令和4年2月  弁護士 平栗丈嗣

【事案の概要】

本件は、妻が、独身女性に対し、夫と不貞行為に及んだと主張して、不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料500万円を請求した事案である。

【争点】

婚姻関係にない成人の男女が、多数回、一緒に、宿泊したり、ラブホテルに滞在したりした事実があり、経験則上、両者の間の不貞行為の存在が極めて強く推認されるところ、両者の間でやり取りされたLINEの内容から、不貞行為に及んだ事実を否定することができるか。

【前提となる事実】

原告(妻)とZ(夫、福岡県警警察官)は、平成4年に結婚し、子どもが3人おり。令和元年に調停により離婚した。被告は,平成15年に夫と死別しており、3人の子を有し、病院で看護師として勤務していたが、令和元年7月退職した。
被告とZは,平成29年8月に知り合い、平成30年10月以降、一緒に、東京、沖縄県石垣島、北海道等を訪問して宿泊し、また、福岡市内のラブホテルに相当回数宿泊した。

【当事者の主張】

 被告は、Zとの上記宿泊等について認めながらも、不貞行為については否認した。 被告とZは依存症者に対する援助の在り方の向上やアダルト・チルドレンからの回復等を目的として相互学習しており、Zが被告に指導するという形での師弟関係にあったにすぎず、一緒に旅行して宿泊したのは、学習に関する講座やミーティングに参加するためであり、ラブホテルを利用したのは、教材であるDVDの視聴、学習に関する書物の読合せ、ロールプレーによる支援技法やカウンセリングの学習をするのに適当で利用料金が低額な場所がほかになかったからである旨主張した。

【裁判所の判断】(認定根拠となった証拠資料(甲○、乙○)は省略) 

1 認定事実
 ア 被告とZの出会い等
 (ア)Zは,自分の両親の夫婦生活は悲惨なものであったと考えており,人間関係等において生き辛さを感じていた。
 Zは,平成11年頃から,心理学の講座を受講し,その勉強を開始した。
 Zは,双極性障害という診断を受け,平成19年,反復性うつ病により3か月間入院した。
 (イ)原告とZの長男が,平成27年5月頃,ギャンブル依存症に罹患し,平成28年10月頃,(被告の勤務する)病院に入院した。
 この頃,Zは,3か月間休職して,依存症の勉強を開始し,C病院やギャマノン(ギャンブル依存症の家族の会)が主催するミーティング等に参加し,その中で,自分がアダルト・チルドレンかつ共依存症(依存症者に必要とされることに存在価値を見出し,ともに依存を維持している周囲の人間の在り様)であることを自覚し,心理学や精神世界の理論等の勉強に一層傾倒するようになった
 Zは,○○においてAH(アティテューディナル・ヒーリング〔心の姿勢による癒し〕)のファシリテーター(促進者)の資格を有する2人のうちの1人である。
 Zは,将来的には,警察官を早期退職して,依存症者等の支援事業を起こし,カウンセラーになりたいと考えている。
 (ウ)被告は,夫と死別し,3人の子を有するが,そのうちの1人が浪費癖を有していた。
 被告は,平成27年12月から,C病院の精神科急性期病棟において,看護師として勤務し,平成28年6月から,主にアルコール依存症等のアディクション(依存症・嗜癖)を担当するようになった。
 しかし,被告は,上司からアディクションの患者への関わり方が共依存的であると叱責されることがあり,悩みを抱いていた。
 被告は,平成29年4月,C病院における研修の一環として依存症に関するセミナーを受けたが,その中で,父親が酒乱であり兄姉から虐待を受けたことにより自分がアダルト・チルドレンになっていたことを認識し,また,息子に浪費癖があったことなどから,それ以降,ギャマノンが主催するミーティング等に参加するようになった。
 (エ)被告とZは,平成29年8月,ともに参加した上記ミーティングにおいて知り合い,それ以降,一緒に,アダルト・チルドレンの自助グループ等に参加するようになった。
 そして,被告がZに看護師としての患者への援助の仕方等について相談して,Zがこれに応じるようになり,平成30年6月からは,両者は,会議室を借りるなどして,本格的に学習に取り組むようになった。両者のこの関係性を踏まえ,被告は,Zのことを「師匠」と呼んでいる。

 (オ)被告とZは,平成30年7月7日,Zが,被告に対し,境界線(自分と他人を区別する人間関係の境界線),対人関係療法及び動機付け面接等の知識やスキルについて指導するという内容の契約書(以下「本件契約書」という。)を作成した。

