
交通事故の被害に遭われた際、多くの方がまず車両本体の修理や買い替えに意識を集中されます。
しかし、衝突の衝撃や事故後の対応により、身に着けていた服、ヘルメット、バッグ、そして車内に積んでいたチャイルドシートやパソコンといった「車両以外の物」も、深刻な損傷を受けていることが少なくありません。
これらの物品も、当然ながら物損事故における損害賠償の対象となります。
しかし、加害者側の保険会社との交渉において、これらの細かな物品の請求は後回しにされがちで、提示される賠償額も、低いと感じることがあります。
特に、バイクのヘルメットやライディングウェア、高価なブランドバッグ、チャイルドシートなど、安全や機能性に関わる物品や、高額な物品が破損した場合、保険会社が提示する金額では、到底同じものを買い直すことができません。
本コラムでは、こうした見落とされがちな物損について、低い金額が提示されがちな背景にある「減価償却」の考え方をご案内するとともに、被害者が適正な賠償額を勝ち取るために、具体的にどのような行動をとるべきかをご案内します。
物損事故の賠償原則と「時価額」の考え方

損害賠償の基本は「原状回復」だが…
交通事故の損害賠償は、「事故がなかった状態に戻す(原状回復)」ことを目的としています。車両本体については修理費か時価額の低い方が賠償額となる「経済的全損」の概念がありますが、車両以外の携行品や積載物についても、原則は同じです。
損傷した物品について修理が可能であれば「修理費用」を、修理が不可能または修理費用が時価額を上回る場合は「時価額」を賠償することになります。
しかし、洋服やバッグ、多くの装備品などは、一度破損してしまうと修理が難しいため、実務上は「事故直前の時価額」が損害額とされることが一般的です。
見落とされがちな「携行品・積載物」の具体例
ここで、実際に事故で損傷しやすい、見落とされがちな物品の例を挙げます。
【携行品(身に着けていたもの)】
- ヘルメット、ライディングジャケット、グローブ、ブーツ(バイク事故の場合、これらは命を守る「安全装備」です)
- 洋服、コート、スーツ、靴、眼鏡、コンタクトレンズ
- 腕時計、スマートフォン、財布、鍵、バッグ
【積載物(車内に積んでいたもの)】
- チャイルドシート、ジュニアシート
- ノートパソコン、タブレット、カメラ、ゴルフバッグ、スマートフォンのカバー
- ベビーカー、車椅子、買い物袋の中身
これらの物品は、すべて賠償請求の対象となりますが、請求漏れを防ぐためにも、事故直後に必ず写真を撮り、リスト化しておくことが極めて重要です。
「減価償却」とは

「減価償却」のロジックとは
相手保険会社から提示された賠償額に不満を感じる最大の原因は、保険会社が「減価償却」の考え方を用いて損害額を算定していることにあります。
保険会社は、「時価額」を算定する際、新品の購入価格をそのまま賠償することは原則としてありません。
これは、「時の経過によって物の価値は減っていく」という考え方に基づいています。
例えば、5年前に10万円で購入した高級バッグを新品の10万円で賠償してしまうと、被害者は事故によって新品同様のバッグを手に入れることになり、事故前よりも経済的に得をしてしまうからです。
そのため、保険会社は、「購入価格」から「使用期間に応じた価値の減少分(減価償却分)」を差し引いた額を時価額として提示してくるのです。
この減価償却の計算には、税法上の法定耐用年数や、業界独自の残存価値率などが用いられることが多いのですが、その計算結果は、我々が感じる「その物の価値」とは異なります。
減価償却の考え方は「原則」だが、すべてに従う必要はない
保険会社が減価償却して提示してきた金額に従うべきなのか?という疑問が生まれます。
これについては「原則としては、減価償却の考え方自体は否定できませんが、保険会社の提示額にそのまま従う必要はない」ということになります。
法的な損害賠償において、物の損害は「事故直前の時価額」であることは揺るぎません。
しかし、洋服やバッグ、ヘルメットといった携行品には、車両のような明確な中古車市場が存在しないため、時価額の算定が非常に難しいのが実情です。
実務上、保険会社は簡便的な方法として「購入価格-減価償却」という計算式を使いますが、これはあくまで保険会社側の提案にすぎません。
特に重要なのは、減価償却はあくまで「新品購入価格を基準とした計算上の時価額」に過ぎないということであり、被害者側は「実質的な時価額」、すなわち「実際に市場で同等の物を再調達するためにかかる費用」を主張することで、提示額を引き上げることがあります。
時価額を「実質的な再調達費用」で争う具体的方法

