、誤って転落するケースもあります。コンクリートの床や機械設備の上に落下すれば、脊髄損傷や頭部外傷などの重傷を負います。

さらに、「溺水(できすい)事故」のリスクもあります。排水処理施設やメッキ槽などで、作業中に誤って槽内に転落し、液体に溺れてしまう事故です。液体が化学薬品や高温の廃液である場合、溺れるだけでなく重篤な化学熱傷や火傷を負うことになります。

【施設内作業】で発生する労働災害の現状とケガのケース

【施設内作業】で発生する労働災害の現状とケガのケース

施設内事故の特徴は、身体的な外傷だけでなく、脳へのダメージ(低酸素脳症)が残るケースが多いことです。脳は酸素不足に非常に弱く、心臓が動いていても脳細胞が死滅してしまうことがあります。

具体的な被害事例としては、以下のようなケースがあります。

例えば、地下ピットの防水工事中、換気を十分に行わずに有機溶剤を使用したため、中毒症状を起こして意識を失い、そのまま酸欠状態となって発見が遅れ、一命は取り留めたものの、重度の高次脳機能障害(記憶障害や認知障害)が残り、寝たきりとなってしまったケース。 また、貯水槽の清掃作業中、高圧洗浄機のホースに足を取られて5メートル下の底面に転落し、腰椎を圧迫骨折して下半身不随となったケース。 さらには、マンホール内でのポンプ点検中、硫化水素が発生していることに気づかずに入り、即死したケースなどがあります。

これらの事故は、決して「運が悪かった」で済まされるものではありません。酸素濃度の測定、換気の徹底、安全帯(要求性墜落制止用器具)の使用といった基本的なルールが守られていれば、防げたはずの事故なのです。

労災保険の給付内容について

労災保険の給付内容について

業務中の事故であれば、労災保険から以下の給付が受けられます。

  • 療養(補償)給付: 治療費、入院費、手術代など。原則自己負担はありません。
  • 休業(補償)給付: 療養のため働けない期間の4日目から、休業1日につき給付基礎日額(事故前3ヶ月の平均賃金)の80%が支給されます(特別給付含む)。
  • 障害(補償)給付: 治療を続けても症状が改善しなくなった状態(症状固定)で、後遺障害が残った場合に、その等級(第1級~第14級)に応じて年金または一時金が支給されます。
  • 遺族(補償)給付・葬祭料: 労働者が死亡した場合に、遺族の生活保障のための年金や一時金、葬儀費用が支給されます。
  • 介護(補償)給付: 障害等級第1級または第2級の重い障害が残り、介護が必要な場合に支給されます。

【重要】しかし、労災保険では「慰謝料」は支払われません!

ご覧の通り、労災保険は治療費や収入の補填が中心です。事故によって被った精神的苦痛に対する「慰謝料」や、後遺障害によって苦痛を受けた「後遺障害慰謝料」及び生涯にわたり失われた収入=逸失利益は、労災保険の給付対象外です。この不足分を補うために、次の「会社への損害賠償請求」が極めて重要になります。

会社への損害賠償請求について

会社への損害賠償請求について

労災保険とは別に、事故の原因が会社側にある場合、会社に対して損害賠償を請求することができます。特に施設内作業(密閉空間での作業)については、法令で極めて具体的な義務が定められているため、会社の責任を追及できる可能性が高い類型です。

(1)なぜ会社に請求できるのか?-事業者の「安全配慮義務」

事業者は、労働者が安全で健康に働けるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負っています。これは法律で定められた絶対的な義務です。会社が以下のような安全対策を怠っていた場合、義務違反に問われる可能性が高くなります。

労働安全衛生法や酸素欠乏症等防止規則等は、会社に対し、以下のような措置を講じることを義務付けています。これらを怠って事故が起きた場合、安全配慮義務違反となります。

まず、「作業環境測定(酸素濃度等の測定)の未実施」です。作業を開始する前には、必ず酸素濃度や硫化水素濃度を測定しなければなりません。これを「経験上大丈夫だろう」と省略して作業させ、酸欠事故が起きた場合、会社の過失は明白です。

次に、「換気の実施義務違反」です。酸素濃度が低い、あるいは有害ガスが存在する可能性がある場合、作業中も継続的に換気ファンなどで新鮮な空気を送り込む義務があります。換気設備を用意していなかったり、音がうるさいからと止めていたりした場合、重大な責任を問われます。

さらに、「転落防止措置の不備」です。開口部や高所作業においては、手すりや囲いを設けるか、安全帯(墜落制止用器具)を使用させ、それを掛けるための設備(親綱など)を設置しなければなりません。「気をつけて作業しろ」と言うだけで具体的な設備を用意しなかった場合、会社は責任を免れません。

そして、「特別教育と監視人の配置」です。酸素欠乏危険作業を行う作業者には「特別教育」を受けさせる義務があります。また、作業中に異常があった場合にすぐに連絡・救助できるよう、監視人を配置する義務もあります。これらを怠り、一人作業をさせていたような場合は、過失があると言えるでしょう。

