樹木剪定中の転落事故で会社の責任が認められた裁判例

※本記事は、さいたま市大宮区にある、埼玉県内でトップクラスの弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の交通事故集中チームの弁護士が執筆しています。

高所での作業中に労働者が転落し、重大な後遺障害を負った場合、会社はどこまで責任を負うのでしょうか。会社側からは、「安全帯は渡していた」「安全帯を使うように指導していた」「作業員も危険を分かっていた」といった反論が出されることがあります。しかし、労災事故の損害賠償では、それだけで会社の責任が否定されるとは限りません。

今回取り上げるのは、東京地方裁判所平成28年9月12日判決(平成26年(ワ)第34252号、労働災害損害賠償請求事件)です。植物管理工事に従事していた労働者が、欅の木の剪定作業中に転落し、頸髄損傷による完全四肢麻痺という極めて重い後遺障害を負った事案です。裁判所は、直接雇用していた会社とその代表者の責任を認める一方で、元請会社と一次下請会社の責任は否定しました。

この判例のポイントは、「安全帯を使いなさい」と一般的に言っていたかどうかではなく、実際の作業場面で労働者が安全を確保できるだけの具体的な指導がされていたかどうかにあります。特に、経験の浅い作業員に対して、木の上で安全帯を外して移動せざるを得ない場面の危険をどのように教えていたかが、責任判断の中心になりました。

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1 どのような事故だったのか

1 どのような事故だったのか

本件は、団地敷地内の樹木を剪定する植物管理工事で発生した事故です。発注者から元請会社へ、元請会社から一次下請会社へ、さらに一次下請会社から二次下請会社へと工事が流れており、被災した原告は二次下請会社の従業員でした。

事故当日、原告は、二次下請会社の代表者である作業責任者とともに、欅の木に登って剪定作業をしていました。本件樹木は高さ約13メートル、幹周約1.2メートル、枝張り約6メートルの欅でした。剪定方法としては、樹木本来の形を残しつつ、枝の生育を促す「基本剪定」が指定されていました。

原告は、平成24年12月頃から被告会社で働き始めたばかりで、剪定作業の経験は浅い状態でした。現場では、代表者が枝先の剪定を行い、原告は幹から出ている小枝の処理などを行っていました。事故直前、代表者は原告に対し、木に引っ掛かっている枝を落としてから下りるように指示しました。その後、原告は高さ約4メートル付近から転落し、頸髄損傷を負いました。

事故後、原告には完全四肢麻痺が残り、労災保険上も後遺障害等級第1級第3号に該当すると認定されました。食事、排泄、入浴、移動など、日常生活のほぼ全般に介助を要する状態となった重篤な事案です。

2 争点の中心は「安全帯を使わせていたか」ではなかった

2 争点の中心は「安全帯を使わせていたか」ではなかった

高所作業の転落事故というと、まず問題になりやすいのは、安全帯の有無です。本件でも、労働安全衛生規則518条、519条、520条、521条が問題となりました。これらの規定は、高さ2メートル以上の場所で作業を行う場合に、作業床の設置、作業床を設けることが困難な場合の防網や安全帯の使用、安全帯の取付設備などを定めています。

原告側は、会社には、作業床を設置する義務、作業床の設置が困難な場合には安全帯等を安全に取り付ける設備を設ける義務、そのような設備がない場合には高所作業を禁止する義務があったと主張しました。

これに対し、会社側は、樹木剪定のような作業では足場や安全ネットの設置は現実的でなく、安全帯の使用が問題になるところ、原告には安全帯を使用するよう指示しており、ヘルメットと安全帯の着用も確認していたと反論しました。

裁判所は、ここでかなり実務的な判断をしています。すなわち、本件では、高所作業車の導入や仮設足場の設置までは義務とはいえないと判断しました。理由は、本件樹木の形状、樹木が生えている場所、基本剪定という作業内容からすると、高所作業車や足場を用いても、結局は作業員が木に登り移って内側の枝を剪定する必要があったからです。

また、二丁掛けの安全帯を使用していれば、常にどちらか一方のロープを掛けた状態で移動できるため、転落事故を防げた可能性はあります。しかし、裁判所は、本件事故当時の造園業界において、樹木剪定作業で二丁掛け安全帯を常態的に使用する慣習があったとは認めませんでした。そのため、「二丁掛け安全帯を使わせなかったこと」自体を直接の義務違反とはしていません。

3 会社の責任が認められた本当の理由

3 会社の責任が認められた本当の理由

この判例で最も重要なのは、裁判所が、安全配慮義務違反の中身をかなり具体的に捉えた点です。裁判所は、会社が労働者に対して負う安全配慮義務について、労働者の職種、労務内容、作業場所など、具体的な状況によって内容が決まるとしています。

本件では、一丁掛け安全帯を使う場合、安全帯を掛け替えるときや作業場所を移動するときに、安全帯を一時的に外す場面が生じます。その際、造園業界では「三点支持」または「三点確保」という方法で安全を確保するのが一般的でした。これは、両足で幹を抱え込むようにし、片方の腕で幹や枝をつかみ、もう一方の手で安全帯を掛け替えるという方法です。

