令和元年9月 弁護士 赤木 誠治

第1 事案の概要
 1 当事者
X…亡Zの相続人
Y…Zが生前に預金口座を開設していた銀行
Z…Xの母であり、被相続人

 2 時系列
平成15年8月29日 ZがY銀行に本件預金口座を開設
         その際、印鑑届書(以下、「本件印鑑届書」とする。)を提出
平成16年1月28日 Z死亡 法定相続人はXを含むZの子4名
平成24年8月9日 上記4名の法定相続人間で、遺産に関する訴訟が継続していた
          →同日終結
平成27年4月頃 Xは、Yに対し、本件預金口座開設に係る資料や、取引履歴等の
         開示を求める
         →Yは、取引履歴はXに開示
         →本件印鑑届書は、内部管理資料であるとして、開示を拒絶

第2 争点
  生前のZの「個人に関する情報」が、亡Zの相続人であるXの「個人に関する情報」にあたるか

※1 参考条文(個人情報保護法)
28条
1項 本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる。
2項 個人情報取扱事業者は、前項の規定による請求を受けたときは、本人に対し、政令で定め方法により、遅滞なく、当該保有個人データを開示しなければならない。(略)

2条
1項 この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
一  当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(中略)に記載され、若しくは記録され(中略)た一切の事項(中略)により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)

二 (略)

※2 本件印鑑届書に記載されていた事項
・預金者が記入した、届出年月日、住所、氏名、生年月日、連絡先
・届出印が押捺された印影
・処理年月日時刻の印字欄
・処理担当者及び検印をした担当者の印の欄の印影

第3 第1審および原審の判断
(1)第1審
本件印鑑届書に記載された情報からは、Z個人を識別することはできるものの、Xを識別することはできない(請求棄却)。

(2)原審
ある相続財産についての情報であって、被相続人に関するものとしてその生前に「個人に関する情報」であったものは、当該相続財産が被相続人の死亡により相続人等に移転することに伴い、当該相続人等に帰属することになるから、当該相続人等に関するものとして、「個人に関する情報」に当たる。(請求認容)

第4 最高裁の判断
 法は、個人情報の利用が著しく拡大していることに鑑み、個人情報の適正な取扱いに関し、個人情報取扱事業者の遵守すべき義務等を定めること等により、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とするものである。法が、保有個人データの開示、訂正及び利用停止等を個人情報取扱事業者に対して請求することができる旨を定めているのも、個人情報取扱事業者による個人情報の適正な取扱いを確保し、上記目的を達成しようとした趣旨と解される。

 このような法の趣旨目的に照らせば、ある情報が特定の個人に関するものとして法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるか否かは、当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべきものである。

 したがって、相続財産についての情報が被相続人に関するものとしてその生前に法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるものであったとしても、そのことから直ちに、当該情報が当該相続財産を取得した相続人等に関するものとして上記「個人に関する情報」に当たるということはできない。

 本件印鑑届書にある銀行印の印影は、ZがYとの銀行取引において使用するものとして届け出られたものであって、XがZの相続人等として本件預金口座に係る預金契約上の地位を取得したからといって、上記印影は、XとYとの銀行取引において使用されることとなるものではない。
 
また、本件印鑑届書にあるその余の記載も、XとYとの銀行取引に関するものとはいえない。

 その他、本件印鑑届書の情報の内容がXに関するものであるというべき事情はうかがわれないから、上記情報がXに関するものとして法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるということはできない。

第5 まとめ
・「相続財産についての情報が被相続人に関するものとしてその生前に法2条1項にいう『個人に関する情報』に当たるものであったとしても、そのことから直ちに、当該情報が当該相続財産を取得した相続人等に関するものとして上記『個人に関する情報』に当たるということはできない。」というように、原則として個人情報該当性を否定している(もっとも、その他の事情があれば、例外として認められる余地もあると思われる。)。

・下級審を含めても、個人情報保護法に関する判例・裁判例は少ないため、重要な先例となり得ると思われる。

第6 参考文献
 判例タイムズ1451号81頁