労災・公務災害で自殺が問題となる場合過労自死と業務起因性・安全配慮義務を弁護士が解説

※本記事は、さいたま市大宮区にある弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の弁護士が、労災・損害賠償の実務経験をもとに執筆しています。

過労自死の事案は、労災・公務災害の中でも、とくに重い問題です。ご本人が亡くなっているため、事故直後の説明を本人から聞くことはできません。残されたご家族は、深い悲しみの中で、勤務実態、上司とのやり取り、長時間労働、本人の様子、医療記録、スマートフォンのメッセージなどを一つずつ確認しなければなりません。

さらに、会社や自治体側からは、「本人の性格の問題ではないか」「業務以外にも原因があったのではないか」「自殺までは予見できなかった」などと反論されることがあります。そのため、過労自死の事件では、単に長時間労働があったというだけでなく、その業務が精神障害を発病させるほど過重であったか、その精神障害が自殺につながったか、使用者側が業務の過重性を認識できたかを、証拠に基づいて丁寧に組み立てる必要があります。

1 取り上げる裁判例の概要

1 取り上げる裁判例の概要

今回取り上げるのは、熊本地方裁判所令和6年12月4日判決です。警察署の刑事課に所属していた若い警察官が、過重な業務によりうつ病エピソードを発病し、自殺に至ったとして、遺族が熊本県に対し国家賠償法1条1項等に基づく損害賠償を求めた事案です。

亡くなった警察官は、平成5年生まれで、自殺当時24歳でした。平成24年に熊本県警察に入職し、平成29年3月31日に玉名警察署の刑事課捜査第一係に配属され、強行犯捜査に従事することになりました。本人はもともと刑事課勤務を希望しており、配属直後には「捜査が楽しい」と話していた時期もありました。

しかし、刑事課に配属された後、業務量は急激に増えました。平成29年4月から8月までの時間外労働時間数は、当直勤務を除いても、4月80時間25分、5月96時間40分、6月71時間、7月143時間、8月88時間30分でした。さらに本件で重要なのは、当直勤務を含めて労働時間を評価した点です。当直勤務を含む時間外労働時間数は、4月4日から5月3日まで159時間10分、5月4日から6月2日まで143時間25分、6月3日から7月2日まで148時間15分、7月3日から8月1日まで185時間30分、8月2日から8月31日まで149時間30分に達していました。

本人は、交際相手であった同僚に対し、6月頃から、職場で怒られて落ち込んだこと、上司との人間関係に悩んでいること、書類作成の仕事がたまっていることなどをメッセージで送るようになりました。7月には「最近0時過ぎに帰るのが普通になっててやばいです」といった趣旨のメッセージを送り、8月には仕事量が自分で処理できる範囲を超えていることを訴えています。9月には「明日が見えない」「仕事して無いから爆発しそうです」といった内容もあり、判決は、こうしたメッセージや周囲の状況を重視しました。

平成29年9月11日、本人は出勤せず、九州自動車道のサービスエリア内の駐車場で死亡しているところを発見されました。車内からは七輪や練炭等が発見され、死因は一酸化炭素中毒、自殺と診断されました。

2 争点は何だったのか

2 争点は何だったのか

この裁判の大きな争点は、第一に、自殺と業務との間に因果関係があるか、第二に、県側に注意義務違反、すなわち安全配慮義務違反があるか、第三に、損害額をどう算定するかでした。

過労自死の事案では、労災または公務災害として認定されたとしても、それだけで当然に民事上の損害賠償責任が認められるわけではありません。労災・公務災害は補償制度であり、民事損害賠償は使用者側の違法性や注意義務違反を問題にする制度です。そのため、遺族が使用者や自治体に損害賠償を求める場合には、業務起因性に加え、使用者側がどのような義務を負い、それに違反したのかを主張立証する必要があります。

本件では、地方公務員災害補償基金がすでに公務上の災害と認定していました。ただし、県側は、当直勤務を時間外労働に含めるべきではない、本人の精神障害の発病は明らかではない、合コンに参加していたことはうつ病エピソードと矛盾する、薬剤やアルコールなど業務外の要因があった可能性がある、面接指導で本人が仕事負担度を低く申告していた、などと主張しました。

