従業員(退職した従業員)から残業代の支払いの請求がされた場合、企業側としては、どのような対応をしたらよいでしょうか。従業員が残業代の支払いを請求する根拠は何か、企業側が対応をするために検討ができることなどをご紹介します。

従業員(退職した従業員)から未払い残業代の請求がされた場合、企業側はどのように対応したらよい?

従業員や従業員だった方(退職した従業員)から高額な残業代の支払いを請求される、残業代を支払ってほしいと、従業員の代理人である弁護士から内容証明が届いた。
このような場合、企業側としてはどのように対応したらよいでしょうか。

1 未払い残業代とは

支払うようにと記載されている書類をみると、「未払いの残業代があるから支払え」と記載されていると思います。

労働基準法37条には、使用者が、時間外または休日労働をさせた場合には、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額に一定の割増率を乗じた割増賃金を支払わなければならないこと、

使用者が、午後10時から午前5時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後11時から午前6時まで)の間において労働させた場合においては、通常の労働時間の賃金の計算額に25%以上の率で計算をした割増賃金を支払わなければならないことが定められています。

このように、時間外・休日労働、深夜労働をおこなった場合には、一定の割増率を乗じた割増賃金の支払いをしなければなりません。

従業員らは、時間外・休日労働、深夜労働をしたが、割増率を乗じた割増賃金を支払われていないから、支払うようにと請求をしているものと予想されます。

また、従業員の請求額が、300万円〜1000万円に近いなどの高額な請求は、この割増率を乗じなければならないことから、高額な請求になるものと考えられます。
(※割増率については、ここでは割愛します。)

2 請求されている金額を支払わないといけないか。

金額が、支払える範囲の金額である場合、「従業員との揉め事を大きくしたくない」「対応しているのが面倒」「請求されているから払わなければならない」と考えると、支払ってしまいたいかもしれません。

しかし、支払うか否かはリスクも踏まえなければなりません。

例えば、1人の従業員が請求し、すぐに支払われたことを他の従業員が知った場合、他の従業員からも未払い残業代が請求されるなど、トラブルが発展していくことにもなりかねません。

また、書類の中に、「書面到達後2週間以内に支払え」と記載されている場合、その書面内容どおりに支払わないといけないと思われることもあるかもしれませんが、この期限に法的な拘束力はありません。すなわち、支払わないと強制執行をされてしまい、売掛金が差し押さえられてしまう、などの拘束力まではありません。

そのため、その期限を守って、さっと支払ったとしても、残業代として発生していない部分も支払ってしまい、適切な金額以上に支払いをしてしまう可能性もあります。

他方で、放置をしていると、本来であれば、交渉で解決できた問題が、労働審判や訴訟になるなど、問題の解決までに多大な労力と時間がかかってしまう可能性もあります。

※労働審判や訴訟によって解決をした方が会社側として良いと考えられる場合もありますし、そもそも、従業員側の請求が交渉(内容証明郵便での請求など)ではなく、初めから労働審判や訴訟が起こされているということもあり得ます。

そのため、従業員からの請求に対して、従業員側の請求内容に根拠があるか、会社側の労働時間の管理などに問題がなかったかも含めて、検討をすることが重要になってくると思われます。

なお、検討に時間がかかる場合には、請求に応じるか否かは別として、「回答に一定程度の時間がかかること」「回答は後ほど」と伝えておいても良いと思います。

もっとも、電話で話している流れで、「支払う」などと言ってしまいますと困りますし、従業員から「会社側が支払うと言った」など、別のトラブルが発生する可能性もあるので、連絡をするときは慎重に行うことが必要になってくると思います。

どのようにすべきか迷った場合には、弁護士などにご相談することもお勧めします。

3 企業側が反論として検討する主なポイント

それでは、従業員からの請求に対して、どのように対応していけばいいか、会社側としてどのような反論ができるのか、検討すべきポイントをいくつかみてみましょう。

(1)労働時間に誤りがないか

まず、残業代の請求の根拠となる労働時間に誤りがないか確認していく必要があります。

従業員は、残業代の請求をする場合、残業した労働時間がどのくらいあるかを主張・立証しなければなりません。

タイムカードなどの客観的な証拠がない場合、従業員が労働時間として主張する労働時間が、実際の労働時間と異なる可能性があります。

残業代の請求の根拠となる労働時間は、実際の労働時間(=実労働時間)です。
実労働時間は、会社に在席した時間(例えば、就業時間が9時〜5時と決められていた場合、実労働時間が9時〜5時として)で決まるものではありません。

