
退職金は、長い間会社に勤務してきた従業員にとって非常に重要なものです。どのような場合に労働者にとって重要な退職金が勝手に減額・不支給とされることが許されるのでしょうか。本コラムでは、退職金の減額・不支給が許される場合について解説し、退職金についての重要な裁判例を紹介します。
退職金とは

退職金には、賃金の後払い的性格と功労報償的性格の二つの側面があります。
賃金の後払い的性格
退職金は、通常、基本給や勤続年数によって計算されることから、在職中に受け取るべき賃金の一部を退職時にまとめて支払ってもらうという意味で賃金の後払い的性格を有します。
功労報償的性格
一方で退職金は、従業員が会社に対し貢献したことに対する報酬という意味で功労報償的性格を有します。
退職金の法的規制
退職金という制度は、法によって会社に対し支払いを義務付けているものではなく、会社が任意に定めているものです。
もっとも、退職金制度を設ける場合には、支払いの対象となる労働者の範囲、計算及び支払方法等について就業規則で定めることが義務付けられています(労働基準法89条第3の2項)。
不支給・減額の就業規則の規定

退職金は、会社による任意の制度で、どのような内容にするかはその会社に裁量が認められています、
そのため一定の事由が生じた場合に退職金を不支給・減額するといった規定を就業規則で定めることは許されています。
一般的に退職金を不支給・減額する事由としては以下の事由が考えられます。
・懲戒解雇された従業員である場合
・労働者が著しい背信行為をした場合
・従業員が競業避止義務違反をした場合
懲戒解雇された従業員である場合
懲戒解雇された従業員に対して退職金を不支給・減額する旨の規定が就業規則にあれば、懲戒解雇された従業員の退職金が不支給・減額される可能性はあります。
もっとも、裁判例の傾向として、退職金を不支給とするには永年勤続の功労を抹消してしまうほど行為が必要であり、完全に抹消されているといえない場合には、個別的事情に応じて減額支給を行っています。
・業務外の非違行為によって懲戒解雇された事案
小田急電鉄事件(東京高判平成15年12月11日)
(概要)
Xは電鉄会社Yの従業員であった。Xは複数回電車内での痴漢行為をはたらき懲役4月、執行猶予3年の有罪判決を受けており、Y社から懲戒解雇されている。
Y社の懲戒解雇された者には原則退職金を支給しない旨の就業規則に基づき、Xに対し退職金が支払われなかった事案
(判決)
退職金全額を不支給とするには「当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要」である。
そして、不信行為が職務外の非違行為である場合、「会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど」の業務上の横領や背任に匹敵するような「強度の背信性を有することが必要」である。
本件では、痴漢行為という職務外の非違行為が懲戒解雇の原因であり、これは業務上の横領や背任に匹敵するような強度の背信性を有するとまではいえないため、退職金の3割の支給を認めている。
・業務上の非違行為の事案
みずほ銀行事件(東京高判令和3年2月24日)
(概要)
Xさんは、Y銀行に勤めていたところ、社外秘の行内通達等を出版社等に漏洩したことを理由に懲戒解雇されており、Y銀行の退職金規定に基づき退職金が不支給とされた事案
(判決)
退職金の不支給・減額について「懲戒解雇事由の具体的な内容や、労働者の雇用企業への貢献の度合いを考慮して退職金の全部または一部の不支給が信義誠実の原則に照らして許されないと評価される場合には、全部または一部を不支給とすることは、裁量権の濫用となり、許されないものというべきである」とした。
社外秘の行内通達等を出版社等に漏洩する行為は、「Y社の信用を大きく既存する行為であり、悪質である」。加えてXが社外秘の行内通達等を出版社等に漏洩行為を反復継続して行っていたことも考慮すると「Xが永年Y社に勤続してその業務に通常の貢献をしてきたことを考慮しても、退職金の全部を不支給とすることが、審議誠実の原則に照らして許されないとは言えず、裁量権の濫用には当たらないというべきである」と判断し、退職金の全額不支給を認めた。
労働者が著しい背信行為をした場合

懲戒解雇はされなくとも著しい背信行為をした従業員に対して退職金を不支給・減額する旨の規定が就業規則にあれば、当該従業員の退職金が不支給・減額される可能性はあります。
著しい背信行為の具体例としては、会社の財産の業務上横領等が挙げられます。
従業員が競業避止義務違反をした場合
従業員が、会社で得た知識やノウハウを退職後同業他社で発揮することは、会社にとって重大な損失となり得ます。そこでこれを防止するため、会社は、退職後一定期間の間に同業他社に転職した従業員に対しては退職金を支払わないといった規定を就業規則に定めることがあります。そして、このような規定は有効であると考えられています。
もっとも、このような規定は労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)を制約するものであるため無制限に適用することは認められていません。
・中部日本広告社事件(名古屋高判平成2年8月31日)
(概要)
Xは、Y社の退職金支給規程における退職後6か月以内に同業他社に就職した場合退職金を支払わない旨の規定(本件不支給条項)に基づいて退職金が不支給とされた事案
(判決)
退職金が「継続した労働の対償である賃金の性質を有すること」及び「本件不支給条項が退職金の減額にとどまらず全額の不支給を定めたものであって、退職従業員の職業選択の自由に重大な制限を加える結果となる極めて厳しいものであること」から、本件不支給条項に基づいて、退職金を支給しないことが許容されるのは、「同規定の表面上の文言にかかわらず、単に退職従業員が競業関係に立つ業務に六か月以内に携わったというのみでは足りず、」退職従業員に、労働の対償を失わせることが相当であると考えられるような会社に対する「顕著な背信性がある場合に限ると解するのが相当である」。
本件Xの退職後の行為は「顕著な背信性」を認めるには足りないとして、退職金の全額の支払いを求めている。
退職金の不支給・減額に疑問を持ったら・・・

このように就業規則に退職金の不支給・減額の規定があったとしても、退職金の全部又は一部の支払いが認められる事案があります。
退職金の不支給・減額に納得がいかない場合、一度弁護士にご相談ください。
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