3 裁判所が示した判断枠組み

3 裁判所が示した判断枠組み

裁判所は、労働者が精神障害にかかり自殺した場合、業務と自殺との因果関係を判断するには、精神障害が業務に起因して発病したか、そして自殺がその精神障害の症状に起因して行われたかを検討すべきだとしました。

判決は、次のような趣旨を述べています。

労働者の置かれた具体的状況を踏まえ、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的にみて精神障害を発病させる程度に過重であるときは、特段の事情がない限り、精神障害の発症とこれを原因とする自殺は、当該業務に内在する危険が現実化したものといえる、という考え方です。

この判断枠組みは実務上重要です。過労自死の事件では、「自殺」という本人の行為が介在しているため、使用者側から「自殺は本人の意思によるものではないか」と反論されることがあります。しかし、過重業務によって精神障害を発病し、その精神障害の影響で正常な判断能力が著しく損なわれて自殺に至ったのであれば、業務に内在する危険が現実化したものとして、因果関係が認められ得ます。

また、裁判所は、公務災害の認定基準について、自殺と業務の因果関係に関する見地や精神障害に関する医学的知見に照らして一定の合理性があるとして、業務の過重性を判断するにあたり、その内容を斟酌するのが相当であるとしました。もっとも、認定基準は機械的なチェックリストではありません。あくまで、本人の職務内容、経験、異動後の状況、労働時間、当直の実態、メッセージ、周囲の証言、業務外要因の有無などを総合して判断することになります。

4 当直勤務を労働時間に含めた点

4 当直勤務を労働時間に含めた点

本件で特に重要なのは、当直勤務の時間を、業務起因性判断の基礎となる時間外労働時間に含めた点です。

県側は、当直勤務は断続的労働として人事委員会の許可を得ており、業務負荷の低い勤務で、仮眠時間もあるから、時間外労働時間に算入すべきではないと主張しました。これに対し、裁判所は、当直勤務の業務内容が、電話対応、窓口対応、警察事象の処理、庁舎警戒等であることを踏まえ、当直業務に対応する時間は使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、時間外労働時間に当たると判断しました。

さらに、当直業務に対応していない時間についても、休憩時間や仮眠時間であるかどうかを問わず、警察事象が発生すれば直ちに対応すべき義務がありました。実際、本人の当直勤務中には、CPA事案、変死、火災、窃盗、行方不明、相談事案など、多数の警察事象が発生していました。裁判所は、このような頻度や内容を踏まえ、少なくとも第三次支給決定で除外された休憩1時間を除いては、労働からの解放が保障されていなかったと判断しました。

この点は、警察官に限らず、宿直、当直、オンコール、待機勤務、名ばかり休憩が問題となる労災事件でも参考になります。形式上は「休憩」「仮眠」「待機」とされていても、実際にはいつ呼び出されるかわからず、対応義務から解放されていない場合には、労働時間として評価される可能性があります。

5 精神障害の発病と業務起因性

5 精神障害の発病と業務起因性

裁判所は、医師の意見を踏まえ、本人が遅くとも8月末までにICD-10のF32「うつ病エピソード」を発病したと認めました。重要なのは、本人が自殺直前に合コンに参加していたことをもって、うつ病発病を否定しなかった点です。

県側は、合コンに参加していたのであれば、抑うつ気分、興味と喜びの喪失、易疲労性といったうつ病エピソードの症状と矛盾すると主張しました。しかし、裁判所は、うつ病にり患した人が、周囲に不調を気取られないように笑顔で対応することはあり得るとし、合コン参加という一場面だけで、精神障害の発病を否定することはできないと判断しました。

これは実務上非常に大切です。過労自死の事件では、使用者側から「直前まで普通に働いていた」「飲み会に参加していた」「笑っていた」「冗談を言っていた」などと主張されることがあります。しかし、精神障害を抱える人が、常に外見上明らかに異常な様子を示すとは限りません。むしろ、真面目で責任感が強い人ほど、周囲に不調を見せないまま限界に達することがあります。

