
交通事故に遭ってしまった時、まず頭に浮かぶのは「怪我はないか」「車は大丈夫か」といったことだと思います。
しかし、事故後の手続きを進める上で重要になるのが、その事故が「物損事故」なのか「人身事故」なのか、という区別です。
本コラムでは、物損事故と人身事故のそれぞれの定義から、事故状況に応じた対応の違い、「物損から人身への切り替え」の重要性とその手続きまで、解説します。
交通事故の基本的な区分:「物損事故」と「人身事故」

交通事故は、その結果によって大きく二つの種類に分けられます。それが「物損事故」と「人身事故」です。
物損事故とは?
車両の損害: 自動車やバイク、自転車などが破損した場合。バンパーが凹んだ、ドアが歪んだ、ヘッドライトが割れたなど、外見上の損傷だけでなく、内部の部品が破損した場合も含まれます。 財物の損害: 建物(家屋の壁、フェンスなど)、電柱、ガードレール、店舗の商品、積載物(車の積んでいた荷物、スマートフォンなど)といった、車両以外の物が破損した場合。 動物の損害: 飼い犬や飼い猫などのペットが事故で怪我をしたり亡くなったりした場合も、法律上は「物」として扱われ、物損事故として処理されます。 |
物損事故とは、交通事故によって人には怪我がなく、物のみに損害が発生した事故を指します。具体的には、以下のようなケースが該当します。
物損事故の場合、加害者側は基本的に、被害者が被った物の損害に対する賠償責任を負います。主な賠償の対象は、修理費用、買い替え費用、代車費用、評価損(いわゆる「格落ち」)、休車損害などです。
人身事故とは?
一方、人身事故とは、交通事故によって人が死傷した事故を指します。
被害者だけでなく、加害者や同乗者など、事故に関わったいずれかの人が怪我をしたり、最悪の場合死亡してしまったりした場合に、人身事故として扱われます。
人身事故の場合、物損の賠償に加えて、負傷した人に対する賠償責任が発生します。主な賠償の対象は以下の通り、多岐にわたります。
治療費: 病院での診察、検査、手術、投薬、リハビリなど、怪我の治療にかかる費用全般。 交通費: 病院への通院にかかる交通費(公共交通機関の利用、タクシー代、自家用車のガソリン代・駐車場代など)。 休業損害: 事故による怪我で仕事ができなくなり、収入が減少した場合の損害。 入通院慰謝料: 怪我の治療のために病院に入院したり通院したりしたことに対する精神的苦痛への賠償。 後遺障害慰謝料: 治療を続けても症状が改善せず、将来にわたって後遺症が残ってしまった場合の精神的苦痛への賠償。 逸失利益: 後遺障害によって労働能力が低下し、将来得られるはずだった収入が減少した場合の損害。 付添看護費: 入院中や自宅療養中に、家族などが付添看護を行った場合の費用。 |
事故現場での初期対応と警察への届け出

交通事故が発生した際、まず行うべきことは、その事故が物損なのか人身なのかに関わらず共通です。
共通の初期対応
負傷者の救護
最優先事項です。怪我人がいれば、救急車を呼び、安全な場所に移動させるなど、応急処置を行います。
二次被害の防止
路上に危険物があれば除去し、三角表示板や発炎筒を置いて後続車に事故を知らせます。
警察への連絡
どんなに小さな事故でも、必ず警察(110番)に連絡し、現場検証をしてもらいます。警察への届出は法律上の義務です。
警察に届け出ないと、交通事故証明書が発行されません。これは保険会社に保険金を請求する際に必須となる書類です。
相手方の確認
相手の氏名、住所、連絡先、車のナンバー、加入している保険会社名と連絡先を交換します。
現場の記録
スマートフォンなどで、事故現場全体の写真、車両の損傷箇所、道路の状況(路面標示、信号、障害物など)、相手の車のナンバーなどを様々な角度から撮影しておきます。
ドライブレコーダーの映像があれば、忘れずに保存しましょう。また、目撃者がいれば、氏名と連絡先を聞いておくと良いかと思います。
その場での示談はしない
警察や保険会社が到着する前に、当事者間で「これくらいでいいや」「お金は払うから」などと安易に示談することは絶対に避けてください。
後から症状が出たり、損害が判明したりした場合にトラブルの元になります。
警察による事故の区分

警察は現場検証を行い、事故の状況を確認します。その際、目視で怪我人がいないと判断すれば、一旦は「物損事故(物件事故)」として処理されることがほとんどです。
このとき、たとえ「少し首が痛い気がする」「腰に違和感がある」と感じても、その場で警察に「怪我はない」と伝えてしまうと、物損事故として処理されます。
後から痛みが出てきた場合、確かに人身事故への切り替えは可能ですが、少しでも身体に異常を感じたら、正直に警察に伝えることが重要です。
「物損事故」として処理された場合の注意点

