
食品加工工場や製造業の現場は、私たちの食生活を支える重要な場所です。しかしその裏側で、ミンチ機やスライサー、コンベヤーといった動力機械による労働災害は後を絶ちません。
このコラムを読んでくださっているあなたは、もしかしたらご自身が、あるいは大切なご家族が、予期せぬ機械事故に遭われ、心身ともに大変な思いをされているかもしれません。
「労災保険があるから治療費や休業中の生活は大丈夫」
そう思われているかもしれませんが、残念ながら労災保険の補償は万能ではなく、あなたが受けたすべての損害を埋め合わせるものではないという厳しい現実があります。
この記事では、食品加工機械による労災事故に遭われた方が、泣き寝入りすることなく、ご自身の正当な権利を守るために知っておくべき補償と、会社に対する損害賠償請求の重要性について、弁護士が専門家の視点から解説します。
一般動力機械による労災事故の実態と特徴

対象となる食品加工機械
「一般動力機械」とは、モーターなどの動力で動く機械全般を指します。食品加工の現場では、主に以下のような機械が労災事故の原因となります。食品を製造・加工する工場では、生産効率を上げるために不可欠な設備ですが、同時に高い危険性を伴います。
- 食肉・水産加工機械:ミンチ機、スライサー、ミキサー、チョッパー
- 製パン・製菓機械:ミキサー、ニーダー、成型機、包装機
- 搬送機械:ベルトコンベヤー、チェーンコンベヤー、リフト
【食品加工機械】で多発する事故類型
食品加工機械の稼働中やメンテナンス中には、特に以下のような事故が多発する傾向にあります。
- 巻き込まれ・挟まれ事故
最も多い事故類型の一つです。作業着の袖や手袋、あるいは手指そのものが、機械の回転部分(ローラーやギア、チェーンなど)に引き込まれてしまう事故です。ベルトコンベヤーのローラーとベルトの間に挟まれるケースも頻発しています。 - 切断・裂傷事故
スライサーやカッターなどの刃物が露出している部分に、誤って身体が接触してしまう事故です。特に指や手を切断・裂傷するケースが多く、重篤な後遺障害を残す可能性が極めて高いのが特徴です。 - 挟まれ・押し潰され事故
プレス機や成型機のように、強い力で圧力をかける機械の可動部に、身体の一部を挟まれてしまう事故です。骨折はもちろん、圧挫症候群(クラッシュ症候群)といった生命に関わる重篤な状態に陥ることもあります。
これらの事故は、治療が長期化するだけでなく、指の欠損や関節の可動域制限といった深刻な後遺障害を残す可能性が非常に高いという特徴があります。
【食品加工機械】で発生する労働災害の現状

食品加工機械による労働災害は、単なる切り傷や打撲では済まないケースが非常に多いのが現状です。高速で強力な動力を持つ機械との接触は、指の切断(欠損)、関節機能の喪失、神経損傷による麻痺や痛みなど、被害者の労働能力だけでなく、日常生活にさえ深刻かつ永続的な影響を与える後遺障害を残す可能性が高いという特徴があります。
そのため、被災された方は、治療後の生活を見据え、労災保険の給付だけでなく、会社に対する損害賠償まで含めた、正当かつ十分な補償を受けることが重要になります。
指の切断や腕の骨折といったケガが起こるケース
例えば、以下のような状況で重篤なケガが発生します。
- ミンチ機での指切断: 食材を投入する際、安全装置である押し込み棒を使わず、素手で食材を押し込もうとして指を巻き込まれ、切断してしまう。
- コンベヤーでの腕の骨折: 稼働中のコンベヤーに詰まった製品を取り除こうとした際、回転するローラーに腕が巻き込まれ、骨折してしまう。
- ミキサーでの手の圧挫: 材料を混ぜる大型ミキサーの清掃中、他の作業員が誤ってスイッチを入れてしまい、回転する羽に手を挟まれ、複雑骨折や圧挫損傷を負う。
これらのケースの多くは、安全装置の不備や、危険な作業手順の黙認、作業員同士の連携不足といった、会社側の安全管理体制の問題が背景にあることが多いです。
労災保険の給付内容について

