
林業における木の伐採、土木工事でのコンクリートの破砕、製造業での金属の研磨など、さまざまな現場でチェーンソーや削岩機、グラインダーといった振動工具が使用されています。これらの工具は、作業を効率化するうえで欠かせないものですが、その強烈な「局所振動」は、労働者の手や腕の神経・血管・関節に対して、長年にわたり静かに、しかし確実にダメージを蓄積させていきます。
その結果として発症するのが振動障害です。手足の慢性的なしびれや冷え、激しい痛みを伴うだけでなく、寒い時期に指先が真っ白になる「白ろう発作(レイノー現象)」を引き起こすことで知られています。重症化すると、コップを握れない、ボタンを掛けられないといった日常生活への深刻な支障をきたし、長年勤め上げた仕事を辞めざるを得なくなることも少なくありません。
こうした業務が原因で振動障害を発症した場合、まずは労働基準監督署において労働災害(業務災害)としての認定を受けることが重要です。認定が下りれば、治療費(療養補償給付)や休業中の補償(休業補償給付)、後遺障害が残った場合の年金や一時金(障害補償給付)などが国から支給されます。
しかし、ここで忘れてはならない重要な事実があります。国の労災保険の給付には、被災者が長年苦しみ続けた精神的・肉体的な苦痛に対する「慰謝料」が一切含まれていません。また、後遺障害によって将来得られるはずだった収入の減少にあたる逸失利益についても、労災保険の給付だけでは、本来受け取るべき適正な損害額には遠く及びません。
これらの「労災保険では足りない損害」を補填し、適正な補償を得るためには、安全対策を怠って労働者に健康被害を負わせた会社(雇用主や元請け企業)に対して、直接損害賠償(民事賠償)を請求する必要があります。本記事では、振動障害(白ろう病)に特有の危険性や、会社に損害賠償を請求するための法的根拠、そして会社側が主張しがちな「加齢のせいだ」という反論を乗り越えるための弁護士の役割について、労働災害問題に精通した埼玉県大宮の弁護士が詳しく解説します。
振動障害における会社の「安全配慮義務違反」の立証

会社に損害賠償(慰謝料や逸失利益など)を請求するためには、「長年振動工具を使っていた」という事実だけでなく、会社側に「振動の危険性を認識し、労働者が安全に働けるよう対策を講じる義務を怠った」という安全配慮義務違反(過失)があったことを、被災者側で具体的に主張・立証する必要があります。
振動障害をめぐる裁判の歴史において重要な意味を持つのが、国有林でチェーンソーなどを使用して振動障害に罹患した作業員らが国を訴えた一連の事件です。国側は「当時は振動障害が発生する危険性を予見できなかった」と主張して責任を逃れようとしましたが、裁判所は、使用する機械が労働者の身体に危険を及ぼすおそれがある場合には、その危険を防止するために事前の調査研究を行うべき義務を使用者が負うとして、国の安全配慮義務違反を認め、損害賠償責任を肯定しました。
現代において会社に問われる具体的な安全配慮義務のポイントは、次のとおりです。
①振動業務の「ばく露時間(作業時間)」の制限
振動障害を予防するための最も基本的な対策は、振動工具の使用時間を制限することです。厚生労働省は通達により、チェーンソーなどの振動工具を取り扱う業務について、一日の振動ばく露時間を一定時間内に収めることや、連続作業時間を制限して適宜休憩を設けることを事業者に求めています。「ノルマが厳しく、休憩なしで一日中チェーンソーを握らされていた」「国が定める使用時間の基準を会社がまったく守っていなかった」といった実態があれば、重大な安全配慮義務違反となります。
②有効な防振保護具(防振手袋等)の支給・着用指導
会社は、振動による健康障害を防止するため、労働者に防振手袋などの有効な保護具を支給し、確実に着用させる義務があります。単に軍手を支給していただけの場合や、「防振手袋は作業しづらいから」という理由で労働者が素手で作業しているのを現場監督が知りながら黙認していたようなケースでは、会社の安全管理体制の欠落が問われます。
③振動の少ない機械への切り替えと保守管理
事業者は、技術の進歩に合わせて、可能な限り防振機構が備わった振動レベルの低い工具を選定・導入する義務があります。また、工具の刃が摩耗していたりエンジンの整備不良があったりすると、異常な振動が発生して身体への負担が跳ね上がります。定期的な点検や整備を怠り、不良な機械を使わせていた場合も、会社の過失となります。
④定期的な「特殊健康診断」の未実施
振動業務に従事する労働者に対しては、一般的な定期健康診断に加えて、冷水浸漬検査などを含む振動障害の特殊健康診断を定期的に実施する義務があります。この健診を怠っていたり、初期症状が見られたにもかかわらず配置転換などの適切な措置をとらずに振動業務を継続させていたりした場合、被害を拡大させた会社の責任は重くなります。
過去の勤務先への賠償金請求に向けた「証拠集め」のポイント

