
※本記事は、さいたま市大宮区にある、埼玉県内でトップクラスの弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の交通事故集中チームの弁護士が執筆しています。
工場で働いている方から、『プレス機に指を挟まれた』『安全装置があったはずなのに事故が起きた』『労災保険は出たが、会社にも請求できるのか』という相談を受けることがあります。
プレス機、切断機、ローラー機、成形機などを扱う作業では、一瞬のタイミングのずれで重大な負傷につながります。
このような事故では、会社側から次のように説明されることがあります。
- 「安全装置は設置していた」
- 「本人が不注意だった」
- 「長く作業していたから危険は分かっていたはずだ」
しかし、労災事故において問題となるのは、安全装置が形式的に置かれていたかだけではありません。
安全装置が実際に有効に作動する状態で管理されていたか、労働者が理解できる方法で安全教育がされていたか、作業を急がせるような現場状況がなかったかが重要になります。
今回は、ベトナム国籍の労働者が工場内でプレス機に右手中指を挟まれて負傷した事案について、会社の安全配慮義務違反を認めた大阪地方裁判所令和6年7月31日判決をもとに解説します。
1 どのような事故だったのか

本件は、金属製品のプレス加工等を行う会社の工場で発生した労災事故です。
■ 被災者と事故の概要
- 原告:ベトナム国籍の男性。平成26年2月頃から被告会社に雇用
- 業務:工場内でプレス機を操作する業務
- 事故日時:平成27年1月28日午後2時30分頃
- 事故内容:45トンプレス機を用いて鉄製部品のプレス作業中、右手中指をプレス機に挟まれた
■ 傷害と後遺障害
- 右中指末節骨開放骨折、右中指手指神経損傷、右中指DIP関節粉砕骨折
- 後遺障害等級:12級9号(右中指の近位指節間関節の可動域制限)
■ 事故発生の状況
作業内容は、①右側の台車上の鉄製プレートをプレス機の台座に置く → ②台座から右手を離す → ③フットスイッチを踏む → ④プレートがエアで奥のかごに落ちる、という手順を繰り返すものでした。
事故当日は、代表取締役の兄から「400個の商品を急いでプレスするよう」指示されており、原告は急いで作業していました。その中で、右手を台座から離す前にフットスイッチを踏んでしまい、右中指を挟まれたと認定されています。
2 争点は「安全装置があったか」だけではなかった

この事件でまず問題となったのは、本件プレス機に安全装置が取り付けられていたのかという点です。
裁判所は、事故の約3週間前の自主検査において安全装置に異常がなかったことなどから、事故当時、光線式安全装置が取り付けられていたと認定しました。
しかし、ここからが重要です。
裁判所が重視したのは以下の点です。
- 安全装置が取り付けられていたにもかかわらず事故が発生したこと
- 安全装置の電源を切り替えるキースイッチが本件プレス機の後方に置かれていたこと
- そのキーが保管者でない従業員でも使用できる状況にあったこと
本件のポイント:「安全装置が取り付けられていたか」ではなく「安全装置が実際に有効に作動する状態で管理されていたか」
3 会社には安全装置の鍵を適切に管理する義務がある

労働安全衛生規則は、プレス機械の安全確保について複数の規定を置いています。
■ 裁判所が認定した義務
- 安衛則28条・131条:安全装置が有効な状態で使用されるよう点検・整備を行う義務
- 安衛法14条・施行令6条7号・安衛則134条3号:5台以上のプレス機がある場合、作業主任者にキースイッチの鍵を保管させる義務
■ 会社側の反論と裁判所の判断
| 会社側の主張 | 裁判所の判断 |
| 原告が他の従業員を通じて安全装置の電源を切った | 原告が関与したと認める証拠はない。プレス機のセッティング知識がない原告があえて危険な状態で作業するのは不自然 |
| 従業員から求められればキーを引き渡さざるを得なかった | 安衛則134条3号がキーの保管を義務付けた趣旨は安全装置の適切な使用を確保する点にあり、要求に安易に応じることはその趣旨を没却する |
4 外国人労働者への安全教育も大きな問題になった

