「遺留分」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

これは、故人(被相続人)の遺言書の内容にかかわらず、特定の相続人が最低限受け取れる遺産の取り分のことを指します。

家族の生活保障や相続人間の公平を図るため、民法で強く保護されている権利です。

この遺留分について、「自分の兄弟姉妹に請求できるのか?」「兄弟姉妹から請求されたらどうしよう?」と悩まれる方が少なくありません。

結論から申し上げますと、兄弟姉妹には、他の相続人(配偶者、子、直系尊属)とは異なり、「遺留分」が認められていません。

本コラムでは、この「兄弟姉妹と遺留分」に焦点を当て、その理由や、兄弟姉妹が直面する可能性のある相続トラブル、そして遺留分を持つ相続人との関係性について、請求する側・される側の双方の視点からご案内いたします。

兄弟姉妹に「遺留分」がないのはなぜ?

遺留分が認められる相続人の範囲

民法では、以下の者のみが遺留分権利者と定められています(民法1042条1項)。

①配偶者
②子(子が既に亡くなっている場合は孫などの直系卑属)
③直系尊属(父母、祖父母など)

故人(被相続人)の兄弟姉妹および甥姪には、遺留分は認められていませんので、注意が必要です。

遺留分の趣旨と兄弟姉妹の関係

なぜ、兄弟姉妹だけが遺留分から除外されているのでしょうか。それは、遺留分の制度が設けられた根本的な趣旨に関係しています。

遺留分は、「被相続人の財産の形成に貢献したこと」や、「相続人の生活を保障すること」を主な目的としています。

配偶者や子

通常、被相続人と生計を一つにし、最も密接な生活関係にあり、扶養を受けるべき立場にあることが多いため、遺留分が認められます。

直系尊属

被相続人の父母や祖父母は、もし被相続人に子がいなければ、扶養を受ける立場になる可能性があり、遺留分が認められます。

兄弟姉妹

被相続人と血縁関係はありますが、通常は既に独立して生計を立てており、被相続人の財産によって生活を保障される必要性が低いと考えられています。

したがって、被相続人(故人)が「全財産を特定の第三者や配偶者に遺贈する」という遺言を残した場合、兄弟姉妹は法定相続分すらもゼロになり、遺産を一切受け取れないことになります。それでも、遺留分を請求することはできません。

兄弟姉妹が直面する相続のトラブル

兄弟姉妹には遺留分がありませんが、だからこそ、遺留分が絡まない、あるいは他の相続人との関係で生じる、より複雑なトラブルに巻き込まれることがあります。

遺言書で「ゼロ」と記載された場合

兄弟姉妹が相続人となるのは、故人に「配偶者も子(孫など)も直系尊属(親など)もいない場合」です。この場合、兄弟姉妹が唯一の相続人となります。

しかし、故人が「全財産を友人のAに遺贈する」という遺言書を残していた場合、兄弟姉妹は、遺留分がなく、法定相続分もゼロということになります。

この場合、兄弟姉妹が遺産を受け取るためには、「遺言無効確認訴訟」を起こし、遺言書自体に法的な効力がないことを証明するというような方法をとるしか方法がありません。

この訴訟は、遺留分侵害額請求よりもはるかに難易度が高いのが実情です。

配偶者・子との遺産分割交渉

兄弟姉妹が相続人になるケースで多いのは、「配偶者」がいるが、「子も親もいない」ケースです。この場合、法定相続人は配偶者と兄弟姉妹になります。

・配偶者
→法定相続分は4分の3、遺留分は2分の1。

・兄弟姉妹
→法定相続分は4分の1、遺留分はゼロ。

この状況で、故人が「全財産を配偶者に相続させる」という遺言を残していた場合、兄弟姉妹は一切の遺産を受け取れません。

一方で、配偶者が遺留分を侵害されているわけではないため、配偶者に対する遺留分侵害額請求も発生しません。兄弟姉妹は、遺留分がないため、遺言書の内容を覆すことができません。

兄弟姉妹が遺産分割協議に参加できるのは、「遺言書がない場合」または「遺言書に記載のない財産がある場合」に限られます。この限られた機会で、配偶者と対立する構図になりがちです。