本件では、本人に不倫、借金、ギャンブル等によるトラブルや非違行為は確認されていませんでした。また、精神障害の既往歴もなく、健康診断でも異常所見はありませんでした。その一方で、刑事課配属後に長時間労働が続き、書類作成の負担や上司から叱責されたことへの落ち込み、将来への不安を示すメッセージが増えていました。裁判所は、こうした事情を総合し、刑事課の業務により精神障害を発症し、自殺に至ったと判断しました。

6 県側の注意義務違反

6 県側の注意義務違反

裁判所は、最高裁平成12年3月24日判決、いわゆる電通事件の考え方を踏まえ、使用者は、労働者に業務をさせるにあたり、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積し、心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとしました。

そして本件では、本人の時間外労働の具体的状況は、精神障害を発症させる程度の心理的負荷を与えるものであり、上司である刑事課長等は、その立場上、当直勤務を含む時間外労働時間数を当然に認識し、または容易に認識し得たと判断しました。それにもかかわらず、時間外労働時間数を削減するなどして業務の過重性を解消する措置を講じていなかったため、注意義務違反を認めました。

ここで重要なのは、裁判所が、具体的な自殺の予見まで必要とはしていない点です。県側は、本人が面接指導で仕事負担度を「0点」と記入し、医師の面接を希望していなかったことなどを指摘しました。しかし、裁判所は、長時間労働が続けば心身の健康を損なうおそれがあることは周知であり、自殺はその具体的発現の一態様であるとしました。使用者が注意義務を負う前提としては、労働者が過重な業務に従事し、その結果、心身の健康を損なうおそれがあることを認識し、または認識し得れば足りると判断しています。

つまり、「本人が大丈夫と言っていた」「産業医面談を希望しなかった」「職場では普通に見えた」というだけでは、使用者側は責任を免れません。長時間労働の実態を把握できる立場にある以上、客観的な労働時間や業務量を確認し、必要に応じて業務量を減らす、人員を調整する、当直負担を見直す、書類作成を支援するなど、実効的な措置を講じる必要があります。

7 損害額と過失相殺・素因減額

7 損害額と過失相殺・素因減額

裁判所は、死亡逸失利益として4840万3874円、死亡慰謝料及び遺族固有の慰謝料として合計2440万円、葬儀費用150万円などを認めました。その上で、公務災害補償として支給された遺族補償一時金や葬祭料については損益相殺の対象としましたが、遺族特別支給金、遺族特別援護金、遺族特別給付金については、福祉事業の一環として支給されるものであり、不法行為による損害の填補とはいえないとして、損益相殺の対象外としました。

県側は、薬剤の服用状況や面談時の説明内容を根拠に、過失相殺または素因減額を主張しました。しかし、裁判所は、薬剤の服用が自殺を惹起したとは認められないこと、本人の面談時の説明内容が上司らの認識可能性を減殺するものとはいえないことから、過失相殺・素因減額を否定しました。

この判断も実務上重要です。過労自死の事件では、会社側から、本人の性格、睡眠薬、飲酒、家庭問題、恋愛問題、金銭問題などが持ち出されることがあります。もちろん、業務外要因が明確に存在し、それが自殺に大きく影響している場合には、因果関係や減額の問題になります。しかし、抽象的に「性格が真面目だった」「薬を持っていた」「不調を申告しなかった」というだけでは、過重業務による責任を当然に減らすことはできません。

8 この判決から学ぶ実務上のポイント

8 この判決から学ぶ実務上のポイント

第一に、過労自死の事件では、労働時間の把握が決定的に重要です。通常の出退勤記録だけではなく、パソコンの稼働時間、メール送信時刻、LINEやチャット、業務日誌、当直日誌、警察事象・事故対応の記録、電話履歴、入退館記録など、実際の拘束状況を示す資料を集める必要があります。

第二に、当直・宿直・待機時間の実態を確認することが重要です。形式上は休憩や仮眠とされていても、実際には業務対応のために拘束されていた場合、労働時間として評価される可能性があります。本件でも、当直勤務中の警察事象への対応義務や、仮眠時間帯にも業務を続けていた実態が重視されています。