警察が「物損事故」として処理した場合、その後の手続きや保険の適用範囲が人身事故とは大きく異なります。
後遺障害の認定の際の手続
人身事故の場合にのみ、治療終了後も残ってしまった後遺症について「後遺障害」の認定を受けることができます。この認定が受けられると、後遺障害慰謝料や逸失利益といった、より高額な賠償を受けることが可能になります。
しかし、物損事故のままだと、人身事故に切り替えていないことについて理由を聞かれ、それを提出する必要が出てきます。
こうした無用の手続きを省くためにも、事故当初から人身事故扱いにしておく、もしくは、早期に人身事故に切り替えておくことが重要です。
事故証明書が「物件事故」となる
警察が発行する交通事故証明書には、「物件事故」または「人身事故」の区分が記載されます。物損事故として処理されれば「物件事故」と記載されます。
「物損から人身への切り替え」の重要性と手続

事故直後は興奮しているため、痛みを感じにくいことがあります。「大丈夫だ」と思って物損事故として処理してしまったけれど、後から痛みが出てきた、というケースは非常に多いです。
このような場合に備え、物損から人身への切り替えを行うべきです。
切り替えの手続きと注意点
物損事故として処理されたものを人身事故に切り替えるには、いくつかのステップと注意点があります。
ステップ1:病院を受診する
まずは整形外科などの病院を受診する必要があります。
身体に少しでも痛みや違和感があれば、迷わず病院を受診してください。
可能であれば、事故からできるだけ早く、遅くとも数日以内に受診することが重要です。時間が経つほど、事故との因果関係が疑われやすくなります。
病院を受診した際には、医師に事故で怪我をしたことを伝えるべきです。
診察時、必ず「交通事故に遭ったこと」「いつ、どのように事故に遭い、どこを痛めているのか」を明確に伝えてください。
病院の先生に事故による怪我であることを伝え、診断書を作成してもらいます。
医師に「交通事故による怪我である」旨が明記された診断書を作成してもらうことは非常に重要です。
これが人身事故への切り替えに最も重要な書類となります。
ステップ2:警察に連絡する
事故を届け出た警察署に連絡し、「人身事故に切り替えたい」旨を伝えます。その際、お医者さんに作成してもらった診断書がある旨を伝えてください。
警察は診断書を確認し、人身事故として処理するために、改めて現場での実況見分を行うことがあります。その際は、事故状況を正確に警察に伝える必要があります。加害者側も立ち会うことになります。
この実況見分調書は、裁判での証拠ともなることから慎重に対応をする必要があります。
ステップ3:保険会社に連絡する
警察に連絡が済んだのち、ご自身がご加入している保険会社と相手方の保険会社さんに人身事故に切り替えたい旨を伝え、診断書を提出します。
注意点
物損から人身への切り替えは、長期間経過すると事故と怪我との因果関係が不明瞭となり、警察としても切り替えに応じてくれない場合があります。
そのため、痛みを感じたらすぐに病院に行き、警察に相談することが何よりも大切です。
弁護士に相談するメリット

物損事故と人身事故、どちらのケースであっても、交通事故の解決は専門的な知識と経験を要します。
特に、保険会社との交渉は、保険会社のペースで進められてしまうことがあるため、弁護士を介入させることが重要です。
弁護士に相談することで、以下のようなメリットが期待できます。
適正な賠償金・慰謝料の獲得
保険会社が提示する賠償額は、あくまで保険会社独自の基準(任意保険基準)に基づいています。
弁護士が介入することで、過去の裁判例に基づいたより適切な裁判基準で交渉するため、賠償額を増額できる可能性があります。
特に、物損事故の評価損や、人身事故の慰謝料・後遺障害慰謝料については、その差が顕著です。
煩雑な手続きからの解放

保険会社とのやり取り、必要書類の作成・提出、示談交渉など、事故解決には多岐にわたる煩雑な手続きが伴います。
これら全てを弁護士に任せることで、あなたは治療や日常生活に専念でき、精神的な負担を大きく軽減できます。
過失割合の適正化
警察や保険会社が提示する過失割合が、必ずしも正しいとは限りません。
弁護士が介入した場合、事故状況を詳細に分析し、過去の判例や客観的な証拠に基づいて、の過失割合を適正化するための交渉を行います。過失割合は賠償額に直結するため、非常に重要です。
後遺障害等級認定のサポート
人身事故において、後遺障害が残ってしまった場合、適切な後遺障害等級認定を受けることが、正当な賠償金を得る上で非常に重要です。
必要な診断書の作成指示や、異議申立て手続きなど、専門的なサポートを提供します。
弁護士費用特約の活用

多くの自動車保険には「弁護士費用特約」が付帯しています。この特約を利用すれば、ほとんどの場合、自己負担なしで弁護士に依頼することができます。
弁護士費用特約を利用しても保険料にえいきょうがないことがほとんどですので、どんなに些細な事故であっても弁護士を介入させるべきです。
ご自身の保険に特約が付いているか、ぜひ確認してみてください。
まとめ

交通事故に遭ってしまった時、それが「物損事故」なのか「人身事故」なのかを正しく理解し、それぞれに応じた適切な対応を取ることが非常に重要です。
特に、身体に少しでも違和感がある場合は、「物損事故」として処理された後でも、速やかに病院を受診し、「人身事故」への切り替えを検討してください。
もし、「どちらの事故か判断に迷う」「後から痛みが出てきた」「保険会社との交渉がうまくいかない」といったお悩みがあれば、一人で抱え込まず、交通事故問題に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。
交通事故は突然起こり、私たちを混乱させます。しかし、正しい知識と専門家のサポートがあれば、その後の対応をスムーズに進め、あなたの権利を守ることができます。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。