遺留分請求(侵害額請求)の「請求する側」・「請求される側」

兄弟姉妹自身には遺留分がありませんが、兄弟姉妹が関わる相続トラブルでは、遺留分を持つ相続人(配偶者や子)が当事者となる遺留分侵害額請求が重要になります。

ここでは、兄弟姉妹が、遺留分を持つ相続人から請求される側になる場合と、遺留分を持つ相続人から請求する側になるケースについて解説いたします。

兄弟姉妹が「遺留分を請求される側」になる場合

これは、被相続人が遺言によって、財産の大部分または全部を兄弟姉妹に遺贈した場合に発生します。

【例】 被相続人:父A 相続人:配偶者B(遺留分あり)、長男C(遺留分あり)、弟D(兄弟姉妹、遺留分なし) 遺言書:「全財産を弟Dに遺贈する」

この場合、弟Dは遺贈によりすべての財産を取得しますが、遺留分を持つ配偶者Bと長男Cの権利を侵害しています。

配偶者Bと長男Cは、弟Dに対して遺留分侵害額請求を行うことができます。弟Dは、請求された額(金銭)を支払わなければなりません。

兄弟姉妹(請求される側)が取るべき対応

請求内容の確認

遺留分侵害額請求は、内容証明郵便などで突然送られてくることが多いです。

まずは、請求の時効が成立していないか(相続開始と遺留分を侵害する贈与・遺贈を知ってから1年)、そして請求額の計算が正しいかを確認すべきです。

交渉による解決

遺留分侵害額は金銭で支払うのが原則です。請求額が高額で手元に現金がない場合でも、不動産を売却して支払うなど、柔軟な方法を交渉で検討する必要があります。

兄弟姉妹が「遺留分を請求する側」になる場合(代襲相続)

兄弟姉妹が「遺留分を持つ相続人」の立場に変わる特殊なケースがあります。それが、代襲相続の場合です。

「代襲相続」は、本来の相続人(子や兄弟姉妹など)が、被相続人より先に亡くなっている場合などに、その子の立場を代わって(代襲して)相続する制度です。

ただし、遺留分について「代襲」が認められるのは、本来遺留分を持つ相続人(子や孫)の場合に限られます。

・子の代襲相続
→子が先に死亡している場合、孫が代襲相続人となり、孫にも遺留分があります。

・兄弟姉妹の代襲相続
→兄弟姉妹が先に死亡している場合、甥・姪が代襲相続人となり、甥・姪には遺留分はありません。

したがって、兄弟姉妹の立場から遺留分を請求する側になることはありません。

しかし、甥・姪の立場として(本来の相続人である子が先に死亡し、その子が兄弟姉妹の子であった場合など)、遺留分を持つ子の立場で請求することはあり得ます。

この場合、甥・姪は遺留分を持つ相続人(子)の地位を引き継いで請求することになります。

遺留分トラブルを避けるための生前対策と事後対応

兄弟姉妹が当事者になるかどうかに関わらず、遺留分に関するトラブルは、家族・親族間の関係を修復不可能なまでに悪化させることがあります。

請求する側(遺留分権利者)の立場で考える対策

遺留分を請求する権利を持つ配偶者や子(または孫)が、兄弟姉妹への遺贈によって遺留分を侵害された場合、迅速な対応が必要です。

時効の管理

遺留分侵害額請求権には、「相続の開始と、遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年」という非常に短い時効があります。

この1年を過ぎると、原則として請求権は消滅します。

この期間内に、内容証明郵便などで請求の意思表示を行うことが必須です。

正確な遺留分額の算定

遺留分を算定する基礎となる財産には、過去の生前贈与も組み込まれることがあり、その評価は複雑です。

遺産の範囲(生前贈与の有無、特別受益の有無など)を正確に把握し、法的に正しい請求額を計算する必要があります。

裁判外での交渉

いきなり裁判を起こすのではなく、まずは弁護士を代理人として、兄弟姉妹などの相手方との間で交渉を進めるのが一般的です。

円滑な交渉には、専門知識と感情的にならない第三者の介入が有効です。

請求される側(受贈者・受遺者)の立場で考える対策

兄弟姉妹が遺贈などにより多額の財産を取得し、他の相続人から遺留分侵害額請求をされる可能性がある場合、対応を誤ると大きな損失を被る可能性があります。

遺留分額の再計算

請求された額が法的に正しいとは限りません。特に財産評価や生前贈与の扱いについて、独自の計算で不当に高額な請求をしているケースがあります。

弁護士などに相談の上、適正な遺留分侵害額を再計算することも重要です。

支払方法の交渉

遺留分侵害額請求は金銭で支払うのが原則ですが、すぐに現金を用意できない場合、不動産で代償することや、分割払いを認めてもらうよう交渉することが考えられます。

まとめ

「兄弟姉妹と遺留分」の関係は、「兄弟姉妹には遺留分がない」というシンプルなルールにもかかわらず、配偶者や子との関係、複雑な代襲相続、そして遺言書の存在によって、非常に複雑なトラブルに発展しやすいテーマです。

遺留分がない兄弟姉妹は、遺言書一つで法定相続分すら失う可能性があり、その場合は遺言無効を主張するなど、高度な法的対応が求められます。

遺留分を持つ相続人は、兄弟姉妹が多額の財産を相続した場合、迅速かつ正確に遺留分侵害額を算定し、時効に注意しながら請求を進める必要があります。

相続は、法的な知識だけでなく、親族間の感情的な対立が絡むデリケートな問題です。

特に遺留分が絡む紛争や、兄弟姉妹が当事者となる複雑な事案では、親族間の対応がその後の結果に影響を及ぼしかねません。

兄弟姉妹が関わる相続問題でお悩みの方は、ぜひ一度、お気軽にご相談ください。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 遠藤 吏恭

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