第三に、本人のメッセージや周囲への発言は非常に重要な証拠になります。過労自死では、本人が医療機関を受診していないケースも少なくありません。その場合、精神障害の発病時期や症状を直接示す診療録がないため、家族や同僚へのメッセージ、表情、睡眠状況、食欲、疲労感、仕事への不安、希死念慮をうかがわせる発言などを丁寧に整理する必要があります。

第四に、「普通に見えた」という反論に対しては慎重に対応する必要があります。精神障害を発病していても、周囲に悟られないように振る舞うことはあります。自殺直前の一場面だけを切り取って、業務起因性を否定することはできません。

第五に、労災・公務災害認定と民事損害賠償は、関連しつつも別の手続きです。労災・公務災害が認定されれば、業務起因性を示す強い事情になりますが、民事賠償では、安全配慮義務違反、損害額、損益相殺、過失相殺などが別途問題になります。逆に、労災で不支給になった場合でも、民事訴訟で別の証拠に基づいて争う余地が残ることもあります。

9 ご家族が早期に確認すべき資料

9 ご家族が早期に確認すべき資料

過労自死が疑われる場合、ご家族が早期に確認すべき資料としては、勤務表、タイムカード、出退勤記録、パソコンログ、業務日誌、当直日誌、メール、チャット、LINE、スマートフォン内のメモ、本人の日記、給与明細、残業代の支給状況、産業医面談記録、健康診断結果、上司とのやり取り、同僚の証言などがあります。

また、本人が亡くなる前にどのような変化を示していたかも重要です。眠れない、食欲が落ちる、疲れたと言う、仕事に行きたくないと言う、涙もろくなる、休日に何もできない、趣味に関心を示さなくなる、将来に悲観的な発言をする、職場からの連絡に過度に怯える、といった事情は、精神障害の発病や悪化を示す重要な手がかりになります。

ただし、ご家族だけで勤務実態を調査するのは限界があります。会社や自治体が資料を任意に開示しない場合もありますし、どの資料を請求すべきか、どの順番で進めるべきかを誤ると、重要な証拠を取り逃がすおそれもあります。できるだけ早い段階で、労災・損害賠償に詳しい弁護士に相談することが重要です。

10 まとめ

10 まとめ

過労自死の事件では、「自殺」という結果の重さから、遺族が声を上げること自体に大きな負担があります。しかし、長時間労働や過重な業務によって精神障害を発病し、その影響で自殺に至った場合、それは単なる本人の問題ではなく、業務に内在する危険が現実化したものとして、労災・公務災害や民事上の損害賠償責任が問題になります。

本件判決は、当直勤務を含めた実質的な労働時間、本人の経験や異動後の業務負担、メッセージに表れた精神状態、業務外要因の不存在、上司による長時間労働の認識可能性を丁寧に検討し、業務起因性と県の注意義務違反を認めました。形式上の勤務記録や本人の「大丈夫」という申告だけでなく、実態を見て判断する姿勢が示された判決といえます。

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所にご相談ください

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弁護士法人グリーンリーフ法律事務所では、労災・過労死・過労自死・業務上災害に関するご相談をお受けしています。過労自死の事案では、労災申請、公務災害認定、会社や自治体への損害賠償請求、証拠保全、関係者からの聞き取り、損害額の算定など、早い段階からの準備が結果を大きく左右します。

ご家族だけで抱え込む必要はありません。「長時間労働があったのではないか」「当直や休日対応が多かった」「亡くなる前に仕事の悩みを話していた」「労災申請をすべきか分からない」という段階でも、相談する価値があります。事実関係を整理し、どの資料を集めるべきか、どの手続を選択すべきかを一緒に検討します。

労災・過労自死の問題でお悩みの方は、弁護士法人グリーンリーフ法律事務所までご相談ください。ご本人が残した声を法的な形に整理し、適正な補償と責任追及に向けて、実務的にサポートいたします。

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。

また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。労災分野では労災事故と後遺障害に集中特化した弁護士チームが、ご相談から解決まで一貫してサポートいたします。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 申 景秀
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