建設現場の墜落死亡事故で、元請・下請はどこまで責任を負うのか労災死亡事故における安全配慮義務と損害賠償を弁護士が解説

※本記事は、労災事故・建設現場事故における損害賠償請求を検討している方に向けて、東京地方裁判所令和6年9月12日判決を素材として、元請・下請・雇用主の責任、過失相殺、労災給付の損益相殺を整理するものです。

本記事は、さいたま市大宮区にある、埼玉県内でトップクラスの弁護士法人グリーンリーフ法律事務所の労災集中チームの弁護士が執筆しています。

はじめに:労災事故でも、会社や元請への損害賠償請求が問題になる

はじめに:労災事故でも、会社や元請への損害賠償請求が問題になる

建設現場での墜落事故は、労働災害の中でも死亡や重度後遺障害につながりやすい重大事故です。労災保険から遺族補償年金や葬祭料が支給される場合でも、それだけで被害者側の損害がすべて填補されるとは限りません。むしろ、現場の安全管理に問題があった場合には、雇用主、元請、下請などに対し、別途、民事上の損害賠償請求を検討する必要があります。

今回取り上げる東京地裁令和6年9月12日判決は、マンション新築工事の作業中、とび職の作業員が高所から墜落して死亡した事案です。裁判所は、直接の雇用主だけでなく、元請業者と、実質的に作業を進めさせた下請業者にも損害賠償責任を認めました。他方で、請負階層に入っていた別の業者については責任を否定しています。

この判断は、労災事故の損害賠償実務において非常に参考になります。なぜなら、労災事故では「誰を相手に請求できるのか」が最初の大きな争点になるからです。直接雇用主だけでは十分な資力がない場合、元請や上位下請の責任を追及できるかどうかが、被害者・遺族の回復に大きく影響します。

本件事故の概要

本件事故の概要

本件は、マンション新築工事現場で、29歳のとび職の作業員が、建て入れ作業中に墜落して死亡した事故です。判決文によれば、事故当時、4階床面部分の高さは地上から約7.42mでした。床板はまだ設置されておらず、梁と梁の間にはデッキ板が渡されていましたが、安全ネットや親綱は設置されていませんでした。

【引用1】

本判決は、事故当時の現場について、「4階床面部分の高さは地上から約7.42m」であり、「転落防止用の安全ネットは張られていなかった」、「作業員が安全帯を装着するための親綱も取り付けられていなかった」と認定しています。

この事実関係だけでも、現場の危険性は明らかです。高さ2mを超える場所で墜落の危険がある作業を行わせる場合、足場、作業床、安全ネット、墜落制止用器具、その取付設備などの措置が問題になります。本件では、その基本的な墜落防止措置が整っていないまま作業が進められていました。

請負関係の整理:誰がどの立場だったのか

請負関係の整理:誰がどの立場だったのか

建設現場の労災事故では、請負関係が複雑です。本件でも、元請、一次下請、二次下請、個人事業主、雇用労働者が関係していました。判決の理解には、まず当事者の位置付けを整理することが必要です。

立場当事者裁判所の結論
元請Y1責任あり。特定元方事業者として安全仮設の設置を監視し、未設置なら工事を中断してでも設置させる義務あり。
一次下請Y4責任なし。現場での具体的な監督・危険認識が認められず、関与は間接的にとどまる。
下請・作業進行側Y2責任あり。安全仮設の問題を認識しながら、下請作業員に高所作業を求めた。
直接雇用主Y3責任あり。安全仮設がないことを知りながら亡Aを作業に従事させた。
被災労働者亡A過失相殺なし。デッキ板上の移動やフルハーネス不使用を落ち度とは評価しなかった。

このように、本判決は、請負階層にいる全員の責任を機械的に認めたわけではありません。裁判所は、それぞれの業者が、現場の危険をどの程度認識していたのか、作業をどの程度支配・管理していたのか、安全仮設の設置にどのように関与していたのかを具体的に見ています。

直接雇用主Y3の責任:危険を知りながら作業させた責任

直接雇用主Y3の責任:危険を知りながら作業させた責任

まず、亡Aを雇用していたY3については、責任肯定は比較的明確です。Y3は、亡Aの雇用主として、雇用契約上も不法行為法上も、労働者の生命・身体の安全を確保する義務を負います。

本件では、高所作業であるにもかかわらず、安全ネットも親綱もありませんでした。Y3はその状況を認識していました。それにもかかわらず、亡Aを作業に従事させたため、裁判所は民法709条に基づく不法行為責任を認めています。

