弁護士 権田 健一郎



【事案の概要】
Yは引越関連事業を行う株式会社、XらはYとの間で雇用契約を締結し、引越作業員として勤務していたものである。Yにおいて、Xらに対し、時間外割増賃金等が支払われていなかったため、XらがYに対し、未払時間外割増賃金等の支払を請求した事案

【争点】
 制服の着用が義務付けられていた引越作業員について、その着替えの時間及び朝礼の時間が労働時間に当たるか否か

【判示】
 被告会社の横浜都築支店においては,出社した正社員は,まずICカードを打刻し(常勤アルバイトはICカードを打刻しない。),制服に着替え,午前7時10分頃になると,現場の役職者がラジオ体操の音楽を流し,午前7時15分頃から朝礼が開始されていた(朝礼の開始時刻は,玉川支店から横浜都築支店に移転する前から午前7時15分であった)。
 朝礼においては,社訓である「Bの誓い」の唱和が行われた後,役職者及び支店長から,直近で起きた交通事故,引越事故,近隣住民からのクレームを踏まえた注意喚起,熱中症予防の対策,物販成績の周知などの業務上の伝達等が行われ,午前7時20分頃には終了していた。
 朝礼終了後は,前日に作業の準備をしていない場合はその準備作業を行うことに加えて,そうでない場合も,当日に販売する物販品の積込み及びトラックの運行前点検を行い,さらに,段ボール配達を指示されたときはその積込み作業を行うこととなっており,当日駅でトラックに乗せるアルバイトの制服の積込みや顧客情報・現場ルートの確認を行うこともあった。
 支店を出発した後は,顧客のところに行く前に,駅でアルバイトをトラックに乗せることもあった。作業当日の1件目の引越は,午前8時に開始することが多く,被告会社の従業員らは,顧客には,余裕を持って,午前8時から午前8時30分の間で伺う旨伝えていた。
 ・・・・・原告らが出勤して朝礼が始まる前の間に,原告らが主張するような準備時間が必要になるとは認められない。なお,原告らが管理職から午前7時に出勤するように言われたことを認めるに足りる証拠はない。
 もっとも、被告会社においては,制服を着用することが義務付けられ,朝礼の前に着替えを済ませることになっていたところ,その時間及び朝礼の時間以降は,被告会社の指揮命令下に置かれたものと評価することができ,これに要する時間は,それが社会通念上相当と認められる限り,労働基準法上の労働時間に該当するというべきである。ただし,ラジオ体操の時間については,従業員全員がその開始前に集合しているわけではなく,音楽が流れてから順次集まってくるという状況であり,支店長らもその時点では必ずしも朝礼の場にいなかったというのであるから(原告X2本人〔33頁〕,原告X1本人〔21,22頁〕),参加が義務付けられていた朝礼に含めることはできず,それ自体としては,被告会社の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできない。
    

【検討】
 労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間というとされている。判例・裁判例においては、労働者の行う作業が業務といえるか否か(職務性)と使用者の指揮命令があるか否かという点を考慮して判断されることが多い。
 判例(最一小判平成12・3・9)は、造船作業を行う労働者について、作業前の作業服・安全保護具の着脱や更衣所と作業場の間の移動等について、いずれも業務に必要な行為として労働者に義務付けられていたとして労働時間に該当すると判断したものがあり、本裁判例はこれに整合する。
 使用者の指揮命令下に置かれていたか否かという判断の中で、労働者の作業内容が業務といえるか否かということや労働者に作業が義務付けられているか否かということが判断されているようである。
 就業規則等で明示はされていないが、所定労働時間以外に作業することが、明文化されておらず、慣習となっている場合等のように、実質的に義務付けられていたような場合にもその作業時間が労働時間と認められる余地があり、各々の事案の実態を考慮して判断することがポイントとなる。