保険会社が提示した減価償却後の金額が不当だと感じたら、被害者は「実質的な再調達費用」を立証し、交渉のテーブルに乗せるべきです。
ショッピングサイトを活用した「再調達価格」の立証
時価額を争う最も効果的な方法は、「現在、あなたの壊れた物と同程度のものがいくらで流通しているか」という証拠を提示することです。
【具体的な立証方法】
破損した物品と「同種・同等」のものを特定することが必要です。
ブランド名、型番、購入時期、使用期間などを考慮し、現在の市場で流通している中古品や、新品の後継モデルなどを特定します。
そして、それをショッピングサイトで価格を調査します。
中古品の場合、メルカリ、ヤフオクなどのフリマサイトや、ブランド品専門の中古販売サイトで、同程度の使用感や年式の商品の販売価格を調査し、そのページを印刷(またはPDF化)して証拠とします。
一方、新品の場合、特にヘルメットやチャイルドシートなどの安全に関わる物品については、「耐用期間が過ぎたものは危険」という理由から、新品価格の賠償が認められやすい傾向があります。
その場合、同等の安全性を持つ後継モデルの新品価格を大手ショッピングサイト(Amazon、楽天など)で調べ、その購入価格を証拠として提示します。
調査したショッピングサイトの画面キャプチャや、中古販売店の見積もりを保険会社に提出し、「あなたが提示した減価償却後の金額では、私は事故前の状態に戻すことができない。これが実際の再調達価格である」と主張します。
物品ごとの「時価額」を増額させる論点
特に以下の物品については、減価償却の論理を超えた主張が有効です。
ヘルメット、チャイルドシートなどの「安全装備」
ヘルメットやチャイルドシートは、一度大きな衝撃を受けると、外見に損傷がなくても内部構造が破損している可能性が高く、安全性を確保するために「新品に買い替えざるを得ない」と主張することが重要です。
ブランド品、オーダーメイド品
高級ブランドのバッグや時計、オーダーメイドのスーツなどは、その価値が時の経過によって簡単に減少しない、または代替え品が存在しないという特殊性があります。
この場合、購入時の領収書に加え、中古ブランド品店の査定書などを提出し、保険会社の減価償却計算よりも高い価値(時価額)があることを立証すべきです。
使用期間が短い、新品同様の物品
購入後数ヶ月しか経っていない洋服や靴、電化製品などが破損した場合、保険会社が機械的に数年間の減価償却を適用すると低い金額になってしまいます。
この場合は、使用期間が極めて短く、新品としての価値をほぼ維持していたことを主張し、購入価格に近い額を請求すべきです。
購入時のレシートやクレジットカードの利用明細は、必ず証拠として保管しておきましょう。
「時価額争い」の重要性と解決への道筋

弁護士が担う時価額の立証と交渉
上記のような「時価額の争い」は、単に高い金額を要求すれば認められるものではありません。
保険会社は、被害者が提示したショッピングサイトの価格に対し、「それは小売価格であり、時価ではない」「中古価格は変動する」など反論することが考えられます。
類似の裁判例を研究し、再調達価格の証拠に法的な説得力を与え、交渉に臨みます。
漏れなき損害の請求と精神的負担からの解放
弁護士に依頼することで、車両本体の損害だけでなく、本コラムで挙げたヘルメット、洋服、チャイルドシートなど、全ての携行品・積載物の損害を、抜け漏れなくリストアップし、適正な時価額で請求することが期待できます。
さらに、物損事故の交渉は、被害者にとって精神的な負担が非常に大きいものです。
特に、大切な思い出の品や、高額な安全装備について不当な低額を提示されることは、精神的な苦痛を伴います。
弁護士に依頼することで、煩雑で心理的な負担の大きい交渉の全てから解放され、被害者の方はご自身の生活再建に集中することができます。
まとめ

交通事故は、車やバイクといった大きな物損だけでなく、日常を支えていた細かな物品の価値まで奪い去ります。
法的な賠償の原則は、あくまで「事故前の状態への回復」です。もちろん、完全な損害の回復がいつでもできるわけではございませんが、少しでもそれに近づくよう求めることが重要です。
保険会社が提示する減価償却後の金額は、最終的な決定額ではありません。
お車やバイク、そして身の回り品一つ一つに込められた価値を正しく評価し、損をしない解決を実現するために、交通事故でお悩みの方は、ぜひ当事務所にご相談ください。
事故前の日常の価値を完全に回復できるよう、粘り強くサポートいたします。

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。











