事業者は、労働基準法・労働安全衛生法に基づき、労働者の労働時間を把握する義務を負っています。もっとも、それぞれの法律が対象とする労働時間の把握義務の内容は一部異なります。本記事では、両法律の労働時間把握義務の内容について説明していきます。

労働基準法上の労働時間把握義務

使用者の労働時間把握及び管理義務

労働基準法においては、賃金(残業代)計算のため、労働時間を把握することが義務づけられています。これに対し、労働安全衛生法においては、後述のとおり、医師による面接指導の前提としての情報把握、ひいては労働者の生命身体の安全を目的としています。

もっとも、労働基準法上残業時間について割増賃金を支払うように義務付けているのは、残業抑制による労働者の生命身体の安全を図ることを根幹ともしているため、究極的には、労働基準法も労働安全衛生法も、同様の目的の下で労働時間の把握義務を課しているとも考えられます。

労働基準法第108条

使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない。

労働基準法施行規則第54条1項

使用者は、法第108条の規定によつて、次に掲げる事項を労働者各人別に賃金台帳に記入しなければならない。
1号から4号 略
5 労働時間数
6 法第33条若しくは法第36条第1項の規定によつて労働時間を延長し、若しくは休日に労働させた場合又は午後10時から午前5時(厚生労働大臣が必要であると認める場合には、その定める地域又は期間については午後11時から午前6時)までの間に労働させた場合には、その延長時間数、休日労働時間数及び深夜労働時間数

そして、これに違反した場合には、罰則(30万円以下の罰金)があります。

労働基準法第120条

次の各号のいずれかに該当する者は、30万円以下の罰金に処する。
一 ・・・第106条から第109条までの規定に違反した者

通達・ガイドライン

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置について、厚生労働省から通達が出されていました(平成13年4月6日基発339号、いわゆる「四六通達」)。

労働者の始業・終業時刻の確認及び記録の方法として、使用者自らの現認・記録、タイムカードICカード等の客観的な記録を基礎とする確認・記録、を原則とし、例外的に労働者の自己申告制を認めていました。もっとも、自己申告制の不適正な運用等に伴い、同法に違反する過重な長時間労働や割増賃金の未払いといった問題が生じているなど、使用者が労働時間を適切に管理していない状況もみられるところでした。

そこで、平成29年1月20日、通達ではなく、ガイドライン(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン)が策定・公表されるに至りました。
ガイドラインにおいては、自己申告制により始業・終業時間の確認及び記録を行う場合の措置について、使用者が講ずべき措置を詳細に定めました。

ガイドライン4(3)

ア 自己申告制の対象となる労働者に対して、本ガイドラインを踏まえ、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。
イ 実際に労働時間を管理する者に対して、自己申告制の適正な運用を含め、本ガイドラインに従い講ずべき措置について十分な説明を行うこと。
ウ 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。
特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。
エ 自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間について、その理由等を労働者に報告させる場合には、当該報告が適正に行われているかについて確認すること。
その際、休憩や自主的な研修、教育訓練、学習等であるため労働時間ではないと報告されていても、実際には、使用者の指示により業務に従事しているなど使用者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については、労働時間として扱わなければならないこと。
オ 自己申告制は、労働者による適正な申告を前提として成り立つものである。このため、使用者は、労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めない等、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと。
また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。
さらに、労働基準法の定める法定労働時間や時間外労働に関する労使協定(いわゆる36協定)により延長することができる時間数を遵守することは当然であるが、実際には延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、実際に労働時間を管理する者や労働者等において、慣習的に行われていないかについても確認すること。

未払残業代請求訴訟における主張立証責任(の事実上の転換)

労働者が使用者(会社)に対して未払残業代請求を行う場合、支払いを求める労働者が時間外労働を行ったこと、すなわち、労働時間を主張立証する責任を労働者が負っています。しかし、労働者が労働時間を根拠付ける資料を持っていないこともままあり、他方、使用者は労働時間を把握することが義務づけられていることから、公平の見地から使用者側が残業労働を「行っていないこと」を反証するべきです。

スタジオツインク事件・東京地判平成23年10月25日

「時間外手当等請求訴訟において,時間外労働等を行ったことについては,同手当の支払を求める労働者側が主張・立証責任を負うものであるが,他方で,労基法が時間外・深夜・休日労働について厳格な規制を行い,使用者に労働時間を管理する義務を負わせているものと解されることからすれば,このような時間外手当等請求訴訟においては,本来,労働時間を管理すべき使用者側が適切に積極否認ないし間接反証を行うことが期待されているという側面もあるのであって,合理的な理由がないにもかかわらず,使用者が,本来,容易に提出できるはずの労働時間管理に関する資料を提出しない場合には,公平の観点に照らし,合理的な推計方法により労働時間を算定することが許される場合もあると解される。もちろん,前記のとおり,時間外労働等を行った事実についての主張・立証責任が労働者側にあることにかんがみれば,その推計方法は,当該労働の実態に即した適切かつ根拠のあるものである必要があり,推計方法が不適切であるが故に,時間外労働等の算定ができないというケースもありえようし,逆にいえば,労働実態からして控え目な推計計算の方法であれば,合理性があると判断されることも相対的に多くなると思われる。」
「このように,被告において,労働時間管理のための資料を合理的な理由もなく廃棄したなどとして提出しないという状況が認められる以上,公平の観点から,本件においては,推計計算の方法により労働時間を算定する余地を認めるのが相当であると解される。」