 3 二人の目標AC(アダルト・チルドレン)の仲間として,後からくる仲間のためにも,自己の回復に取り組み,性別を超えた究極の仲良しさんを目指す。
 4 注意事項
 ① 12ステップ(嗜癖〔アディクション〕,強迫性障害,その他行動問題からの回復のための方針のリスト)を用いるACなどのスポンサーシップでは,異性間のつながりの危険性をステップ13として示している。
 ② ACの特徴として,愛を哀れみと間違えて哀れんだり救ってあげたりできる人を愛する傾向があると示している。
 よって,この2つに陥らないように十分に注意する。
 3 具体的な進め方
 ① 心理学や援助スキルに関する図書の読み合わせ
 ② AHや「奇跡のコース」,ASK(株式会社アスク・ヒューマン・ケア〔以下「ASK」という。〕)などの講座を共に受講する
 ③ 仕事や家族における困り事の分かち合いを行う
 ④ 上記のことを実践できるようになるために,ロールプレイングなどの練習を行う
 ⑤ 人の生き方や幸せに関する映画やDVDなどを視聴する
 ⑥ 日ごろできないと思い込み抑圧していることをできるようになるため,楽しいことをしても罪悪感を感じないようにするために,旅行等に行く
 5 学習練習の場所公共の会議室を利用することが好ましいが,各種制限により利用できないことが多いため,DVDを再生することができる宿泊施設を利用することがある。ただし,本契約の趣旨を逸脱しないように注意して,決して男女の関係にならないようお互いが気をつけること。

 イ 被告とZの宿泊を伴う交際等
  Zは,被告と交際するうちに,被告に女性としての魅力を感じて性的な欲望を抱くようになり,以下のように一緒に宿泊した際などに,被告を性的な関係に誘ったことがある。
※ この後、被告とZが、平成30年10月以降、一緒に、東京、沖縄県石垣島、北海道等を訪問して宿泊し、また、福岡市内のラブホテルに相当回数宿泊したことを認定している。

 ウ 被告とZのメール(LINE)のやり取り被告とZは,平成30年12月17日から平成31年1月15日までの間に,下記の内容のメール(LINE)を含む多数のメールのやり取りをした。

被告:「やっぱり悪いことは出来ないです。不倫でしかないと思いました。正直,他の人でなくて良かった。私も凄く愛しているから辛いです。」
被告:「もう何度目だろう。この関係を続ける限り苦しみ続けなければならない。会うのを止めれば時間が解決してくれるはず。」
Z:「俺たちに罪はなく 仮に罪があると妄想しても,その罪は赦されている。」
Z:「肉欲が罪ならば,まずは,それを手放すしかないのかな!」
Z:「肉体関係は諦めたとしても あなたとの楽しみや喜びは失っていないと信じています。」
Z:「例え性的な快楽を分かち合えなくとも,それを上回るものはたくさんあるのだよ」
被告:「抱きしめたい 癒されたい でもできない」
Z:「神の前で 俺たちは不純なのかな あなたが不倫という言葉を使う限り,きっとそうなのでしょう。でも,今さら,子孫を残すための営みではないよな。俺は喜びや潤いを分かち合っているのだと言い切ります。」
Z:「俺が今抱えている衝動は すぐにでも あなたに触れていたい←肉体的にね。そして,俺が勝手に我慢しているだけなのだろうけどね。」
Z:「俺は 俺の性欲と闘っているのさ。中学生ではないけれど,二人の関係を汚してはいけないと思いこんでいます。でも,欲望に負けいるのは,ご存じのことでしょう。少しあなたのせいにするけど あなたが不倫や密会を望むたびに 俺の愛はそよな密かなものではないことを伝えているつもりです。つい性的な欲望に負けてしまうけれど,俺はあなたのことをゆっくり,丁寧に愛したいのです。」
被告:「ただ愛しているではダメなの?汚すとか丁寧とか何?私には分かりません。今後スキンシップ無しで!」
Z:「欲望のままに逢いたい,セックスしたいなんて言えない,言えない。そうなったら,俺自身や二人の関係は終わるだろうなと思っています。それくらい愛し過ぎてしまった。」
被告:「境界線引いて伺っています」
被告:「私は恋人でも彼女でもない。シアリングパートナーだから。」
Z:「結婚を解消していない俺があなたの体を求めることはいけないことだ。と思っているのは,俺のひとりよがりなの?そんな俺をあなたは許して,受け入れてくれるの?不倫関係とかではなくて,せめて二人の間だけでは愛し,愛されているって混じりっけのない純真なものだと。」
被告:「悩むくらいならやめた方が良いと思います。シアリングパートナーを貫いたほうが良いと思います。なので,学習以外は会いません。愛してるとかも言いません。誤解を招くような事もしません。」