【引用2】

本判決は、Y3について、「安全仮設がなければ作業員の生命・身体に重大な危険が及ぶことは明らか」としたうえで、Y3には「亡Aの安全を確保すべき注意義務」があったと判示しています。

被告Y3は、亡Aの雇用者という立場にあり、本件事故当日において亡Aを上記鉄骨組立て工事(そのうちの建て入れ作業)に従事させたのであるから、被告Y3には、亡Aに対し、雇用契約上はもとより不法行為法上も、亡Aの安全を確保すべき注意義務があったというべきである。それにもかかわらず、被告Y3は、本件現場に安全仮設が設置されていないことを認識しながら、亡Aが上記作業に従事するのを回避せずにそのまま上記のとおり従事させた

労災事故の実務では、雇用主が「元請が安全設備を用意しなかった」「自分は下請で立場が弱かった」と主張することがあります。しかし、雇用主である以上、労働者を危険な作業に就かせないという義務から自由にはなれません。安全仮設がないのであれば、作業を中止する、元請に改善を求める、労働者を入場させないなどの対応が必要になります。

Y2の責任:直接雇用主でなくても責任を負う場合がある

Y2の責任:直接雇用主でなくても責任を負う場合がある

本判決で特に重要なのは、Y2の責任を認めた点です。Y2は亡Aの直接の雇用主ではありません。しかし、Y2は本件現場に取締役を派遣し、危険予知ミーティングを行い、安全仮設資材に問題があることを認識していました。また、Y1に対して代替資材の手配を提案するなど、安全仮設に関する問題を具体的に把握していました。

それにもかかわらず、Y2は、安全仮設がないまま下請作業員らに高所作業を求めました。裁判所は、Y2が安全仮設の設置作業を請け負っていたとも認定し、作業員らとの関係で、安全仮設が設置されるまで作業を回避させる義務を認めました。

【引用3】

本判決は、Y2について、下請作業員らを「事実上、同被告による高所作業の求めに抗えない関係に置いていた」と評価し、「安全仮設が適切に設置されるまで作業を回避させるなどの注意義務」があったと判示しています(同判決7頁)。

被告Y2は、本件現場において、その下請作業員らから出されていた安全仮設がないままで高所作業を行わされるといった状況の改善についての要望に応える立場にありつつ、その下請作業員らを、事実上、同被告による高所作業の求めに抗えない関係に置いていたとみるべきである。そうすると、被告Y2には、その下請作業員らとの関係では、安全仮設が適切に設置されるまで作業を回避させるなどの注意義務があったというべきである。

この部分は、労災損害賠償の実務上、非常に重要です。直接の雇用契約がなくても、現場で作業を実質的に進める立場にあり、危険を認識しながら作業を続けさせた場合には、不法行為上の注意義務が認められる可能性があります。「特別な社会的接触関係」が認められたという事になります。

特に建設現場では、作業員は元請や上位下請の指示・工程管理に逆らいにくい立場にあります。「危ないので今日は作業しません」と現場の作業員が単独で判断することは、現実には簡単ではありません。本判決は、その現場実態を踏まえて、作業員が抗えない関係に置かれていたかどうかを重視したものといえます。

元請Y1の責任:特定元方事業者として、工事を止めてでも安全確保すべき義務

元請Y1の責任:特定元方事業者として、工事を止めてでも安全確保すべき義務

Y1は本件工事の元請です。裁判所は、Y1が労働安全衛生法15条1項の特定元方事業者に当たるとしたうえで、関係請負人とその労働者が安衛法令に違反しないよう必要な指導を行う義務、同一場所での作業による労働災害を防止するための措置を講じる義務を整理しています。

そのうえで、裁判所は、高所作業を伴う建築工事において墜落防止措置を講じることは、事業者として最も基本的かつ必須のものだと述べました。そして、元請Y1には、関係請負人が安全仮設を設置したかを監視し、設置されていなければ工事を中断してでも設置させる義務があると判断しています。

【引用4】

本判決は、Y1について、「高所作業を伴う建築工事において作業員の墜落事故を防止する措置を講ずることは、当該工事の事業者として最も基本的でかつ必須」と判示しています(同判決8頁)。

【引用5】

さらに本判決は、Y1には「工事を中断しても関係請負人に対してその設置をさせる注意義務」があったと判示しています(同判決8頁)。

この「工事を中断しても」という部分は、非常に重い意味を持ちます。元請は、工程やコストを理由に、安全仮設の未設置を放置することはできません。高所作業における墜落防止措置は、工程より優先されるべき基本的義務です。

