
刑事事件における示談交渉において、最も具体的かつ困難な課題となるのが「示談金の金額」です。示談金には、交通事故の賠償金のような一律の算定基準や公的な公定価格は存在しません。
そのため、被害者が抱く処罰感情の強さと、加害者側が提示する金額の法的な妥当性をどのように合致させるかが、交渉の成否を分けることになります。
本コラムでは、各罪種における示談金の相場観や、金額を左右する諸要素、そして実務上どのように金額が決定されていくのかというプロセスについて、埼玉県大宮の弁護士が解説いたします。
示談金の法的な位置づけと「慰謝料」との相違点

一般的に「示談金」という言葉で一括りにされますが、法的には複数の要素が含まれています。主な内訳としては、被害者が被った直接的な財産的損害(治療費や修理代、盗まれた品の時価など)の補填である「損害賠償」と、精神的苦痛を補填する「慰謝料」の合算です。
これに加え、刑事事件特有の要素として、加害者が早期解決や告訴の取り消しを求める「解決金」としての性質が加味されることが少なくありません。
迷惑料とも呼べる趣旨の支払いです。
民事裁判における慰謝料算定では、過去の膨大な裁判例に基づいた一定の基準が存在しますが、刑事事件の示談交渉においては、必ずしもその基準通りには進みません。
加害者側としては「前科を避けたい」「釈放されたい」という切実な事情があるため、民事上の基準に一定の「上乗せ」をした金額を提示することが、実務上の通例となっています。
この上乗せ分が、被害者の処罰感情を宥和させるための重要な要素として機能します。
示談金額を左右する主要な変数の分析

示談金の総額を決定する変数は多岐にわたりますが、実務上、特に重視されるのは以下の要素です。
第一に「犯行の態様」です。例えば同じ暴行罪であっても、偶発的なものか、執拗で計画的なものかによって、被害者の精神的苦痛は大きく異なり、それが金額に反映されます。
第二に「被害の程度」です。怪我の有無や完治までの期間、あるいは性犯罪における精神的後遺症(PTSD)の深刻さなどが直接的な根拠となります。
第三に「加害者の属性と資力」も無視できない要素です。加害者が高い社会的地位にあり、かつ資力がある場合、被害者側はより高額な賠償を求める傾向にあります。
逆に、加害者に支払い能力が全くない場合、弁護士は現実的に支払い可能な範囲での合意を模索しなければなりません。
最後に「被害者の属性」です。被害者が年少者や高齢者である場合、あるいは職責上、事件によって多大な不利益を被った場合などは、金額が跳属する要因となります。
罪種別に見る実務上の示談金相場

(1)財産犯・暴力犯
財産犯、特に窃盗や詐欺事件においては、被害額の全額弁償(本弁償)が示談の前提条件となります。その上で、被害店舗や被害者に対する迷惑料として、数万円から十数万円程度を加算して提示するのが一般的です。
ただし、組織的な詐欺事件などで被害額が膨大な場合、全額の弁償が困難なケースも多く、その場合は「一部弁償」として可能な限りの誠意を提示し、残額については民事上の債務として認めるという形式を取ることもあります。
暴行罪や傷害罪においては、治療費の自己負担分や休業損害を補填した上で、慰謝料を合算します。怪我のない暴行罪であれば10万円から30万円程度、加療1週間程度の軽微な傷害であれば30万円から50万円程度は一つの目安となりますが、後遺障害が残るような重大な傷害事件では、数百万円規模、あるいはそれ以上の金額に達することもあります。
(2)性犯罪
性犯罪の示談金は、他の罪種に比べて高額化する傾向にあります。これは、被害者の羞恥心や精神的苦痛が極めて大きく、かつ回復に長時間を要すると判断されるためです。
不同意わいせつ事件(旧強制わいせつ)では、初犯であっても50万円から100万円程度、不同意性交等事件(旧強制性交等)では100万円から500万円程度、あるいはそれ以上の提示がなされることが一般的です。
性犯罪の場合、被害者が「金銭で解決したくない」という強い拒絶反応を示すことも多く、金額の提示そのものが慎重に行われなければなりません。金額を吊り上げれば解決するという単純な論理は通用せず、真摯な謝罪文や、将来の接触禁止、特定の場所への立ち入り禁止といった非金銭的な条項とセットで、金額の妥当性を評価してもらうプロセスが不可欠となります。
もっとも、本当に事案ごとに金額は異なるため、これらは目安にすぎません。
「被害者の言い値」への対応と弁護士の調整機能

