令和3年9月 弁護士 権田 健一郎

【事案の概要】
弁護士である原告が、自身の所属する法律事務所のブログにおいて、「訴外会社2社(A社とB社)の事業には実体がないから、資金提供を持ち掛けられてもそれは詐欺話である」などと名指しで指摘した。
これに対し、被告が訴外会社1社(A社)の代理人弁護士として、捜査機関に原告に対する告訴状(名誉棄損・偽計業務妨害)を提出したうえ、損害賠償請求訴訟を提起した 
 これに対し、原告が、被告による告訴状の提出が不法行為に該当するとして150万円の損害賠償等を請求した。

【争点】
 弁護士が第三者の代理人として刑事告訴をした行為が民法上の不法行為に当たるか否か

【判示】
 1 告訴人が、自らの認識、記憶に基づいて捜査機関に犯罪被害の内容を申告し、被告訴人に対する処罰を求めて告訴を行うことは、法律上正当な権利の行使であるから(刑事訴訟法230条)、その後の捜査の結果、被告訴人に犯罪の嫌疑がないことが判明したとしても、そのことをもって直ちに当該告訴が不法行為になることはない。
 しかし、人に刑事処分を受けさせる目的でされた虚偽告訴は、国家の適正な刑事司法作用を侵害するのみならず、犯罪者として名指しされた被告訴人に対し、その名誉や信用を毀損する行為であるから、被告訴人に対する不法行為となる(刑法172条参照)。
 そして、虚偽告訴に当たらない場合でも、告訴をしようとする者は、事実関係を十分調査し、証拠を検討して犯罪の嫌疑をかけることを相当とする客観的証拠を確認した上で告訴すべき注意義務を負うから、これを怠った過失がある場合、告訴人は、被告訴人に対し不法行為上の損害賠償責任を負うものと解される。
 一方、告訴人の代理人として告訴し、あるいは告訴状を提出(受理されたかどうかを問わない。)した弁護士は、告訴人の当該告訴が告訴権の濫用に当たり被告訴人に対する不法行為を構成する場合でも、直ちに自ら不法行為責任を負うものではないが、法律の専門家として当該告訴に主体的に関わり、事実関係を十分調査し、証拠を検討した上で告訴の当否を第一次的に検討する立場にある以上、犯罪の嫌疑をかけることを相当とする客観的根拠を自ら確認した上で告訴状を提出すべき義務を負うものと解され、これを怠った過失がある場合、被告訴人に対する不法行為上の損害賠償責任を免れないものというべきである。
 2 本件投稿行為は、A社の社会的評価を低下させるものであることは明らかであり、
被告において本件投稿行為がA社の名誉や信用を毀損する行為であると判断することは合理的である。
 被告はA社とB社との間の業務委託契約書等(以下、「別件契約書等」という。)を受領したことが認められる。これら資料からは、A社が、作業用宿舎を建設する土地を確保していたことがうかがわれる。
 また、・・・業務委託契約書等を併せて読めば、A社が上記事業を進めるべく種々の契約を締結し、あるいは締結しようとしていたことなどがうかがわれ、その内容に上記事業が実体のないものであることを疑わせるような不自然な記載は認められない。
 ・・・これらの諸事情を総合すると、弁護士であるY1が、A社の事業に実体があると理解し、別件契約書1及び同2に実体がないことを見抜くことができなかったとしても、やむを得ないものというべきである。
 以上によれば、被告Y1において、本件告訴状1を提出するに当たり、本件投稿行為につき原告に犯罪の嫌疑をかけることを相当とする客観的証拠の有無を確認するべき注意義務を怠った過失があるとは認められない。
 よって、被告Y1が代理人として本件告訴状1を提出したことが、原告に対する不法行為を構成するとは認められない。

【検討】
 一般人と弁護士とで刑事告訴において要求される注意義務が異なるか否か、「犯罪の嫌疑」についてどの程度のものが必要であるか(職務質問における程度のもので良いのか、逮捕等における程度のものまで必要か)等は、判旨からは明らかではない。
本判決が示すように、刑事告訴を行う場合、弁護士としてまず行うべきは、事実関係の十分な調査と証拠の検討である。
 民事訴訟と同時並行又は民事訴訟を提起してから刑事告訴を行う場合、客観的証拠はひととおり揃っていることが多く、これらを精査しながら犯人性・構成要件該当性等を検討することになる。
 捜査機関は、公判における有罪立証が十分になされる見通しが無ければ刑事告訴を受理しないことが多いと思われるが、弁護士として訴訟リスクを回避するためにも、公判における有罪立証が固いと思われるところまで詰めたうえで刑事告訴を行うようにすべきである。