業務中の事故であれば、労災保険から以下の給付が受けられます。
- 療養(補償)給付: 治療費、入院費、手術代など。原則自己負担はありません。
- 休業(補償)給付: 療養のため働けない期間の4日目から、休業1日につき給付基礎日額(事故前3ヶ月の平均賃金)の80%が支給されます(特別給付含む)。
- 障害(補償)給付: 治療を続けても症状が改善しなくなった状態(症状固定)で、後遺障害が残った場合に、その等級(第1級~第14級)に応じて年金または一時金が支給されます。
- 遺族(補償)給付・葬祭料: 労働者が死亡した場合に、遺族の生活保障のための年金や一時金、葬儀費用が支給されます。
- 介護(補償)給付: 障害等級第1級または第2級の重い障害が残り、介護が必要な場合に支給されます。
【重要】しかし、労災保険では「慰謝料」は支払われません
ご覧の通り、労災保険は治療費や収入の補填が中心です。事故によって被った精神的苦痛に対する「慰謝料」や、後遺障害によって苦痛を受けた「後遺障害慰謝料」及び生涯にわたり失われた収入=逸失利益は、労災保険の給付対象外です。この不足分を補うために、次の「会社への損害賠償請求」が極めて重要になります。
※逸失利益は一部支給
会社への損害賠償請求について

労災保険とは別に、事故の原因が会社側にある場合、民法上の不法行為(709条)または労働契約法上の安全配慮義務違反(5条)を根拠に、会社に対して損害賠償を請求することができます。
(1)なぜ会社に請求できるのか?-事業者の「安全配慮義務」
事業者は、労働者が安全で健康に働けるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負っています。これは法律で定められた絶対的な義務です。食品加工機械による事故において、会社が以下のような安全対策を怠っていた場合、義務違反に問われる可能性が高くなります。
- 安全装置の無効化や不備を放置していた
- 本来あるべき安全カバーやガードが破損・取り外されたまま作業させていた。
- 生産効率を優先し、センサーやインターロック(機械の危険箇所に身体が近づくと自動停止する装置)を意図的に解除・無効化していた。
- 危険な作業手順を指示・黙認していた
- 機械の清掃や、食材の詰まりを取り除く際に、電源を切らずに作業するよう指示・黙認していた。
- 本来使用すべき安全な道具(押し込み棒など)を使わず、素手で作業することを許していた。
- 機械のメンテナンスを怠っていた
- 刃こぼれや部品の摩耗、動作不良などを知りながら、修理や交換をせずに機械を使い続けさせていた。
- 法律で義務付けられている定期的な自主検査を実施していなかった。
- 安全教育や訓練が不十分だった
- 十分な訓練を受けていない新人や未熟練者に、危険な機械の操作を一人でさせていた。
- 危険予知(KY)活動が形骸化し、危険な作業に対する注意喚起がなされていなかった。
- 安全な作業環境が確保されていなかった
- 床が水や油で濡れて滑りやすい状態を放置しており、転倒して機械に接触するリスクがあった。
- 作業スペースが狭く、機械との安全な距離を保てない環境で作業させていた。
これらの事実が認められれば、会社に過失や安全配慮義務違反があるといえる可能性があります。
実例として、ごはんを混ぜる機械の掃除を、電源をつけたままさせており、手が巻き込まれたという事件について、会社の安全配慮義務違反を追及して裁判で和解した事例が、最近もありました。
(2)何を請求できるのか?-労災保険では足りない補償
会社に対しては、主に以下の損害について賠償を求めることができます。
損害項目 | 内容 | 労災保険との関係 |
傷害慰謝料 | 入通院によって受けた精神的苦痛に対する賠償 | 労災では支払われない |
後遺障害慰謝料 | 後遺障害が残ったことによる精神的苦痛に対する賠償 | 労災では支払われない |
逸失利益 | 後遺障害により将来得られなくなった収入の補償 | 労災給付で不足する部分を請求 |
休業損害 | 休業期間中の収入減(労災の8割給付との差額2割+α) | 労災給付で不足する部分を請求 |
将来介護費等 | 重い後遺障害で将来必要となる介護費用や住宅改修費 | 労災給付で不足する部分を請求 |
弁護士費用 | 賠償請求のために要した弁護士費用の一部 | 労災では支払われない |
労災保険からの給付と会社からの賠償金を合わせて受け取ることで、初めて事故によって生じた損害の全体が補填されるのです。
慰謝料について
慰謝料には、主に2つの種類があります。
- 入通院慰謝料(傷害慰謝料)
事故日から症状固定日までの間、入院や通院を余儀なくされたことによる精神的苦痛に対する補償です。入院期間や通院期間が長くなるほど、金額は高くなります。 - 後遺障害慰謝料
症状固定後も、体に痛みや機能障害などの後遺障害が残ってしまったことによる、将来にわたる精神的苦痛に対する補償です。後遺障害の等級に応じて、金額の相場が決まっています。
具体的な後遺障害慰謝料の金額は、以下の表のとおりです。
等級 | 後遺障害慰謝料の金額 |
---|---|
1級 | 2800万円 |
2級 | 2370万円 |
3級 | 1990万円 |
4級 | 1670万円 |
5級 | 1400万円 |
6級 | 1180万円 |
7級 | 1000万円 |
8級 | 830万円 |
9級 | 690万円 |
10級 | 550万円 |
11級 | 420万円 |
12級 | 290万円 |
13級 | 180万円 |
14級 | 110万円 |
逸失利益について
後遺障害によって労働能力が低下し、将来にわたって得られたはずの収入が減少してしまうことに対する補償です。後遺障害の等級、事故前の収入、年齢などによって計算され、賠償項目の中で最も高額になる可能性があります。
【逸失利益の計算シミュレーション】
- 前提条件:
- 事故時年齢:45歳
- 事故前の年収:500万円
- 後遺障害等級:第9級(労働能力喪失率 35%)
- 計算式:
年収500万円 × 労働能力喪失率35% × 労働能力喪失期間(67歳までの22年)に対応するライプニッツ係数14.029 - 逸失利益:約2,455万円
このケースでは、逸失利益(約2,455万円)と後遺障害慰謝料(690万円)だけでも、合計3,000万円を超える請求が可能になります。労災保険からは、9級の場合、一時金として給付基礎日額の391日分(年収500万円なら約535万円)しか支給されません。その差がいかに大きいか、お分かりいただけると思います。
解決事例:適正な後遺障害等級を獲得し、賠償金約1200万円を獲得