元請側は、「安全仮設資材は置いていた」「下請に指示していた」と主張することがあります。しかし、本判決は、現場に資材を置いたかどうかではなく、実際に安全仮設が設置され、作業員が安全に作業できる状態になっていたかを問題にしています。安全対策は、書面上・口頭上の指示だけでは足りず、現場で機能している必要があるということです。

Y4の責任が否定された理由

Y4の責任が否定された理由

一方、本判決はY4の責任を否定しています。ここは、責任主体を検討するうえで重要です。Y4は請負階層に入っていましたが、裁判所は、Y4が専ら鉄骨の製作と搬入を行い、それ以外の作業は安全仮設の設置作業も含めて下請に出していたと認定しました。また、Y4の代表者が現場で鉄骨建ち上げ作業を監督していたとも認めませんでした。

【引用6】

本判決は、Y4について、安全仮設がない状況で高所作業が行われる危険に関しては、「2次下請となる被告Y2等を通じた間接的な関与があったにとどまる」と判示しています(同判決7頁)。

つまり、労災事故に関係する請負業者だからといって、当然に全員が責任を負うわけではありません。責任を認めるには、現場への具体的関与、危険状態の認識、作業指示・監督、作業員との実質的支配関係などが必要です。

この点は、原告側にとっても重要です。請求相手を広げること自体は検討すべきですが、関係者全員を漫然と被告にすればよいわけではありません。誰が現場で安全管理を担っていたのか、誰が作業を止められたのか、誰が危険を知っていたのかを、証拠に基づいて具体的に組み立てる必要があります。

過失相殺が否定された点も重要

過失相殺が否定された点も重要

被告らは、亡Aにも落ち度があるとして、9割程度の過失相殺を主張しました。具体的には、亡Aが安定した梁の上ではなくデッキ板の上を移動したこと、雨で滑りやすかったこと、フルハーネスのフックを掛けていなかったことなどを問題にしました。

しかし、裁判所は過失相殺を否定しました。梁の幅は12.5cmから20cmであったのに対し、デッキ板の幅は61cmありました。親綱がない状況で、梁の上を移動する方がデッキ板上を移動するより安全だったとはいえないと判断したのです。

【引用7】

本判決は、デッキ板上の移動について、「梁の上を移動する方がデッキ板を使って移動するよりも安全であったとはいえない」と判示しています(同判決8頁)。

また、フルハーネスのフックについても、裁判所は、作業時における墜落防止措置であって、移動時にフックを使用しなかったことを落ち度とは評価できないとしました。

【引用8】

本判決は、亡Aについて、「自ら採るべき墜落防止措置を怠る落ち度があったということはできず」と判断しています(同判決8頁)。

この判断は、労災事故の被害者側にとって実務上使いやすい部分です。高所作業中の事故では、会社側から「本人が注意すれば防げた」「安全帯を使っていなかった」「危ない場所を歩いた」という主張が出されることがあります。しかし、そもそも安全仮設がなく、労働者が危険な環境に置かれていた場合には、労働者側の過失を安易に認めるべきではありません。

損害額と労災給付の損益相殺

損害額と労災給付の損益相殺

本判決では、亡Aの逸失利益、死亡慰謝料、近親者慰謝料、葬儀費用、入院費用が認定されています。逸失利益については、亡Aが事故当時29歳であったことから、賃金センサス令和3年男性高校卒全年齢478万7400円を基礎収入とし、生活費控除率30%、67歳まで38年のライプニッツ係数22.4925を用いて、7537万6416円と算定されました。

死亡慰謝料は2600万円、近親者慰謝料は妻と子に各100万円、葬儀費用は150万円、入院費用は56万1675円です。

労災給付との関係では、妻が受領した葬祭料72万1320円と遺族補償年金606万2091円が、それぞれ葬儀費用と逸失利益の損害填補に充てられるとして控除されました。

本判決は、葬祭料と遺族補償年金について、「それぞれ葬儀費用及び逸失利益の損害の填補に充てられたと解するのが相当」と判示しています(同判決9頁)。

一方で、遺族特別支給金と労災就学等援護費については、控除されませんでした。

また、本判決は、遺族特別支給金及び労災就学等援護費について、「各損害を填補する性質を有するということはできない」として、損害から控除できないと判断しています(同判決9頁)。