示談交渉において、被害者から相場を著しく逸脱した高額な要求がなされることがあります。例えば、軽微な接触事故や暴行に対して数百万円、あるいは一千万円といった金額を要求されるケースです。
加害者家族がパニックに陥り、無理をしてでも支払おうとすることがありますが、弁護士は冷静に「法的な妥当性」を検討しなければなりません。
著しく過大な要求は、場合によっては「恐喝」や「不当利得」と評価されるリスクを孕んでいます。弁護士は被害者に対し、民事裁判になった場合の見通しを丁寧に説明し、過去の類似事例に基づいた合理的な範囲内での合意を促します。
一方で、被害者の感情を逆なでしないよう、「金額の妥当性」の根拠を提示しつつ、加害者の誠意としての限界点を丁寧に伝える調整役としての職責を果たします。
示談金の支払い能力と「分割払い」の可否
加害者に十分な貯蓄がない場合、示談金の支払いを分割で行うことが検討されます。しかし、刑事実務において、分割払いによる示談が不起訴や執行猶予の獲得に与える影響は、一括払いに比べて限定的です。捜査機関や裁判所は「将来的に本当に支払われるか」という確実性を重視するためです。
分割払いを選択せざるを得ない場合、弁護士は示談書に「公正証書」の作成条項を盛り込むなど、不履行があった際に即座に強制執行が可能となるような法的担保を付加することがあります。
また、親族などの援助を得て頭金を多く用意し、残額を短期間で完遂する計画を提示するなど、被害者側の不安を払拭するための工夫が求められます。
示談金以外に考慮すべき「贖罪寄付」の活用場面

被害者が示談を一切拒否している場合や、被害者が特定できない(公然わいせつ罪や薬物事件など)場合、あるいは示談金額で折り合いがつかない場合、次善の策として「贖罪寄付(しょくざいきふ)」が行われます。
これは弁護士会や社会福祉団体などに寄付を行い、その領収書を証拠提出することで、加害者の反省の意を客観化するものです。
贖罪寄付の金額は、本来想定されていた示談金の額に準じて決定されます。これは被害者への直接の賠償ではありませんが、加害者が自己の経済的利益を削って社会に貢献したという事実は、検察官や裁判官の情状判断においてプラスに作用します。
示談が成立しないからといって何もしないのではなく、可能な限りの経済的負担を負う姿勢を見せることが、実務上の防御策となります。
示談成立のタイミングがもたらす経済的・法的メリット

示談は「早ければ早いほど良い」というのが刑事実務の鉄則です。逮捕直後の72時間以内に示談が成立、あるいは成立の見込みが立てば、勾留を回避して早期に釈放される可能性が高まります。
この段階での早期解決は、加害者が仕事を失うリスクを低減させ、結果として支払い能力を維持することにも繋がります。
また、起訴される前に示談が成立すれば、不起訴処分を得て前科がつかないという最大の法的メリットを享受できる可能性が飛躍的に高まります。
逆に、起訴後になってから示談が成立した場合でも、量刑の軽減には寄与しますが、前科がつくという事実は変えられません。タイミングの一致が、示談金の「投資対効果」を最大化させる重要な要素と言えます。
示談交渉のプロセス――謝罪と金額提示の順序
実務において、いきなり金額の話をすることは厳に慎まなければなりません。まずは被害者の被害状況を確認し、加害者の真摯な謝罪を伝えるプロセスを優先します。
被害者が「まずは謝罪の言葉を聞きたい」のか「まずは実益(金銭)の話をしたい」のか、その温度感を見極めるのは弁護士の技量です。
謝罪文の受け渡しを行い、被害者の被害感情が一定程度吐露された段階で、初めて具体的な解決策としての金額提示に移ります。この際、なぜその金額になったのかという根拠(治療費実費+慰謝料+解決金など)を丁寧に説明し、被害者が「尊重されている」と感じられるようなコミュニケーションを維持することが、合意への近道となります。
示談金という名の「更生への第一歩」

示談金は、単に「刑罰を買う」ための対価ではありません。それは、自らが犯した罪によって生じた実害と真摯に向き合い、可能な限りの償いを行うという、加害者の社会的責任の具現化です。淡々と事実を積み上げるならば、金銭的な解決なしに刑事手続を有利に進めることは、現代の司法運用においては極めて困難です。
被害者の感情を無視した一方的な金額提示も、法的な妥当性を欠いた過大な支払いも、真の意味での解決には至りません。適正な相場観を把握し、被害者の心情を汲み取りつつ、法的に成立し得る着地点を模索すること。
この緻密なバランス調整こそが、刑事弁護における示談交渉の本質です。当事務所は、豊富な経験に基づいた客観的なデータと、冷静な交渉力を駆使し、双方が納得し得る最善の解決を目指して、日々の業務を遂行しております。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。