本件判決でもう一つ重要なのが、外国人労働者に対する安全衛生教育の問題です。
■ 原告の日本語能力
- 事故当時から現在まで、日本人と日本語で会話することはほとんどできない
- 日本語の文字を読むこともできない状態
■ 実際の「教育」の実態
- 先に働いていたベトナム人従業員から5分程度の実演を受けただけ
- 会社は日本語の安全衛生教育書籍を食堂に置いていたが、日本語が読めない原告には意味がない
■ 裁判所の判断
安衛則35条1項に基づき、会社には雇入れ時に「機械の危険性・取扱方法・作業開始前の点検等」について安全衛生教育を行う義務があり、原告が理解できるベトナム語教材などを用いた教育が行われていなかったことは義務違反と判断。
⚠ 実務上の注意点
外国人労働者を雇用する企業は、以下だけでは不十分とされます。
- 「先輩が教えた」
- 「日本語のマニュアルを置いていた」
- 「毎朝ミーティングをしていた」
→ 労働者本人が理解できる言語・方法で、危険性・操作方法・点検方法・禁止事項を具体的に説明しなければ、安全配慮義務違反と評価される可能性があります。
■ 本判決で問題となった主な安全管理上のポイント
| 項目 | 会社側に求められる対応 | 本件で問題となった点 |
| 安全装置 | 設置するだけでなく、有効に作動する状態を維持する | 安全装置の電源が切られていたと推認された |
| キースイッチの鍵 | 作業主任者に適切に保管させる | 保管者でない従業員でも使用できる状態だった |
| 安全教育 | 機械の危険性、取扱方法、点検方法を具体的に教える | 5分程度の実演だけで十分な教育とはいえなかった |
| 外国人労働者への説明 | 本人が理解できる言語・方法で教育する | 日本語資料のみで、ベトナム語教材等は使われていなかった |
| 作業環境 | 急がせる指示や無理な作業状況を避ける | 400個の商品を急いでプレスするよう指示されていた |
5 安全配慮義務違反と事故との因果関係

裁判所は、会社の安全配慮義務違反と事故との間に因果関係があると判断しました。
✔ 安全装置のキーを適切に保管していれば → 第三者が電源を切ることができず → 安全装置が機能していた
✔ 安全操作方法の教育を実施していれば → 安全装置の作動確認や危険回避手順を原告が理解できていた
本件事故は偶然の不運ではなく、安全装置の管理と安全教育という2つの基本的な安全対策が不十分だったことによって発生した事故と評価されました。
6 それでも原告には2割の過失相殺がされた

裁判所は、原告にも一定の過失を認め、2割の過失相殺を行いました。
■ 過失相殺の根拠
- 事故まで約8か月間プレス機を操作しており、危険は認識していた
- フットスイッチを踏めばプレス機が作動し、手を入れていれば挟まれる危険があること自体は理解していた
■ なぜ2割にとどまったか
- 急いで作業していた原因が会社側の指示にあったこと
- 危険性や点検方法について十分な説明を受けていたとは評価できないこと
- 外国人労働者である原告に対して理解可能な方法で安全教育がされていなかったこと
労災事故では、労働者の不注意だけを切り取るのではなく、なぜその不注意が生じたのか(会社の指示・作業スピード・安全教育・機械管理状況)を総合的に見る必要があります。
7 損害額について

■ 認定された損害の概要
| 損害項目 | 内容 |
| 入通院慰謝料 | 225万円 |
| 後遺障害慰謝料 | 280万円(12級9号相当) |
| 後遺障害逸失利益 | 年収300万円、喪失率14%、喪失期間33年で算定 |
| 損害小計 | 1,498万5,247円 |
| 過失相殺(20%)控除・労災控除後+弁護士費用 | 会社への支払命令:1,029万2,894円 |
重要:労災保険から給付を受けていても、それで全てが終わるわけではありません。慰謝料や一部の損害については、会社への損害賠償請求が別途可能な場合があります。
8 この判例から分かる実務上のポイント