裁判所は、原告が剪定作業の経験が浅く、代表者の作業を見て覚える立場にあったことを重視しました。代表者は、木に登って作業するときには安全帯を使うよう明示的に教えていました。しかし、代表者自身も、木の上で移動するときには安全帯を外し、両手両足を使って移動していました。そして、原告はその作業方法を見て、同じように作業していました。

問題は、代表者が、原告に対して、安全帯を外して移動する場面でどのように体を固定するのか、三点支持をどのように行うのかを具体的に指導していなかったことです。裁判所は、経験の浅い原告に対し、三点支持の方法など、作業場所を移動する際の安全確保方法を具体的に指導しないまま高所作業を行わせた点に、安全配慮義務違反があると判断しました。

つまり、本件で会社側が負けた理由は、「安全帯を一切使わせていなかったから」ではありません。むしろ、安全帯の使用自体は指示されていました。それでも、現場の実態として、安全帯を外す場面がある以上、その危険な場面でどう安全を確保するかまで具体的に教えていなければ不十分だとされたのです。

4 「作業員も安全帯を使うべきと分かっていた」は通らなかった

4 「作業員も安全帯を使うべきと分かっていた」は通らなかった

本件では、過失相殺も大きな争点でした。会社側は、原告自身が安全帯を外していた以上、原告にも重大な過失があると主張しました。一般の感覚からすると、「高所で安全帯を外したなら、作業員にも過失があるのではないか」と見えるかもしれません。

しかし、裁判所は過失相殺を認めませんでした。ここは非常に重要です。

確かに、原告は、新規入場者安全衛生教育の書面に署名しており、その書面には高所作業では命綱を使用する旨の記載がありました。また、KYK日報にも「高所での作業時は安全帯の使用を徹底すること」「安全帯を使用して作業を行います」といった記載があり、原告も署名していました。裁判所も、原告が高所作業では安全帯を使うべきことを認識していたこと自体は認めています。

それにもかかわらず、過失相殺は否定されました。理由は、原告が経験の浅い作業員であり、実際の作業では、代表者自身が移動時に安全帯を外していたからです。代表者は、どの程度の高さから安全帯を使うべきかを明示的に指導しておらず、安全帯を使用できない場面でどのように安全を確保すべきかについても具体的に教えていませんでした。

裁判所は、経験の浅い労働者は、実地の作業を通じて、どの場面で安全帯を使うべきか、安全帯を使えない場面ではどうするべきかの指導を受けなければ安全を確保できなかったと評価しました。したがって、本件事故は、代表者による具体的な安全指導不足によって発生したものであり、原告に過失は認められないと判断したのです。

この判断は、労災事故の実務上、かなり大きな意味を持ちます。会社が安全書類に署名をさせたり、KYKを行ったりしていても、それだけで労働者側の過失が認められるわけではありません。特に、労働者が新人・未経験者・経験の浅い者である場合には、形式的な安全教育ではなく、具体的な危険場面に即した指導が必要になります。

5 元請・一次下請の責任はなぜ否定されたのか

5 元請・一次下請の責任はなぜ否定されたのか

本件では、直接雇用主である二次下請会社とその代表者の責任は認められましたが、元請会社と一次下請会社の責任は否定されました。この点も、労災損害賠償事件では実務上重要です。

裁判所は、元請や上位下請が、下請労働者に対して常に安全配慮義務を負うわけではないと整理しています。元請・上位下請が下請労働者に安全配慮義務を負うためには、単なる請負関係を超えて、特別な社会的接触の関係が必要とされます。具体的には、元請が管理する設備や工具を労働者が使っていたか、労働者が事実上元請の指揮監督を受けて稼働していたか、作業内容が元請従業員の作業内容と類似しているかなどが判断要素になります。

本件では、元請会社は、安全衛生の手引を作成し、安全指示書を出し、安全点検票を受け取り、現場巡回もしていました。一次下請会社も、KYK日報、安全パトロール、朝礼参加などを行っていました。しかし、裁判所は、これらは一般的な安全管理にとどまると評価しました。

元請や一次下請は、原告に対して作業に必要な道具を提供しておらず、具体的な剪定方法や作業場所の移動方法を直接指示していたわけでもありません。現場に常駐していたわけでもなく、作業工程を具体的に決めていたのも、直接雇用主側の代表者でした。そのため、原告が元請や一次下請の事実上の指揮監督を受けて稼働していたとはいえないと判断されました。

この点からすると、元請責任を追及する場合には、単に「元請が安全パトロールをしていた」「安全指示書を出していた」というだけでは足りません。元請が具体的な作業方法を指示していたのか、作業員に直接指揮命令していたのか、設備・工具を提供していたのか、作業現場を実質的に支配していたのかを、証拠で詰める必要があります。

