集荷量の増加や人手不足により長時間トラックを運転しているが、会社から残業代が支払われていないというお悩みを抱えるドライバーの方は多く存在します。
会社は様々な言い分を用いて残業代が発生しないことを説明してきますが、会社側の言い分は法的に正しくないことが大半です。
今回は運送業における残業代の考え方について解説をしていきます。

残業代の基本的な整理

残業代とは何か

残業代は文字どおり残業を行った場合の対価であり、残業は法内残業と法外残業に分けられます。

労働基準法は1日8時間・週40時間の労働時間に関するルールを定めていますが、それを超える残業を法外残業といい、所定労働時間は超えるが労働基準法のルールを超えない残業を法内残業といいます。

法内残業には割増賃金が発生せず通常の賃金の支払いで足りますが、法外残業には割増賃金が発生し通常の賃金に割増率を乗じた賃金の支払いが必要となります。

法外残業は労働基準法において時間外労働と記載されており、残業という言葉は、割増賃金が発生する法外残業=労働基準法における時間外労働を意味する言葉として使われることが多くなっています。

残業代はどのように計算されるか

計算方法

残業を割増賃金の発生する時間外労働とした場合、残業代は時間外労働時間×時間単価×割増率という計算式で計算されます。

時間外労働時間は、タイムカードやタコグラフ、業務日報等で把握される総労働時間から法内労働時間(1日8時間・週40時間)を控除した労働時間です。

時間単価は、固定給の場合、固定給を所定労働時間(労働契約書や就業規則で定められた1日の労働時間)で割った数字、歩合給の場合、歩合給を月の総労働時間で割った数字です。

なお、固定給について、給与の費目が複数の費目に分かれている場合には時間単価を計算する上で控除すべき費目もあります(例えば、適正に運用されている家族手当、住宅手当、通勤手当等)。

割増率は、通常の時間外労働については1.25、深夜労働については1.25、休日労働については1.35です。
時間外労働かつ深夜労働など要素が重なる場合には割増率を加算します。
なお、歩合給の場合、通常の賃金部分(1.00の部分)は歩合給として支給済みであるという理由から割増率を0.25等として計算します。

固定給と歩合給が組み合わさっている給与体系の場合は固定給部分と歩合給部分とを分けて計算することになります。

具体例

月の所定労働時間180時間、総労働時間250時間、時間外労働時間50時間、時間外労働かつ深夜労働時間20時間という例を想定し、以下の各給与形態の場合の残業代を計算してみます。

固定給40万円の場合

固定給40万円÷月の所定労働時間180時間≒時間単価2222円
通常の時間外労働に対する割増賃金 50時間×時間単価2222円×割増率1.25=13万8875円
時間外労働かつ深夜労働時間に対する割増賃金 20時間×時間単価2222円×割増率1.5=6万6660円
月の割増賃金合計20万5535円

固定給20万円+歩合給20万円の場合

固定給部分
固定給20万円÷月の所定労働時間180時間≒1111円
通常の時間外労働に対する割増賃金 50時間×時間単価1111円×割増率1.25≒6万9437円
時間外労働かつ深夜労働時間に対する割増賃金 20時間×時間単価1111円×割増率1.5=3万3330円
歩合給部分
歩合給20万円÷月の総労働時間250時間=800円
通常の時間外労働に対する割増賃金 50時間×時間単価800円×割増率0.25=1万円
時間外労働かつ深夜労働時間に対する割増賃金 20時間×時間単価800円×割増率0.5=8000円
月の割増賃金合計12万767円

総支給額が同額の場合、給与に歩合給が含まれている方が月の残業代が少なく計算されることになります。
なお、上記は残業代計算のために非常に単純化した数字を用いていますが、実際に支給されている給与費目によっては時間単価等が異なることになりますので、その点には注意が必要です。

残業代不払いに関する使用者側の理論

従業員が実際には残業代が発生するような働き方をしていても、使用者はあの手この手で残業代の支払いをしないことを正当化しようとしてきます。

典型的な使用者の言い分

運送業において、使用者が従業員に対する残業代支払いを免れようとする際に用いる言い分の典型例は以下のようなものがあります。
「荷待時間や待機時間は休憩時間だから残業代は出ない」
「配送先までのルートや時間配分は自由にさせているから残業代は出ない」
「配送量に応じた歩合をつけているから残業代は出ない」
「固定残業代を採用しているから残業代は出ない」

それぞれの言い分の検討

使用者のそれぞれの言い分が法的に妥当なものか確認していきます。

「荷待時間や待機時間は休憩時間だから残業代は出ない」

残業代を計算する場合の労働時間には休憩時間を含みませんので、荷待等の時間が休憩時間に該当するのであれば使用者の言い分は正しいということになります。
休憩時間とは労働から解放されている時間を指しますが、荷待等の時間は労働から解放されているといえるでしょうか。

結論として、荷待等時間は労働時間に該当する可能性があります。

現場に着いたがトラックが順番待ちとなっている、荷物がまだ到着していない等の場合には待機時間が生じますが、順番が来れば、また、荷物が到着すれば、すぐにトラックを移動し積み込み作業に移る必要がありますので、待機時間は全体として労働から解放されている時間とはいえません。

荷物の到着時間が確定的であり、そこまでに数時間あるというような場合、その間の待機時間は休憩時間と判断されることもありますが、使用者の言い分がすべてのケースで正しいというわけではありません。

「配送先までのルートや時間配分は自由にさせているから残業代は出ない」

これは、配送時間までに間に合えばあとは裁量でやってもらって構わない、使用者として残業を命じているわけではないから結果的に残業となったとしても残業代は支払わないという言い分ですが、正しいでしょうか。