振動障害は、一日や二日の作業で発症するものではなく、数年から十数年という長い期間の振動ばく露の蓄積によって発症する遅発性の疾患です。そのため、いざ会社に賠償金を請求しようとした際、何年も前の作業状況の証拠を集めることが大きな壁となります。会社に安全配慮義務違反を追及するためには、次のような証拠を計画的に集める必要があります。
就労・作業実態に関する証拠
被災者が「いつ」「どの現場で」「一日何時間」振動工具を使用していたかを示す過去の作業日報・業務記録は、最重要の資料です。あわせて、会社がどのメーカーのどの型番のチェーンソーや削岩機を支給していたかがわかる記録も重要で、メーカーのカタログなどから当時の振動値を割り出せる場合もあります。また、当時の勤務先と在籍期間を証明する給与明細や雇用契約書、そして「当時の現場は常に人手不足で休憩もまともに取れず一日中機械を回していた」「防振手袋が支給されたことは一度もなかった」といった過酷な労働環境を示す元同僚の証言(陳述書)も、強力な証拠となります。
健康状態・医学に関する証拠
会社には健診結果の保存義務があるため、過去から現在に至る特殊健康診断の個人票をさかのぼって確認し、いつから異常の所見が出始めていたかを把握します。また、振動障害特有の末梢循環障害・末梢神経障害・運動器障害の存在と程度を裏付ける医療機関の診断書やカルテも、因果関係を証明するうえで欠かせません。
会社の安全管理体制に関する証拠
会社が振動障害の危険性を認識し、労働者に適切な教育を行っていたかを確認できる安全衛生委員会の議事録や安全教育の記録も手がかりとなります。これらの証拠の多くは、会社側やすでに退職した昔の勤務先に存在しており、個人で開示を求めても「もう古い資料だから捨てた」と拒否されることが少なくありません。だからこそ、後述する弁護士の法的な権限と調査力が不可欠になります。
長年の健康被害の賠償請求を弁護士に依頼すべき理由

振動障害のように長年のばく露が原因となる職業病において、被災者ご本人やご家族が単独で会社と交渉し、適正な賠償金を得ることは、難易度が極めて高いといわざるを得ません。労働災害問題に強い弁護士に依頼すべき理由を説明します。
「加齢のせい」「体質の問題」という会社の責任逃れに対抗する
会社側(顧問弁護士や保険会社)は、賠償金の支払いを免れるために、「しびれや痛みは長年の作業のせいではなく、単なる加齢や老化現象だ」「喫煙による血行不良だ」と主張し、業務と病気との因果関係を執拗に否定してくるのが通例です。弁護士が代理人となれば、専門医の知見や医学的文献、過去の類似裁判例を踏まえて、会社の不当な反論を論理的かつ法的に封じ込めます。
「消滅時効」の壁を的確にクリアする
過去の勤務先に損害賠償を請求する場合、「もう何年も前のことだから時効ではないか」と心配される方が多くいらっしゃいます。損害賠償請求権には確かに消滅時効が存在しますが、振動障害のように長期間を経て重症化する病気では、いつを時効の起算点とするかについて高度な法的判断が求められます。弁護士は、症状が固定した日や診断を受けた日などを根拠に時効の起算点を的確に主張し、被災者の請求権が失われないよう守ります。
「裁判基準」による適正な賠償金(慰謝料・逸失利益)の獲得
振動障害によって両手に重い障害が残り、たとえば第7級などの後遺障害等級が認定された場合、裁判基準(いわゆる赤本基準)では後遺障害慰謝料だけでも約1,000万円が目安となります。これに、将来にわたる労働能力の喪失分を補償する逸失利益を加えると、総額で数千万円規模の賠償が認められることもあります。会社側が「お見舞金」として提示してくる数十万円から数百万円の示談金で安易に妥協せず、弁護士が裁判基準を用いて交渉・訴訟を行うことで、被害の大きさに見合った正当な補償を勝ち取ることができます。
調査力による「証拠保全」と「弁護士会照会」
退職から長期間が経過して会社が証拠を出さない場合でも、弁護士は弁護士会照会という権限を用いて、官公庁や医療機関に資料の開示を求めることができます。また、会社が都合の悪い記録を隠すおそれがある場合には、裁判所を通じた証拠保全手続きにより、当時の作業記録や工具の購入記録を確保することも可能です。
おわりに

チェーンソーや削岩機による振動障害は、真面目に長年働き続けた労働者の身体を蝕む、非常に残酷な職業病です。手が震えて箸が持てない、夜も眠れないほどの痛みに襲われるといった辛い症状を抱えながら、「昔のことだから」「会社には世話になったから」と責任追及をあきらめ、泣き寝入りしてしまっている方が少なくありません。
しかし、会社が法令で定められた安全対策やばく露時間の管理を怠り、その結果として健康と人生の質が損なわれたのであれば、適正な賠償金を受け取ることは法的に認められた当然の権利です。「昔の作業が原因で手がしびれる」「労災認定はされたが、会社に慰謝料を請求できるか知りたい」「会社から提示された見舞金で示談してよいのか」とお悩みの方は、一人で抱え込まず、私たちにご相談ください。治療に専念し、ご自身やご家族のこれからの生活を守るため、正当な賠償金の獲得に向けて全力でサポートいたします。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
労働災害(労災)
弁護士登録後、労災認定申請から損害賠償請求まで幅広く対応。法テラス民事法律扶助審査委員として経済的に困難な被災労働者の支援にも積極的に携わる。不当要求防止責任者講習の講師経験を活かした毅然とした交渉力で、使用者側との厳しい交渉にも臆せず対応。中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。