6 この判例から学ぶべきこと

6 この判例から学ぶべきこと

この判例から会社側が学ぶべきことは明確です。高所作業では、「安全帯を着けろ」と言うだけでは足りません。現場で実際に起こる危険場面を想定し、作業員がその場面でどう動けばよいのかを具体的に指導する必要があります。

特に本件のような樹木剪定作業では、作業床のある建設現場とは異なり、木の枝や幹を足場にしながら移動する特殊性があります。一丁掛け安全帯を使う場合、常に安全帯を掛けたまま移動できるわけではありません。安全帯を外す瞬間、掛け替える瞬間、枝に引っ掛かった切断枝を落とす瞬間に、転落リスクが高まります。

そのため、会社は、作業開始前に、少なくとも次の点を明確にしておくべきです。どの高さから安全帯を使用するのか、安全帯をどの枝・幹に掛けるのか、掛け替え時にはどのように身体を支えるのか、安全帯を外して移動してよい場面があるのか、危険な枝や不安定な足場を発見した場合に作業を中止する基準は何か。

また、新人や経験の浅い作業員には、「見て覚えろ」では足りません。ベテラン作業員にとって当然の動作でも、未経験者には危険性が分からないことがあります。安全帯の装着方法だけでなく、掛け替え方法、三点支持の姿勢、足場となる枝の見極め、鋸や剪定鋏を持った状態での姿勢保持などを、実際に確認しながら教える必要があります。

安全教育の書面を作ること、KYK日報に署名させること、安全パトロールを行うことは重要です。しかし、それらはあくまで出発点です。事故が起きたときに裁判所が見るのは、形式的な書類があるかどうかだけではなく、事故が起きた具体的な作業場面で、労働者が安全に行動できるだけの実質的な指導がされていたかどうかです。

7 被災労働者側から見た実務上のポイント

7 被災労働者側から見た実務上のポイント

被災労働者側から見ると、この判例は、会社の安全配慮義務違反を主張する際の整理に役立ちます。会社側は、事故後、「安全帯は渡していた」「安全教育はした」「本人が安全帯を外した」と主張することが少なくありません。しかし、それに対しては、事故が起きた具体的な作業場面に踏み込んで反論する必要があります。

たとえば、本件のように、そもそも安全帯を掛けたまま移動することが難しい作業だったのか、安全帯を外すことが現場で黙認されていたのか、上司や責任者自身がどのように作業していたのか、三点支持などの具体的な安全方法を教えられていたのか、危険な作業を断れる雰囲気があったのか、といった点が重要になります。

また、労災事故では、労災保険の給付を受けたとしても、それだけで全損害が回復されるわけではありません。労災保険には慰謝料がありませんし、重度後遺障害の場合には、将来介護費、住宅改修費、福祉用具、車両改造費など、多額の損害が発生します。本件でも、一時金として約8978万円、将来介護費として月額25万7000円ないし48万円の定期金賠償が認められています。もっとも、本記事では損害論の詳細には立ち入りません。重要なのは、労災保険だけで終わらせず、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を検討すべき場合があるという点です。

まとめ

まとめ

東京地裁平成28年9月12日判決は、樹木剪定中の転落事故について、直接雇用主と代表者の責任を認めた重要な裁判例です。

この判例が示しているのは、労災事故における安全配慮義務は、抽象的な安全指示では足りないということです。安全帯を渡す、安全帯を使うように言う、KYK日報に署名させる。これらはもちろん大切ですが、それだけでは、現場で労働者の命と身体を守るには不十分な場合があります。

特に、経験の浅い作業員に危険な高所作業をさせる場合には、作業中だけでなく、移動時、掛け替え時、安全帯を外さざるを得ない場面での具体的な安全確保方法まで指導する必要があります。本件では、その指導が不十分であったことが、会社側の責任を基礎づけました。

一方で、元請や一次下請の責任については、一般的な安全管理だけでは足りず、下請労働者に対する具体的な指揮監督や設備・工具の提供など、特別な社会的接触の関係を基礎づける事情が必要とされています。ここは、労災損害賠償事件で責任主体を検討する際の重要な分岐点です。

高所作業中の転落事故は、死亡や重度後遺障害につながりやすい重大事故です。事故後は、労災申請だけでなく、事故態様、安全教育の内容、作業指示の実態、元請・下請関係、損害賠償請求の可能性を早期に整理することが重要です。

出典
東京地方裁判所平成28年9月12日判決・平成26年(ワ)第34252号・労働災害損害賠償請求事件(判例時報2436号45頁、労働判例1206号65頁、LLI/DB判例秘書 L07132028)

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この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀

労災(労働災害)

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、現在は労災(労働災害)分野に注力している。会社側への損害賠償請求や後遺障害等級認定、労基署への申請等、数多くの複雑な事案に対応。緻密な法的思考と事故態様の詳細な分析に基づき、被災労働者の正当な補償と権利擁護の実現に尽力している。迅速かつ粘り強い対応で、依頼者の信頼も厚い。