ハラスメント防止法とはどのようなものなのか

セクシャルハラスメント防止について平成19年(2007年)より、マタニティハラスメント防止について平成29年(2017年)より、それぞれ企業が雇用管理上講ずべき措置が法律上定められていましたが、パワーハラスメントについても企業の措置義務が定められたことをご存じでしょうか。
令和元年(2019年)6月5日に新たな法改正があり、大企業については令和2年(2020年)6月1日より法の施行を受けて職場におけるパワーハラスメント発生防止のために、事業主は雇用管理上必要な措置を講じる義務が課されることになりました。さらに令和4年(2022年)4月1日からは、中小企業にも職場のパワーハラスメント対策が義務化されています。今回の記事では中小企業の皆様に向けて「パワハラとはそもそも何か」という解説と合わせて、この改正法に基づき新たに課された中小企業の義務や行っていただきたい対策、その他の関連事項について紹介します。

新たに対象となった「中小企業」の範囲は

今回取り上げる改正法は、正確には「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」という長い名前の法律です。これによりパワハラ対策が義務化される「中小企業」とは、具体的にどのような会社が該当するのでしょうか。実は、ここにいう「中小企業」は労基法に定める「中小企業」の定義と同じとされており、「資本金の額または出資の総額」と「常時使用する労働者の数」のいずれかが以下の基準を満たしていれば、中小企業といえます。
ただし、この基準は、企業単位で判断し、「事業場単位」ではありませんので注意が必要です。業種によって、この基準となる資本金・出資の総額と労働者の数は変わり、例えば製造業の場合であれば「資本金の額または出資の総額」が3億円以下となり、「常時使用する労働者数」については300人以下となっています。

そもそもパワーハラスメント行為とは何なのか

パワーハラスメントの種類

パワハラとは、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されること」であるとされています。
「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、労働者が業務を遂行する場所については、全て「職場」に含まれるとされています。
「労働者」とは、いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等のいわゆる非正規雇用労働者を含んでいる広い概念です。派遣労働者については、派遣元事業主のみならず、派遣先についても、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者を雇用する事業主とみなされ、防止措置の対象となります。
このように、この防止措置の対象となる範囲は非常に広いので、注意が必要です。

パワーハラスメント行為の典型例

厚生労働省がまとめている報告によるパワハラの具体的な態様例としては
・身体的な攻撃(殴打、足蹴り、物を投げつけるなど)
・精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・ひどい暴言、必要以上の長時間にわたる厳しい叱責 など)
・人間関係からの切り離し (隔離・仲間外れにする・無視する)
・過大な要求(業務上明らかに不要なことなどを要求)
・過小な要求(仕事を与えない など)
・個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
が挙げられています。これらの態様は例示に過ぎませんので、実際にはこのような態様が複合的に表れることもありますし、これ以外の行為であってもパワハラとなりうる行為が存在します。

パワハラと指導はどのように区別されているのか

指示を受けていた内容を守らない、就業規則違反行為を繰り返すなど、企業秩序違反の従業員に対して、上司などが注意・指導を行うのは当然のことです。もし管理職等の上司らが「パワハラ」として通常の注意・指導ができなくなってしまったら、逆に会社組織が回らなくなるおそれが生じてしまいます。ですから、例えば「職務怠慢」に対して「叱責」が必要と判断される可能性は否定できません。

パワハラか否かの判断は

職場におけるハラスメントに関する関係改正指針

厚労省の「職場におけるハラスメント関係指針」には、「パワーハラスメント防止のための指針」として、「パワハラに該当すると考えられる例」と「該当しないと考えられる例」の記載はあるものの、このような例は限定列挙ではありませんので、実際には違法な「パワハラ」と、適法な「指導」は個別に判断するほかありません。

裁判所が着目している要素の例

裁判ではどのような要素で判断をしているのかというと、実は一律に説明することは大変困難です。
「○○」という行為があったからパワハラ、「△△」という発言はしていないからパワハラではない、などと一律に判別はできません。しかし、いくつかの要素を事例ごとに見ているという傾向はあるようです。
①人格否定、名誉毀損となるような発言か
(例 ぶち殺そうかお前、給料泥棒、バカ野郎、給料を返してもらわなければならない 等)このような発言であれば、労働者側の権利を侵害するという悪影響があるのに対し、合理的な業務上の指導効果があるとはいえないため、パワハラと判断されている傾向にあるようです。
ただし、厳しい言葉でも、労働者の業務の改善策として至極まっとうなものであれば適法としているケースもあります。
②退職、解雇、処分を示唆するような言動か
(例 辞めてしまえ、やる気がないなら会社を辞めるべき、いつでもクビにできる 等)このような発言の場合は、パワハラと認定されている傾向にあるようです。
③叱責を受けている本人の帰責性、業務上の必要性ある言動か
叱責を受けた側の落ち度や、その緊急性も判断要素となっているようです。たとえば、それまで業務上の指導を何らしてこなかったにもかかわらず、突然厳しい指導をするというと、「パワハラ」と判断されやすい傾向にあり、労働者に責められてしかるべき落ち度や改善すべき点があるという場合には、多少厳しい言動も許容される余地が出てくる傾向にあります。
④言動を受けた本人の立場、能力、性格
叱責を受けた側が、経験が少ない新人なのか、それとも既に会社から期待を受けるべき立場の人間か、ということで、後者の人材ならば厳しい指導の必要性や許容性が出てくる傾向にあるようです。
⑤指導の回数、時間、場所
指導の頻度が多い、時間が長い、人前で叱責するなどの態様であれば、単なる指導ではなく、嫌がらせや侮辱といった意味を有するようになり、違法性を帯びるという判断になる傾向があるようです。ただし、指導については、事後的なフォローの有無なども考慮しているものと見られています。
⑥他の者との公平性
同じ問題を2人の社員が起こしたとして、そのうち一方のみより厳しく叱責しているとすれば、その叱責はパワハラと判断されやすい傾向にあるようです。
必ずしも①から⑥だけの要素だけではなく、個別事案によってさまざまな要素を考慮しているようですが、過去の裁判例からは、上記の要素などを考慮しているものが多いと見られます。

