
現在「固定残業代」制度を企業は広く導入しています。もっとも、「固定残業代」制度は、一定の要件のもと認められるものです。本コラムは、適法な「固定残業代」の要件及び「固定残業代」が違法となるケースを解説し、「固定残業代」に関する裁判例を紹介します。
「固定残業代」とは

「固定残業代」制度とは、あらかじめ一定時間分の残業代を基本給とは別に、または基本給に含めて支払う制度です。一般にみなし残業とも呼ばれています。
労働者にとっての「固定残業代」のメリット
- 残業の有無にかかわらず毎月一定の残業代の支払が約束されるので、毎月の収入がより安定する
- 事前に残業代が組み込まれているため、残業代が未払いとなるリスクが一般的には少ない
労働者にとっての「固定残業代」のデメリット
- 実際の残業が固定時間を超えても支給されないというリスクがある
企業に「固定残業代」制度を悪用されてしまうと、支払われるはずだった残業代が支払われないといった多大な不利益が労働者に生じる可能性があります。
「固定残業代」の要件

「固定残業代」制度が適法と認められるためには、以下の2つの要件を満たす必要があります。
判別可能性
企業は、通常の労働時間の賃金と割増賃金(固定残業代)相当部分とを判別できるようにする必要があります。
「固定残業代」を基本給に含める支払方法では、基本給の中に割増賃金部分が通常の労働賃金部分に判別不可能な形で組み込まれている場合、判別可能性が認められず、「固定残業代」制度は違法と判断されます。
「固定残業代」を基本給とは別に支払う支払方法では、割増賃金の支払とされている部分に実質的に通常の労働時間の賃金部分が判別できない形で組み込まれている場合、判別可能性が認められず、「固定残業代」制度は違法と判断されます。
対価性
企業は、割増賃金(固定残業代)の支払いが、時間外労働等に対する対価として支払われるものと認められる必要があります。
対価性について、判例は、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべき」としています(日本ケミカル事件(最判平成30年7月19日))
「固定残業代」が違法となる可能性の高いケース

雇用契約書や就業規則に「固定残業代」について記載がない場合
「固定残業代」制度を導入するためには、労働者との間で「固定残業代」制度についてあらかじめ合意する必要があります。そのため、雇用契約書や就業規則に「固定残業代」制度についての記載がないと、違法と判断される可能性は高くなります。
既定された固定残業時間を超えて働いた分の残業代が支払われていない場合
労働基準法では、労働者が法定労働時間を超えて時間外労働した場合、使用者は割増賃金(残業代)を支払う必要があることを規定しています(労働基準法37条1項)。
そして、「固定残業代」制度とは、実際の残業時間に関わらず規定の固定残業時間分について、残業代を支払うものです。
そのため実際の残業時間が規定の固定残業時間を超えていた場合、固定残業時間を超えて働いた部分には別途残業代を支払う必要があります。
それにもかかわらず、固定残業代とは別に残業代が支払われていないのであれば違法です。
基本給が最低賃金を下回っている場合
使用者は、労働者に対し、最低賃金以上の賃金を支払わなければなりません(最低賃金法4条1項)。
賃金が最低賃金額に満たない内容の労働契約は無効であり、この場合使用者は労働者に賃金を最低賃金額支払う必要があります(最低賃金法4条2項)。
そして、ここでいう賃金に、残業代は含まないため(最低賃金法4条3項1号、最低賃金法施行規則1条2項1号)、残業代を含まず基本給のみで最低賃金額を超える必要があります。
つまり、「固定残業代」制度を採用する場合、「固定残業代」を除いた基本給が最低賃金額に達していなければ、違法となります。
裁判例

ジャパンテック事件(最判平成24年3月8日)
・事案の概要
原告が、人材派遣会社である被告に対し、時間外労働に対する賃金の支払い等を求めた事案。原告と被告の雇用契約の内容は、基本給を月額41万円と定めたうえで、月間総労働時間が180時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払い,140時間未満の場合に1時間当たり一定額を減額する旨の約定のあるものであった。
・裁判所の判断
本件雇用契約の約定によれば,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働がされても、基本給自体の金額が増額されることはないこと。
約定では月額41万円の全体が基本給とされており,その一部が区別され割増賃金部分とされていたなどの事情はないことに加え割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間は,月ごとに相当大きく変動し得るものである。したがって月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこと。
以上から,原告が時間外労働をした場合に、月額41万円の基本給の支払を受けたとしても、その支払によって、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労働基準法37条1項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできないと判断した。
日本ケミカル事件(最判平成30年7月19日)
・事案の概要
薬剤師として勤務していた原告が残業代を請求した事案。
給与について、基本給46万1500円、業務手当10万1000円とされていた。
雇用契約書に「月額給与56万2500円(業務手当含む)」との記載があった。
採用条件確認書に「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合にはこの限りでない」との記載があった。
賃金規程「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりに支給する」との記載があった。
・裁判所の判断
対価性について、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべき」
本件では、雇用契約書、採用条件確認書及び賃金規程に、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されている。
実際に原告に支払われた業務手当の額が、実際の原告の業務時間外の労働状況と大きく乖離するものではなかった。
以上の事情から、業務手当は時間外労働の対価であると判断した。
まとめ

有効な「固定残業代」制度は、判別可能性及び対価性を備えている必要があります。支払われている固定残業代に少しでも疑問を持った場合、弁護士に相談してみましょう。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 椎名 慧
令和2年3月 千葉大学法政経学部法政経学科 卒業
令和4年3月 東京都立大学法科大学院 修了
令和7年4月 弁護士登録