労働時間は、「労働者が使用者の指揮監督のもとにある時間」と言われています。

そのため、就業規則などで始業時間が9時、就業時間が5時と決められていても、実際には、8時30分から使用者の指揮監督下で義務的にミーティングや朝礼が行われているなどの場合には、8時30分が、始業時刻となり、労働時間の起算点になります。

他方、労働時間として定められている範囲でも、従業員が指揮監督下から解放されていて、労働が提供されていなかった時間などは労働時間とはなりません。

そのため、請求されている残業代の労働時間が、どのような根拠に基づいて計算されているか検討する必要があります。

労働者からその資料が明らかにされていない場合には、労働者からその資料を明らかにしてもらうように求めることも検討できると思います。

労働時間は、労働時間として定められている時間で決まるものではありませんので、慎重に検討しなければなりません。また、会社側には、労働時間を適正に管理する責務がありますので、正確な労働時間の管理が必要になってきます。

(2)時効にかかっていないか

例えば、退職した従業員が、入社当初から残業があったとして、入社当初からの残業代が未払いであると請求することがあるかもしれません。

しかし、残業代の請求には、消滅時効があります。
そのため、簡単にいいますと、時効として定められている期間の経過によって、請求ができなくっていることがあります。

未払いの残業代請求権の消滅時効は、2020年4月以降に発生した未払いの残業代については、3年(それよりも前に発生した残業代については、2年)とされています。

そのため、いつの時点からの残業代が請求されているかを考える必要があります。

なお、3年が経過していても、会社側が、消滅時効の援用(時効によって消滅した)と伝えなければ、消滅しません。

そのため、請求されている債権が、本当は時効になっているにもかかわらず、会社側が消滅時効を援用する前に「支払う」などと言ってしまった場合、債務を「承認」したとして、時効が更新され、その後に時効の主張が許されなくなってしまう可能性があります。

そのため、残業代の請求にかかわること(その他のこと)でも当該従業員に連絡をとるときは、誤って時効にかかっている債務を承認してしまわないように、気をつける必要があります。

(3)固定残業代(みなし残業代)の支払いをしている

会社によっては、定額残業代、固定残業代、みなし残業代などの名称で、実際に時間外労働をしたか否かにかかわわらず、あらかじめ定めた額を、時間外労働の手当分(残業代の手当分)として支給しているという場合もあると思います。

その場合には、固定残業代として支払っている(=残業代は支払っている)と主張することになると思います。

もっとも、このような固定残業代の支給をしているというためには、固定残業代の支給の制度が有効でなければなりません。また、固定残業代の制度が有効であるか否かは比較的厳格に判断されています。そのため、会社側としては、固定残業代と考えて一定額を上乗せして支払っていても、必ずしも固定残業代として支払われていると言われない可能性もあります。

なお、固定残業代を支払っていたとしても、時間外労働の対価として労基法上支払わなければならない割増賃金を超えた時間外労働の部分については、その超過分については残業代を支払わなければなりません。

定額残業代などを定め、定額の残業代を支払っていることが反論として有効であるかは、弁護士などに相談されると良いでしょう。

(4)請求している従業員が管理監督者ではないか

労働基準法41条2号には、事業の種類にかかわらず監督もしくは管理の地位にある労働者は、労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用しない旨が定められています。

すなわち、労働者が管理監督者に該当する場合には、使用者は、時間外・休日手当をする必要がないということになります。

そのため、残業代の請求をしている従業員が、ここにいう「管理監督者」に該当しないか検討し、管理監督者に該当する場合には、管理監督者であるから、未払残業代の請求はできないと反論することが考えられます。

もっとも、「管理監督者」に該当するか否かは、部長、店長など、いわゆる「管理職」と言われる役職名や肩書で決まるものではなく、実態に即して判断すべきであるとされています。

具体的には、①労働条件の決定、その他労務管理上、使用者と一体的な立場にあるものといえるか②労働時間の決定などに裁量があるか、③その地位にふさわしい待遇を受けているか否か(地位と権限にふさわしい賃金上の処遇が与えられているか)などを総合的に考慮して判断されているようです。

そのため、名目上は、「部長」「店長」「工場長」などであっても、その実態が異なる場合には、管理監督者に該当しないとして、残業代を支払わなくてはならなくなります。

また、会社が当該社員を、名目上は「管理監督者」に該当するからとして、比較的自由に労働をさせていたとしても、①~③などの諸事情を考慮し、「管理監督者に該当しない」と判断される場合、残業代を支払わなければなないということがありますので、名目が管理監督者であるとしても、職務内容、勤務態様、賃金待遇などをきちんと把握する必要があります。