このように判示し、具体的な時間数を立証できない場合であっても、推計による計算を認めるとしました。

そして、
「タイムカードの打刻がなされていないという事情のみを理由として,労働時間の推計が許されないと解するのは相当でない。・・・むしろ,上記タイムカードがない期間などについては,端的に,始業時刻については所定始業時刻の午前10時とし,終業時刻については,平成18年10月から平成19年2月の間の平均終業時刻(午後9時19分)をもって,原告甲野の始業時刻及び終業時刻と推計し,休日労働については,主張・立証責任の観点からは,他の証拠から休日労働の事実が認められない限り,これを認めないものと解するのが合理的である。」
として、始業時刻及び終業時刻を平均値を用いて認定しました。

労働安全衛生法上の労働時間把握義務

医師による面接指導のための労働時間の把握

労働安全衛生法においては、労働者の安全と健康確保を主眼として、各規定が設けられています。そして、労働安全衛生法においては、長時間労働によるの労働時間把握義務は、労働者の安全と健康確保に資する形で行うよう定められます。

労働安全衛生法第66条の8

事業者は、その労働時間の状況その他の事項が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令で定める要件に該当する労働者(次条第1項に規定する者及び第66条の8の4第1項に規定する者を除く。以下この条において同じ。)に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導(問診その他の方法により心身の状況を把握し、これに応じて面接により必要な指導を行うことをいう。以下同じ。)を行わなければならない。
2 労働者は、前項の規定により事業者が行う面接指導を受けなければならない。ただし、事業者の指定した医師が行う面接指導を受けることを希望しない場合において、他の医師の行う同項の規定による面接指導に相当する面接指導を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。
3 事業者は、厚生労働省令で定めるところにより、第1項及び前項ただし書の規定による面接指導の結果を記録しておかなければならない。
4 事業者は、第1項又は第2項ただし書の規定による面接指導の結果に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、厚生労働省令で定めるところにより、医師の意見を聴かなければならない。
5 事業者は、前項の規定による医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、当該医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会への報告その他の適切な措置を講じなければならない。

労働安全衛生法第66条の8の2

事業者は、その労働時間が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令で定める時間を超える労働者(労働基準法第36条第11項に規定する業務に従事する者(同法第41条各号に掲げる者及び第66条の8の4第1項に規定する者を除く。)に限る。)に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない。
2 前条第2項から第5項までの規定は、前項の事業者及び労働者について準用する。この場合において、同条第5項中「作業の転換」とあるのは、「職務内容の変更、有給休暇(労働基準法第39条の規定による有給休暇を除く。)の付与」と読み替えるものとする。

脳血管疾患及ぴ虚血性心疾患等の発症は長時間労働との関連性が強いとする医学的知見を踏まえ、これら疾病の発症を予防するため、医師による面接指導を実施すべきことと定められました。これを受け、労働安全衛生法においては、「医師による面接指導」を前提とした労働時間把握義務が定められています。

労働時間把握の方法

労働安全衛生法第66条の8の3

事業者は、第66条の8第1項又は前条第1項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第1項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。

労働安全衛生法施行規則第52条の7の3

法第66条の8の3の厚生労働省令で定める方法は、タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする。
2 事業者は、前項に規定する方法により把握した労働時間の状況の記録を作成し、3年間保存するための必要な措置を講じなければならない。

労働基準法においては、労働者の始業・終業時刻の確認及び記録の方法として、使用者自らの現認・記録、タイムカードICカード等の客観的な記録を基礎とする確認・記録、を原則とし、例外的に労働者の自己申告制を認めていました。これに対し、労働安全衛生法においては、「客観的な方法その他の適切な方法」と定められている点に注意が必要です。

労働時間の把握の対象者

時間外手当の計算のために労働時間を把握する労働基準法とは異なり、労働安全衛生法においては、管理監督者や裁量労働制の労働者も、労働時間把握の対象者となることに注意が必要です。

労働安全衛生法第66条の8、第66条の8の2においては、労働者と研究開発業務に従事する労働者とで面接指導の対象者を分けています。もっとも、それぞれに該当するかどうかの判断は、それぞれの労働時間要件によって判断されるため、労働時間を把握しておかなければ判断ができない以上、結局は労働時間把握が必要になります。

労働安全衛生法施行規則第52条の2第1項本文

法第66条の8第1項の厚生労働省令で定める要件は、休憩時間を除き1週間当たり40時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間が1月当たり80時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められる者であることとする。

労働安全衛生法施行規則第52条の7の2

法第66条の8の2第1項の厚生労働省令で定める時間は、休憩時間を除き1週間当たり40時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間について、1月当たり100時間とする。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 平栗 丈嗣
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