ポイント① 安全装置は「設置して終わり」ではない
安全装置が存在していても、電源を切ることができる鍵が誰でも使える状態であれば、事故防止機能は大きく損なわれます。作動状態の維持と無断解除防止のための管理が必要です。
ポイント② 外国人労働者への安全教育は理解できる方法で
日本語が読めない労働者に日本語の資料を置いておくだけでは不十分です。誰が、いつ、どの内容を、どの程度説明したのかが記録化されていなければ、後に「十分な教育をした」と立証することは困難です。
ポイント③ 作業を急がせる指示は事故リスクを高める
作業スピードを上げるよう求めるのであれば、その分、安全確認が省略されないような仕組みを作らなければなりません。
ポイント④ 労災保険給付後も会社への追加請求ができる場合がある
労災保険は被害者救済の重要な制度ですが、会社の安全配慮義務違反がある場合、慰謝料や逸失利益などについて、会社への損害賠償請求を検討する余地があります。
9 工場でプレス機事故に遭った場合に確認すべきこと

■ 事故時の機械の状態
- 安全装置は設置されていたか・作動していたか
- 電源は入っていたか
- キースイッチや解除スイッチは誰が管理していたか
- 自主検査記録はあるか
■ 安全教育の内容
- 雇入れ時にどのような教育を受けたか
- 作業変更時に説明があったか
- 外国人労働者であれば母語での説明があったか
- マニュアルや教育記録が残っているか
■ 事故当日の作業状況
- 急ぎの指示・ノルマがあったか
- 作業量が過大だったか
- 周囲に監督者がいたか
■ 治療経過と後遺障害資料
- 指の可動域制限・神経損傷・痛み・しびれ・握力低下の有無
- 医師の診断書、画像、可動域測定
- 労災の障害認定資料
10 まとめ

大阪地裁令和6年7月31日判決は、工場内のプレス機事故について、会社の安全配慮義務違反を認めた重要な裁判例です。
裁判所は、安全装置が取り付けられていたこと自体は認めながらも、安全装置の電源を切るキースイッチのキーが適切に管理されていなかったことを重視し、会社の責任を認めました。
また、ベトナム国籍の原告に対して会社が原告の理解できる方法で安全衛生教育を行っていなかった点も、安全配慮義務違反として評価されています。
プレス機に指を挟まれた、機械に手を巻き込まれた、安全装置が作動しなかった、外国人労働者として十分な説明を受けないまま危険作業をしていたという場合には、労災保険だけでなく、会社に対する損害賠償請求を検討すべきです。
早い段階で証拠を確保し、事故状況、安全教育の内容、機械の管理状況、後遺障害の有無を整理することが重要です。
参考判例
大阪地方裁判所令和6年7月31日判決・令和3年(ワ)第8444号・損害賠償請求事件(LLI/DB判例秘書 L07950795)
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
グリーンリーフ法律事務所は、埼玉県さいたま市大宮区に拠点を置き、創立35年以上の歴史を持つ法律事務所です。交通事故・労災・相続・債務整理など幅広い分野で、地域の皆様の法的問題に真摯に向き合ってまいりました。労災事故でお困りの方は、まずはお気軽にご相談ください。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 申 景秀
労災(労働災害)
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属。
獨協大学法科大学院を卒業し、司法試験を70番台という高順位で合格。札幌での司法修習を経て、現在は労災(労働災害)分野に注力している。会社側への損害賠償請求や後遺障害等級認定、労基署への申請等、数多くの複雑な事案に対応。緻密な法的思考と事故態様の詳細な分析に基づき、被災労働者の正当な補償と権利擁護の実現に尽力している。迅速かつ粘り強い対応で、依頼者の信頼も厚い。