この点は、労災事件では非常に重要です。労災保険から支給されるものには、民事損害賠償上の損害を填補する性質を持つものと、そうでないものがあります。特別支給金は、民事賠償から控除されないものとして扱われるのが基本です。保険会社や使用者側から控除を主張された場合には、給付の性質を正確に分けて反論する必要があります。

本判決から見える労災損害賠償の実務ポイント

本判決から見える労災損害賠償の実務ポイント

本判決からは、労災死亡事故の損害賠償請求において、少なくとも次のポイントが重要であることが分かります。

第一に、労災保険だけで終わらせないことです。労災保険は重要な制度ですが、慰謝料や弁護士費用相当額、損害全体を完全に填補するものではありません。安全配慮義務違反や不法行為が認められる場合には、民事損害賠償請求を検討する必要があります。

第二に、責任主体を丁寧に洗い出すことです。直接雇用主だけでなく、元請、上位下請、現場監督者、作業主任者、安全管理担当者などの関与を確認する必要があります。特に建設現場では、形式上の雇用主と、実際に現場を動かしていた者が異なることがあります。

第三に、現場の危険状態を具体的に証拠化することです。本件では、安全ネット、親綱、安全仮設資材の不備、現場関係者間のやり取り、事故後の労基署の命令、亡Aが妻に送ったLINEなどが重要な資料になっています。事故直後から、写真、作業計画書、KY活動記録、施工体制台帳、作業日報、LINE・メール、労基署資料などを保全することが不可欠です。

第四に、過失相殺の主張に安易に譲歩しないことです。労災事故では、被災労働者が危険な作業をしていたように見える場合でも、その背景に、会社側が安全設備を用意しなかった、工程を優先して作業を止めなかった、作業員が逆らいにくい関係にあった、という事情があることが少なくありません。

第五に、労災給付の損益相殺を正確に整理することです。遺族補償年金や葬祭料は対応する損害から控除され得ますが、特別支給金や労災就学等援護費は控除されない場合があります。ここを誤ると、請求額や和解額に大きな差が生じます。

遺族が早期に確認すべき資料

建設現場の死亡労災で損害賠償請求を検討する場合、早期に次の資料を確認することが重要です。

  • 労働基準監督署の災害調査資料、是正勧告書、使用停止等命令書
  • 施工体制台帳、再下請通知書、請負契約書、注文書、発注書
  • 作業計画書、鉄骨工事計画書、安全衛生計画書
  • KY活動記録、作業日報、新規入場者教育資料
  • 現場写真、防犯カメラ映像、事故直後の写真
  • 被災者本人のLINE、メール、通話記録、同僚の証言
  • 労災保険給付の支給決定通知、年金証書、特別支給金の資料
  • 葬儀費用、医療費、収入資料、扶養関係資料

特に、元請や上位下請の責任を追及する場合には、「現場の危険を知っていたか」「安全対策を指示・実施できる立場にあったか」「作業を止める権限や事実上の力があったか」を示す資料が重要になります。

まとめ:労災事故では、労災保険と民事賠償を分けて考える

まとめ:労災事故では、労災保険と民事賠償を分けて考える

本判決は、建設現場の墜落死亡事故について、元請、作業を実質的に進めた下請、直接雇用主の責任を認め、他方で関与が間接的にとどまる業者の責任を否定しました。責任判断の分かれ目は、単に請負関係に入っていたかではありません。現場への関与、危険の認識、作業指示、安全仮設設置への関与、作業員との実質的な支配関係が重要です。

また、本判決は、労働者側の過失相殺を否定し、労災給付についても、控除されるものと控除されないものを区別しています。この点は、遺族側の損害賠償請求において実務的価値が高いといえます。

建設現場で死亡事故や重大事故が発生した場合、労災申請だけで手続を終えるのではなく、現場の安全管理に問題がなかったか、元請や下請に対する損害賠償請求が可能かを早期に検討すべきです。特に、高所作業で安全ネットや親綱がなかった、作業員が危険を訴えていた、工程優先で作業が進められていた、といった事情がある場合には、民事上の責任追及を十分検討する必要があります。

労災事故は、労災保険の問題であると同時に、安全配慮義務違反・不法行為責任の問題でもあります。遺族が適正な賠償を受けるためには、労災給付、損害賠償、過失相殺、損益相殺を一体として整理し、証拠に基づいて責任主体を明確にすることが重要です。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 申 景秀
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