性犯罪(不同意性交等罪、不同意わいせつ罪など)の刑事手続において、被害者との示談交渉は、起訴・不起訴の判断、および公判における量刑に決定的な影響を及ぼす実務上の最重要事項です。

かつてこれらの罪は親告罪とされていましたが、法改正により非親告罪となった現在においても、被害者の処罰感情や被害回復の事実は、検察官や裁判官の判断を左右する核心的な要素であり続けています。

本コラムでは、性犯罪における示談が持つ法的な意味、示談金の算定根拠、および示談が成立することによって刑事手続の各段階でどのような事実上の効果が生じるのかを、実務的な観点から埼玉県大宮の弁護士が解説します。

性犯罪における示談の定義と法的性質

刑事事件における示談とは、加害者が被害者に対して金銭的な賠償(慰謝料等)を支払い、被害者がそれを受け取ることで、民事上の損害賠償問題を解決するとともに、加害者に対する処罰感情を宥和させる合意を指します。

性犯罪においては、肉体的な苦痛のみならず、精神的な外傷(PTSD等)が深刻であるため、示談の内容には単なる金銭授受だけでなく、今後の接触禁止や謝罪文の受け渡し、さらにはSNS等での発信禁止といった条項が含まれることが一般的です。

法的には、示談が成立した事実は刑事訴訟法上の「情状」として扱われます。検察官は、犯罪の性質、動機、態様とともに、犯行後の状況として示談の成否を精査します。特に性犯罪は被害者の個人的な法益を侵害する罪であるため、その被害が金銭的・精神的に一定程度補填され、被害者が「これ以上の処罰を望まない」との意思を表示することは、公訴権の行使を控える(不起訴処分とする)ための強力な根拠となります。

示談が起訴・不起訴の判断に与える直接的な影響

検察官が事件を起訴するか不起訴とするかを判断する際、性犯罪においては示談の成否が最大の分かれ道となるケースが多く見られます。初犯であり、かつ計画性が著しく高くはない事案において、起訴猶予による不起訴処分を勝ち取るためには、示談の成立が事実上の必須条件となります。

示談書の中に「宥恕(ゆうじょ)」、すなわち加害者を許し、刑事処罰を求めない旨の条項が含まれている場合、検察官が「あえて裁判にかける必要はない」と判断する蓋然性が高まります。

これは、被害者の意思を尊重するという刑事司法の運用実務に基づいています。逆に、示談が成立していない場合、被害者の処罰感情が依然として強いとみなされ、初犯であっても公判請求(正式な裁判)が行われる可能性が極めて高くなります。

したがって、検察官が処分を決定するまでの限られた期間内に、示談を成立させられるか否かが、前科の有無を左右することになります。

示談交渉における弁護士の介在とその必然性

性犯罪において、加害者本人やその家族が被害者と直接交渉を行うことは、実務上ほぼ不可能であり、かつ許されません。被害者の心理的負担を考慮すれば、加害者側からの直接の接触は「二次被害」とみなされ、証拠隠滅や威迫と判断されるリスクが極めて高いためです。

弁護士は、検察官を通じて被害者側の意向を確認し、被害者の承諾が得られた場合にのみ、連絡先の開示を受けて交渉を開始します。この過程において、弁護士は第三者として冷静かつ客観的に被害者の主張を聴取し、加害者の謝罪の意を伝えます。

被害者の怒りや悲しみに真摯に向き合い、法的な賠償基準を提示しつつ、感情的な納得感を得るための調整を行います。この繊細な交渉過程こそが、示談成立の可否を分けるポイントです。

示談金の算定根拠と実務上の相場観

性犯罪の示談金には、公的な公定価格は存在しません。基本的には、民事裁判における慰謝料の相場を基礎としつつ、刑事処分の軽減という「早期解決の対価」を反映した金額で合意されることが多くなっています。

算定にあたっては、行為の態様(暴力・脅迫の有無)、被害の程度(肉体的外傷、精神疾患の発症)、被害者の年齢、加害者の社会的地位や資力などが総合的に考慮されます。

ネットには相場について記載した記事もあります。ただし、これらはあくまで目安であり、被害者の処罰感情が極めて強い場合や、特段の事情がある場合には、相場を大きく上回る金額が提示されることもあります。弁護士は、加害者の資力と被害者の要求の均衡を図り、合意可能な着地点を模索します。

示談書に盛り込まれる具体的な条項とその機能

性犯罪の示談書は、金銭の支払いに関する条項だけでなく、再犯防止と被害者の平穏を担保するための多角的な条項によって構成されます。

第一に、清算条項です。これにより、示談金以外に将来的な損害賠償請求を行わないことを確認します。

第二に、接触禁止条項です。被害者の住居や職場に近づかないこと、SNS等を含めいかなる手段でも連絡を取らないことを誓約します。

第三に、口外禁止条項です。事件の内容や示談の事実を第三者に漏洩しないことを約束し、被害者のプライバシーを守ります。

第四に、宥恕条項です。先述の通り、刑事処罰を望まない旨を明文化します。これらの条項が組み合わさることで、示談は単なる金銭解決を超え、社会的な秩序回復の手段としての機能を果たします。

否認事件における示談交渉の困難さと実務的判断

加害者が犯行事実を認めていない「否認事件」においては、示談交渉は極めて困難な局面を迎えます。示談を申し出ることは、ある意味で犯行を認めることと矛盾するからです。

しかし、客観的な証拠から有罪の可能性が高いと判断される場合、あるいは、事実関係には争いがあるものの、被害者に不快な思いをさせたこと自体については謝罪したいという意向がある場合、条件付きの示談や「見舞金」という形での解決を模索することもあります。