(2)争点についての判断
 ア 原告は,被告は,原告とZが婚姻関係にあることを知りながら,遅くとも平成30年1月頃から,本件不貞行為に及んだと主張するが,被告は,本件不貞行為の存在を一貫して否認する。
 前記認定のとおり,成人の男女である被告とZは,多数回,一緒に旅行して同室に宿泊し,しかも,ダブルベッドの設置された部屋やラブホテルに宿泊することも少なくなかった。
 また,一般に,「不倫」とは,既婚者が配偶者以外の相手と性行為に及ぶことを意味する言葉であるが,被告は,Zに対し,「やっぱり悪いことは出来ないです。不倫でしかないと思いました。」などのメールを送り,Zは,被告に対し,「神の前で 俺たちは不純なのかな あなたが不倫という言葉を使う限り,きっとそうなのでしょう。」などのメールを送っている。
 これらの事実に照らせば,被告とZが性行為に及んだ事実が極めて強く推認される。
 イ ところで,被告とZのメールのやり取りは,前記認定のとおり,いずれもアダルト・チルドレンかつ共依存症であると自覚する両者が,精神世界の理論についてマンツーマンで相互学習するという精神的に緊密なつながりのある師弟関係にある上,第三者の介在を排除した2人だけの閉じられた世界で行ったものであるため,その表現は,ときに,妄想的,夢想的あるいは宗教的であったり,比喩的あるいは誇張的であったりし,また,言葉遊びの要素や,自己陶酔的あるいは自意識過剰な部分も見受けられることから,その内容を正確に理解することは必ずしも容易ではない。
 そこで,上記のような被告とZの特殊な関係等を踏まえ,両者の間に性行為があったか否かという観点から,両者のメールのやり取りを再度精査することとする。
 まず,Zのメールのうち「肉体関係は諦めたとしても あなたとの楽しみや喜びは失っていないと信じています。」,「俺が今抱えている衝動は すぐにでも あなたに触れていたい←肉体的にね。そして,俺が勝手に我慢しているだけなのだろうけどね。」及び「欲望のままに逢いたい,セックスしたいなんて言えない,言えない。そうなったら,俺自身や二人の関係は終わるだろうなと思っています。」などのメールは,被告に対して性的な欲望を抱き性行為を望みながらも,それが実現したときには両者の関係が終了すると予想されるため,そのような事態に至らないように,性的な欲望を抑え性行為を諦める心情を示すものであり,同じく「俺は 俺の性欲と闘っているのさ。中学生ではないけれど,二人の関係を汚してはいけないと思いこんでいます。」及び「結婚を解消していない俺があなたの体を求めることはいけないことだ。と思っているのは,俺のひとりよがりなの?」などのメールも,既婚者である自分が被告に性行為を求めることは倫理的に許されないという判断の下,葛藤しながらも,性的な欲望を抑え,被告に性行為を求めることを自制しているという認識を示すものであって,いずれも本件不貞行為の存在を前提にするものとは考え難い
 次に,被告のメールのうち「私は恋人でも彼女でもない。シアリングパートナーだから。」及び「シアリングパートナーを貫いたほうが良いと思います。なので,学習以外は会いません。愛してるとかも言いません。誤解を招くような事もしません。」などのメールは,自分は,Zと性的な関係にはなく,あくまで相互学習における分かち合いの相手(シェアリングパートナー)という立場であって,それに徹するべきという認識を示すものであり,また,Zの前記「欲望のままに逢いたい,セックスしたいなんて言えない,言えない。」などというメールに対し,被告は「境界線引いて伺っています」と返信しているが,これは,Zが反語的な表現を用いて性行為を求めるのに対し,その土俵に乗ることなく受け流しているものと理解され,これらも本件不貞行為の存在を前提にするものとは考え難い。
 このような被告とZのメールのやり取りに鑑みると,前記アで述べた推認には重大な疑問を差し挟む余地があるといわざるを得ない。
 ウ 被告は,メールの中で「不倫」という言葉を使用したことについて,学習のために2人が密かにラブホテルに出入りすること自体を指し,あるいは,Zが被告を性的な関係に誘う言動に及んだときにこれを諫めるために使用したものであると主張するが,上記のようなメールのやり取りを両者の特殊な関係等を踏まえて解釈し直せば,被告の上記主張は必ずしも理解できないものではなく,被告が両者の関係について「不倫」という言葉を使用したからといって,直ちに本件不貞行為の存在を認めることはできない。