結論として、実質的には使用者の指示のもと残業が発生したとされる可能性があります。

前提として、使用者には従業員の労働時間を管理する義務がありますが、裁量に委ねるという姿勢はその義務を放棄していると評価されてもやむを得ません。

配送時間に間に合えばという点に関して、最短ルートを行っても残業が発生する運転時間になるとすれば、その状況はドライバーの裁量の有無に関わらず変わりませんので、使用者が従業員に対して裁量を与えたからといって残業の事実を消すことはできません。

そのような配送先を依頼した時点で使用者の指示のもと残業が発生する状況であったと評価せざるを得ません。

最短ルートを使えば十分、所定労働時間内に収まるが、寄り道をしていった、サービスエリア等で長い休憩を挟んだ結果残業となったというような場合には使用者の指示のもと残業が発生したとは言い難いこともありますが、使用者の言い分がすべてのケースで正しいというわけではありません。

「配送量に応じた歩合をつけているから残業代は出ない」

歩合給には残業代は発生しない、もしくは、歩合給は残業代を含むものであるため別途残業代を支払う必要はないという言い分ですが、正しいでしょうか。

結論として、歩合支給にかかわらず残業代が発生する可能性があります。

前者について、歩合給にも残業代が発生するということは先に述べたとおりですので、使用者のこの言い分は正しくありません。
後者について、歩合給の仕組みが一定の要件を満たすものであれば残業代の支払いとして認められる場合もありますが、多くの場合、使用者のこの言い分は正しくありません。

歩合給の支払いに残業代の支払いの意味合いを持たせようとする場合、歩合給に残業代が含まれるということ及びその計算方法等を従業員に説明し同意を得た上で、歩合給のうちどの部分が残業代の支払いにあたるのかについて給与明細等で客観的に認識できるようにしておく必要があり、歩合給及び残業代の計算が実際の仕事量に見合ったものであることが要求されます。

歩合給に残業代が含まれるというものの、給与明細上は単に歩合給の記載しかないというような場合には残業代が支給されているとは判断できませんので、使用者の言い分がすべてのケースで正しいというわけではありません。

「固定残業代を採用しているから残業代は出ない」

基本給のほかに固定残業代を支払っているから別途残業代を支払う必要はないという言い分ですが、正しいでしょうか。

結論として、使用者の主張する固定残業代が残業代支払いとは認められないとして、別途、残業代が発生する可能性があります。

固定残業代制度とは、給与にあらかじめ数十時間分の残業に相当する固定残業代を組み込み、残業時間がそれを超えない限り、別途、残業代の支払いは行わないというものです。

使用者にとっては、見かけ上の賃金を多く見せることができる、残業代等計算の前提となる賃金単価を下げることができるというメリットが存在し、従業員にとっては、残業時間が少ない場合でも固定残業代分の支給を受けることができるというメリットがあります。

固定残業代制度が有効となるためには、固定残業代制度の採用について従業員に説明し同意を得る、固定残業代が残業代の支払いであるということ及び固定残業代が何時間分の残業に相当するものであるかを就業規則や給与明細等に明確に記載することが必要となり、固定残業代の支払いで想定する残業時間と従業員の実際の残業時間に大きな差がないことが望ましいとされます。

なお、固定残業代制度が有効であっても、固定残業代の対象となる残業時間を超える残業が発生した場合には別途残業代を支払う必要があります。

使用者が固定残業代制度を主張するものの制度設計がしっかりしていない、固定残業代の対象となる残業時間を超える残業をしているが残業代の支払いがなされないという場合には、そもそも固定残業代制度が有効でない、または、固定残業代制度が有効であっても未払いの残業代が発生しているということになりますので、使用者の言い分がすべてのケースで正しいというわけではありません。

残業代を請求できる期間

残業代を支払わない使用者の言い分が法的に正しくない場合には使用者に対して残業代の請求を行うことができますが、残業代を請求できる期間には限りがありますので、注意が必要です。

法的に権利を行使することができなくなる期間=消滅時効期間を経過した分については残業代請求をすることができません。
現在の消滅時効期間は残業代の発生から3年間です。
残業代は月毎に発生しますので、発生月の3年後までに使用者に対して残業代の請求を行う必要があります。

正式に消滅時効の進行を止めるためには使用者を相手取って労働審判や裁判を起こす必要がありますが、消滅時効期間がぎりぎりに迫っている場合には、使用者に対して内容証明郵便等で残業代請求の意思表示を行うことで時効完成まで6か月間の猶予を与えられますので、その間に裁判等の準備を行うことになります。

運送業における残業時間の上限規制

昨今、労働者の働き方改革が進み、残業時間の上限規制が設けられました。

業務過多の状態にある運送業界については残業時間の上限規制の適用が猶予されていましたが、2024年4月に猶予期間が終了するため、運送業についても年間960時間という残業時間の上限規制が設けられることになります。

残業時間の上限規制に違反して従業員を働かせた場合、使用者は6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。

現状、ドライバーで年間960時間以上の残業を行っているという方はそれなりにいらっしゃると思いますが、今後は残業自体が減少していくということが予想されます。

まとめ

今回は運送業における残業代の考え方について解説をしてきました。
運送業という業界では残業代に関するルール設定を曖昧にしている使用者が多いという印象ですので、残業代請求の可能性は多く存在するものと思われます。
労働時間に比して支給が少ないとお考えの方は一度、専門家である弁護士に相談することをお勧めいたします。

ご相談 ご質問
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。

■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 吉田 竜二
弁護士のプロフィールはこちら