ただし、被害者側からすれば、犯行を認めない加害者からの金銭提供は、反省がないものとして拒絶されるケースが多く見られます。否認を貫くのか、それとも早期解決のために示談に踏み切るのかは、刑事弁護における最も重い判断の一つです。

弁護士は、証拠関係を精査し、将来的な公判の見通しを立てた上で、加害者に対して最善の選択肢を提示しなければなりません。

公判(裁判)段階における示談の効果と執行猶予の可能性

事件が既に起訴され、公判に移行した後であっても、示談の成立は極めて重要な意味を持ちます。公判段階での示談は、量刑判断において最も有利な情状となります。

不同意性交等罪のような重罪であっても、示談が成立しており、被害者が許しているという事実があれば、裁判官は「社会内での更生が可能である」と判断し、実刑を回避して執行猶予を付す可能性が高まります。

逆に、示談が成立していない場合、検察官は厳しい求刑を行い、裁判所も被害回復がなされていないことを重視して実刑判決を下す傾向が強くなります。

特に、法定刑の下限が引き上げられた昨今の法改正以降、性犯罪で執行猶予を勝ち取るためには、示談の成立は事実上の「絶対条件」に近い重みを持っています。判決直前まで示談交渉を継続し、最終弁論までに示談書を証拠提出することが、弁護活動の主戦場となります。

供託制度とその限界――示談が拒絶された場合の次善策

被害者の処罰感情が極めて強く、弁護士を通じた交渉であっても示談が完全に拒絶されるケースがあります。このような場合、加害者側が真摯な賠償の意思を示す手段として「供託(きょうたく)」が行われることがあります。

供託とは、法務局に対して賠償金を預け置くことで、いつでも被害者が受け取れる状態にすることです。しかし、性犯罪の実務において、供託が示談と同等の評価を受けることは稀です。

示談は「合意」に基づく解決ですが、供託は加害者側の一方的な措置に過ぎないからです。特に被害者が供託金の受け取りを拒否している場合、裁判所は「被害者の処罰感情は依然として宥和されていない」と判断します。

それでもなお、弁護士は「贖罪寄付」などの手段と合わせ、加害者が可能な限りの謝罪と賠償の努力を尽くしたことを客観的に立証するために、これらの手続きを選択肢に含めます。

被害者参加制度と示談交渉の複雑化

近年の刑事裁判では「被害者参加制度」が活用される場面が増えています。これは被害者自身やその弁護士が法廷に立ち、被告人に対して質問を行ったり、求刑についての意見を述べたりできる制度です。被害者がこの制度を利用する場合、示談交渉はさらに複雑な様相を呈します。

被害者参加人は、法廷での直接的な発言を通じて強い処罰感情を裁判官に訴えかけることが多いため、加害者側としては、公判が始まる前、あるいは進行中に示談を成立させることがより切実な課題となります。

示談が成立すれば、被害者が参加を取りやめる、あるいは意見陳述の内容を和らげるといった実質的な変化が期待できるからです。このように、現代の性犯罪弁護においては、法廷内の手続きと法廷外の示談交渉を高度に連動させる必要があります。

性犯罪事件における弁護士の倫理と専門的役割

性犯罪の示談交渉において、弁護士に求められるのは、単なる法律知識ではなく、高度な対人交渉術と倫理観です。被害者の尊厳を傷つけるような強引な交渉は、加害者の情状を悪化させるだけでなく、弁護士自身の懲戒対象にもなり得ます。

事実を冷静に整理し、被害者の感情的な反発を最小限に抑えつつ、法的な解決策を提示するバランス感覚が必要です。

また、加害者に対しても、示談金を払えば済むという安易な考えを戒め、犯した罪の重さと向き合うよう促すことも、再犯防止という観点から弁護士の大切な役割です。

示談の成立はあくまで更生への第一歩であり、その後の再犯防止プログラムへの参加や生活態度の改善とセットで評価されるべきものです。弁護士は、単なる代理人ではなく、司法の正義と個人の更生を繋ぐ専門家としての職責を果たさなければなりません。

性犯罪の法改正と示談の重要性の再認識

2023年の刑法改正により、「強制性交等罪」や「強制わいせつ罪」はそれぞれ「不同意性交等罪」「不同意わいせつ罪」へと名称が変更され、処罰範囲が明確化・拡大されました。この改正は、被害者の性的自由をより手厚く保護することを主眼としており、捜査機関や裁判所の姿勢もより厳格化する傾向にあります。

このような法的環境の変化において、被害者の主観的な心情を尊重する「示談」の重みは、相対的に増していると言えます。法律がより厳格になったからこそ、当事者間での和解が成立しているという事実が、過酷な刑罰を回避するための唯一の防波堤となる場面が増えているのです。

示談が切り拓く法的解決の帰結

性犯罪における示談は、刑事手続のあらゆる局面で、加害者の運命を左右する重量級の事実です。逮捕直後の釈放、検察官による不起訴判断、そして裁判官による執行猶予の付与。これら全ての有利な判断を得るための中心軸には、常に「被害者との示談」が存在します。

淡々と事実を積み上げるならば、性犯罪において示談なしに良好な結果を得ることは、極めて困難であると言わざるを得ません。被害者の心情に配慮しつつ、迅速かつ誠実に交渉を進めることは、加害者の社会的更生を実現するための唯一無二の道です。

弁護士は、法の番人として、また実務の専門家として、この困難な交渉過程を完遂し、適切な法的帰結を導き出す責任を負っています。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 遠藤 吏恭

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