【ご相談者】30代男性・食品工場
【事故内容】食肉加工用の大型ミンチ機の清掃作業中、他の作業員が誤って機械のスイッチを入れてしまい、右手に巻き込まれる。右手の親指を失い、人差し指にも重度の機能障害を負う。
【ご相談の経緯】治療後も右手はほとんど動かせなくなり、利き手だったため日常生活にも大きな支障が生じた。労災の後遺障害等級認定を申請し、示談交渉するも、会社側は「清掃手順のルール違反があった」「本人の確認不足」などと主張し、損害賠償の交渉に一切応じようとしなかったため、当事務所にご相談に来られました。
【弁護士の対応と結果】

当事務所は、まず主治医と面談し、後遺障害診断書の作成をサポート。指の欠損と機能障害の状態を正確に記載してもらうことで、後遺障害等級8級という適正な等級認定を獲得しました。
並行して、会社側の主張に対し、「清掃作業中の電源ロックアウト(施錠管理)が徹底されていなかった」「複数人作業時の合図や連携に関する安全教育が不十分だった」という点を、過去の判例や労働安全衛生規則に基づき具体的に指摘。会社の明白な安全配慮義務違反を主張し、粘り強く交渉を行いました。
その結果、当初は責任を否定していた会社側も非を認め、後遺障害慰謝料や、将来にわたる減収分である逸失利益などを含め、最終的に約1,200万円の損害賠償金を獲得することができました(労働者の過失もある程度認めました)。ご依頼者は、「専門家に任せていなければ、ここまで正当な補償は受けられなかった」と安堵されていました。
弁護士に相談・依頼するメリット

労災に遭ってしまった場合なぜ弁護士が必要なのでしょうか。それは、上でご説明したように、慰謝料は労災からは支給されませんし、後遺障害を負った場合の逸失利益の補償も不十分であるからです。
また、労災が認められたとしても、されに請求をするためには、自分が所属する会社を相手に損害賠償請求を行う必要があります。
ただ、この損害賠償請求は、会社に過失(安全配慮義務違反)がなければ認められません。
会社に過失が認められるかどうかは、労災発生時の状況や会社の指導体制などの多くの要素を考慮して判断する必要がありますので、一般の方にとっては難しいことが現実です。
弁護士にご相談いただければ、過失の見込みについてもある程度の判断はできますし、ご依頼いただければそれなりの金額の支払いを受けることもできます。
また、一般的に、後遺障害は認定されにくいものですが、弁護士にご依頼いただければ、後遺障害認定に向けたアドバイス(通院の仕方や後遺障害診断書の作り方など)を差し上げることもできます。
そのため、労災でお悩みの方は、まずは弁護士にご相談いただくことをおすすめいたします。労働災害については、そもそも労災の申請を漏れなく行うことや、場合によっては会社と裁判をする必要もあります。
労災にあってしまった場合、きちんともれなく対応を行うことで初めて適切な補償を受けることができますので、ぜひ一度弁護士にご相談いただけますと幸いです。
労災関連のご質問・ご相談

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。労災分野では労災事故と後遺障害に集中特化した弁護士チームが、ご相談から解決まで一貫してサポートいたします。
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