 また,被告は,Zと一緒に旅行して同室に宿泊し,しかも,ダブルベッドの設置された部屋やラブホテルに宿泊することもあったことについて,その理由として,学習に関するDVDの視聴,書物の読み合わせ,ロールプレーや分かち合いを行うために,プライバシーが保障される空間や設備が必要であることや,同室にする方が料金が一室分で済むし,ラブホテルは一日単位ではなく時間単位での料金制であるため,料金を低額に抑えられることを挙げるが,Zと同室に宿泊したりラブホテルを利用したりした理由として相応のものといえるから,被告の上記主張をおよそ合理性のない弁解と断定して直ちに排斥することはできない。
 さらに,被告は,Zと行動をともにした目的について,平成30年1月14日の熊本行きはギャマノン九州エリア合同オープンミーティングへの参加であり,同年10月1日から同月4日にかけての東京行きはASKで開催されたグリーフワークの受講等であり,同月18日から同月19日にかけての福岡市立今宿野外活動センターにおける宿泊は境界線に関する学習であり,平成31年1月23日から同月25日にかけての石垣島行きは「自分軸」の実践及び自分の人生の責任は自分で負うという内容のDVD「IAM」の視聴等であり,令和元年5月18日から同月21日にかけての東京行きはASKで開催されたトゥルーカラーズ(対人関係とコミュニケーションの講座)の入門及び実践講座の受講等であり,同年7月18日から同月20日にかけての北海道行きは「第16回当事者研究全国交流集会IN浦河」への参加であったと説明し,Zとラブホテルに宿泊した目的についても,AHのファシリテーター・トレーニング等のDVDの視聴や学習に関する書物の読み合わせ等であったと説明しているが,これらは,本件契約書の「3 具体的な進め方」の内容とも符合していて両者による相互学習の一環と捉えることができ,逆に,これを離れて両者が行動をともにした場面は特に見当たらない。
 加えて,被告は,令和元年6月22日午前6時36分頃,被告とZがラブホテルを出る際に手をつないでいたことについて,自分が羞恥心が強いため,いかがわしい場所であるラブホテルを出る姿を知り合いに見られることを怖れて,出るのを躊躇しているときに,前方にいたZが被告を促す目的でその手を取って引っ張った瞬間を撮影されたものにすぎず,性的な意味合いを含む親密な接触ではない旨主張するが,甲第2号証14頁の写真等における両者の態勢や表情等からすれば,被告の上記主張をおよそ合理性のない弁解と断定して直ちに排斥することはできない。
 なお,Zは,原告と離婚するに際し,原告に対し慰謝料として150万円を支払っており,これについて,Zは,離婚を早期に成立させるために名目については異議を述べなかったにすぎず,本件不貞行為を認めたものではないと供述するが,Zの上記供述をおよそ合理性のない弁解ということはできず,その信用性を否定することはできない。
 エ このように,本件不貞行為の存在について,一方で,前記アのとおり,これを極めて強く推認させる事情があるものの,他方で,前記イのとおり,上記推認に重大な疑問を差し挟む事情があるため上記推認は動揺することとなり,これに前記ウの事情を併せ考慮しても,その疑問は払拭されず,未だ真実性の確信を抱くには至らないから,結論として,本件不貞行為の存在については,証明不十分といわざるを得ない。
 以上のとおり,被告が本件不貞行為に及んだ事実を認めることはできず,不法行為の存在が認められないから,原告の請求はその成立要件を欠くものである。
 

【検討】

判例タイムズ解説においても「その具体的な理由については、直接判決文に当たっていただきたい」と記載されているのみで、本判決内容から一般的規範を導くことができず、事例判断であることが強くうかがわれる。
 婚姻関係にない成人の男女が、多数回、一緒に、宿泊したり、ラブホテルに滞在したりした事実があったとしても、当事者の背景事情・人間関係等特殊な事情がある場合には、安易に不貞行為の事実があると考えることは危険である。また、LINEのやり取りは不貞を裏付ける証拠として用いることが多いが、反対の事情としても有効な根拠資料となることにも注意が必要である。

以上