(5)その他(賃金単価の違いなど)

残業代の計算には、時間単価(基礎賃金)を基礎に計算されます。

例えば、家族手当、通勤手当、住宅手当などは基礎賃金から除外されます(労働基準法施行規則21条参照)。
もっとも、これらの手当も名称で決まるのではなく実質で決まります。そのため、家族手当とされていても、扶養家族の有無や数に従って支給されるものではなく、常に支払われている性質のものであると、基礎賃金から除外されない場合もあります。

従業員がどのような計算をして請求しているか、場合によっては労働者へその根拠を開示してもらうなどにより、求めていくことも必要になってくると思われます。

(6)小括

従業員の請求してくる賃金が必ずしも正しいということもありません。
企業側としても、企業側が当該従業員の労働時間をどのように管理していたか、認識等をもとに、上記のような反論のポイントがないか、検討をし、回答をしていく必要があると思われます。

4 資料開示を要求されている場合

従業員の方から、残業代の計算をするためにタイムカードの開示を要求される場合があります。

無視し続けることは、会社側の対応が不誠実であると言われかねません。
もちろん、残業代の計算をするために必要なもの以外までを提出する必要はありませんから、どこまで開示するかは、会社において判断したうえで、誠実に対応をすることが必要になってくると思われます。

5 当事者同士で合意できない場合、どうなるか(労働審判・民事訴訟)

最初は、従業員から、残業代の支払いを要求する書類が届き、話合いができる場合には、話合いが進んでいくことが予想されます。

もっとも、話合いで合意ができず解決できない場合もあります。

その場合、従業員側としては、未払残業代を請求するために、「労働審判」を起こすという方法と、通常の「民事裁判」を起こす方法が大きく考えられます。

労働審判は、原則として3回の期日(裁判所で、会社側と労働者とがそれぞれ主張を述べたりする日)で終わりにし、裁判官が労働審判を行うものです。

労働審判は、裁判官の他に、使用者側・労働者側の労働審判員が入り3名で判断をします。

そのような方が間に入ることで、柔軟な解決を導くこともでき、労働審判で和解により終了するということも多くあります。

もっとも、この手続きで裁判官から言い渡された審判に対して、当事者(双方どちらでも)異議を申し立てる(不服をいう)ことができます。その場合には、通常の「民事裁判」に移行することになります。

通常の「民事裁判」では、それぞれが主張と立証を繰り返し、場合によっては、尋問の手続きを経て、裁判官が「判決」をするという形になります。

通常の「民事裁判」の場合には、3回という期間の制限がなく、主張立証を尽くす形になりますので、1年以上の時間がかかることはままあります。

6 遅延損害金・付加金

未払いの残業代があるとなった場合、在職中については、年3%(民法改正後)の遅延損害金が発生します。
また、従業員の方が退職している場合、退職後については、特別法である賃金の支払いの確保等に関する法律に基づき、年14.6%の遅延損害金が発生します。

また、労働審判や裁判の場合、労働者は、「付加金」の支払いを請求することができます。
裁判官は、事情に照らして、付加金を決定し、支払いを命じることができます。

7 請求されないようにするためには

未払い残業代が請求された場合、企業側として放置すること、他方で言われるままの金額の支払いをすることはリスクがあります。

交渉から含め、労働審判・民事裁判などになると、長期間、従業員の対応をしなければならないことになってきます。

そうしますと会社側としては、残業代の発生をするような働き方の見直しをする必要がありますし、また、労働者の労働時間の管理などはきちんと把握し、残業代を支払うことが必要になってきます。

また、固定残業代の制度を設けている場合には、その規定が有効な定めになっているか確認が必要となりますし、管理監督者と会社が認識している方については、労働基準法上の管理監督者となっているかその実態を確認しつつ考える必要が出てくるものと思われます。

残業代の請求がされ、結果的に支払わなければならなくなったとしても、今後同様のことが内容に未然に防ぐことも行っていく必要があると思います。

8 まとめ

残業代の請求がされたとしても、すぐに支払ったり、回答を焦ったりする必要はありません。
まずは、会社側としても、反論の余地がないか、検討のポイントなどを参考に、慎重に検討をし、回答をしていくことが求められます。
また、反論ができることがあるか、どうすれば良いか、わからない場合には、適切かつ誠実な対応を進めていくためにも、弁護士等に相談しながら進めていくことも一つの方法となると思われます。

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■この記事を監修した弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
代表・弁護士 森田 茂夫
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