(2)何を請求できるのか?-労災保険では足りない補償

会社に対しては、主に以下の損害について賠償を求めることができます。

損害項目内容労災保険との関係
傷害慰謝料入通院によって受けた精神的苦痛に対する賠償労災では支払われない
後遺障害慰謝料後遺障害が残ったことによる精神的苦痛に対する賠償労災では支払われない
逸失利益後遺障害により将来得られなくなった収入の補償労災給付で不足する部分を請求
休業損害休業期間中の収入減(労災の8割給付との差額2割+α)労災給付で不足する部分を請求
将来介護費等重い後遺障害で将来必要となる介護費用や住宅改修費労災給付で不足する部分を請求
弁護士費用賠償請求のために要した弁護士費用の一部労災では支払われない

労災保険からの給付と会社からの賠償金を合わせて受け取ることで、初めて事故によって生じた損害の全体が補填されるのです。

慰謝料について

慰謝料には、主に2つの種類があります。

  • 入通院慰謝料(傷害慰謝料)
    事故日から症状固定日までの間、入院や通院を余儀なくされたことによる精神的苦痛に対する補償です。入院期間や通院期間が長くなるほど、金額は高くなります。
  • 後遺障害慰謝料
    症状固定後も、体に痛みや機能障害などの後遺障害が残ってしまったことによる、将来にわたる精神的苦痛に対する補償です。後遺障害の等級に応じて、金額の相場が決まっています。

具体的な後遺障害慰謝料の金額は、以下の表のとおりです。

等級後遺障害慰謝料(弁護士基準)
1級2,800万円
2級2,370万円
3級1,990万円
4級1,670万円
5級1,400万円
6級1,180万円
7級1,000万円
8級830万円
9級690万円
10級550万円
11級420万円
12級290万円
13級180万円
14級110万円

逸失利益について

後遺障害によって労働能力が低下し、将来にわたって得られたはずの収入が減少してしまうことに対する補償です。後遺障害の等級、事故前の収入、年齢などによって計算され、賠償項目の中で最も高額になる可能性があります。

【逸失利益の計算シミュレーション】

前提条件として、事故時の年齢を40歳、事故前の年収を600万円、後遺障害等級を第3級(神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの・労働能力喪失率100%)と仮定します。酸欠により認知機能や身体機能に重い障害が残ったケースです。

計算式は、「年収600万円 × 労働能力喪失率100% × 労働能力喪失期間(67歳までの27年)に対応するライプニッツ係数 14.643」となります。

この計算に基づくと、逸失利益は約8,785万円となります。

このケースでは、逸失利益(約8,785万円)と後遺障害慰謝料(弁護士基準で約1,990万円)、さらに将来の介護費用なども含めると、合計1億円を超える請求が可能になるケースもあります。 一方で、労災保険(障害補償年金)は、3級の場合、給付基礎日額の245日分の年金(年額約400万円程度)であり、会社への損害賠償請求を行わなければ、将来の生活や介護にかかる費用を十分に賄うことは困難です。

弊所での取扱事例としては、例えば、マンホール内での酸欠事故があげられます。

弁護士に相談・依頼するメリット

弁護士に相談・依頼するメリット

労災に遭ってしまった場合なぜ弁護士が必要なのでしょうか。それは、上でご説明したように、慰謝料は労災からは支給されませんし、後遺障害を負った場合の逸失利益の補償も不十分であるからです。

また、労災が認められたとしても、されに請求をするためには、自分が所属する会社を相手に損害賠償請求を行う必要があります。

ただ、この損害賠償請求は、会社に過失(安全配慮義務違反)がなければ認められません。

会社に過失が認められるかどうかは、労災発生時の状況や会社の指導体制などの多くの要素を考慮して判断する必要がありますので、一般の方にとっては難しいことが現実です。

弁護士にご相談いただければ、過失の見込みについてもある程度の判断はできますし、ご依頼いただければそれなりの金額の支払いを受けることもできます。

また、一般的に、後遺障害は認定されにくいものですが、弁護士にご依頼いただければ、後遺障害認定に向けたアドバイス(通院の仕方や後遺障害診断書の作り方など)を差し上げることもできます。

そのため、労災でお悩みの方は、まずは弁護士にご相談いただくことをおすすめいたします。労働災害については、そもそも労災の申請を漏れなく行うことや、場合によっては会社と裁判をする必要もあります。

労災にあってしまった場合、きちんともれなく対応を行うことで初めて適切な補償を受けることができますので、ぜひ一度弁護士にご相談いただけますと幸いです。

労災関連のご質問・ご相談

労災関連のご質問・ご相談

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。

また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。労災分野では労災事故と後遺障害に集中特化した弁護士チームが、ご相談から解決まで一貫してサポートいたします。

初回相談無料:まずはお気軽にご状況をお聞かせください。
後遺障害労災申請のサポート:複雑な手続きもお任せいただけます。
全国対応・LINE相談も可能:お住まいの場所を問わずご相談いただけます。

労災事故で心身ともに大きな傷を負い、将来への不安を抱えていらっしゃるなら、決して一人で悩まないでください。お気軽にご相談ください。

ご相談
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。

■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 申 景秀
弁護士のプロフィールはこちら