企業がハラスメント防止対策をするメリットとは

パワハラは、従業員の人格を傷つける行為です。その結果、従業員は労働意欲を失い、自身をなくし、メンタルヘルスの問題を引き起こして、休職や退職に至るケースもあります。また、パワハラはその行為を直接受けている従業員だけではなく、その行為を見聞きした他の従業員にも同じように悪影響を及ぼしてしまいます。さらにいえば、そのようなパワハラ行為のある企業は、世間一般から見ても大幅なイメージダウン・信用力低下があるとみて間違いないでしょう。
パワハラ行為の防止は、決してその加害者・被害者だけの問題ではなく、職場全体の問題なのです。

パワハラにより企業にダメージが生じた近年の例

東京地方裁判所の平成26年7月31日判決では、大手飲料メーカーの指導について、そのパワハラ該当性が問題になりました。
この事件は、上司から部下であった原告対してなされた「新入社員以下だ。もう任せられない。」等の言動が「部下に対する注意または指導のための言動として許容する範囲を超えるパワハラ行為として違法になるか」が争点となりました。
この程度の発言は指導のために必要ではないか、とお感じになる方も多いかもしれませんが、この裁判では言動を受けていた部下はうつ病に罹患している診断書を上司にも見せており、その上司は部下の病状を認識したにもかかわらず,部下の休職の申出を阻害するなどの言動もありました。
一審である東京地方裁判所の判決では、「新入社員以下だ。」といった発言のほか、休職の申し出を阻害する言動がいずれも部下の心身に対する配慮を欠くものとして不法行為を構成する、つまりパワハラ行為に該当するとされました。その結果、上司のパワハラ言動につき,使用者であった会社側にも使用者責任が肯定され、上司個人と会社側は連帯して慰謝料支払義務を認定されてしまいました。控訴審でも,被告の不法行為は部下に対する業務に関する叱責の行き過ぎや,精神的不調を訴える部下への対応が不適切であったという認定は維持され、慰謝料150万円の支払義務を認めました。
このように、上司の不適切な指導は、場合によっては企業そのものの責任をも肯定されてしまい、裁判等により公になることで、企業イメージの大幅ダウンという付随的な損害も無視できないものといえます。

部下から上司に対するパワハラも成立しうる

典型的には、パワハラは上司から部下にされるもの、というイメージがありますが、部下から上司にパワハラが成立する、ということもあり得ます。
裁判例の中には、職場の上司が部下からいじめ行為にあってうつ病に罹患してしまった、というケースがあります。
このケースでは、書痙という手が震えで字がスムーズに書けないという症状を持っていた上司が、部下から「ほかの人にも読める字で書いてください。ペン習字でも習ってもらわないと。」とか「時間がかかりすぎ。」とか「お勉強してください、分からないなら娘さんにでも来てください。」「日本語分かってはりますか。」などと辛辣な言葉をかけられた、という行為がパワハラに当たるとされました。
既に述べているとおり、パワハラは「優越的な関係を背景とした言動」であれば成立しうるので、一般的には上司の方が優越的な関係にあることが多いとはいえるものの、当該上司の業務上の経験や適性の有無、上司の部下に対する監督権限の有無、部下の不適切な言動を容認するような状況や雰囲気が醸成されていたか、などの事情により部下の方が優越的な地位にある、ということもありうるのです。
したがって、会社としては上司からのパワハラにだけ気を付けるだけでは足りず、職場内での力関係については広く目を配る必要があり、部下の方に業務監督・注意をすべきケースもあることも留意しておきましょう。

中小企業の事業主がおさえておくべきパワハラ防止法の「義務」とは

パワハラ防止法で企業に課された具体的な義務の内容

このような裁判例などでも明らかなように、パワハラ行為というのは決して企業にとって無視できない問題であるといえます。そこで、冒頭のとおり国も具体的に措置義務を企業に課すことにしたという経緯があります。
では、今回義務の対象となった中小企業は、どのような措置をとる必要があるのでしょうか。以下では、その内容を具体的に見ていきたいと思います。
改正法により企業に課された義務は、以下の4つです。
Ⅰ 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
Ⅱ 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
Ⅲ 事実関係の迅速かつ適切な対応
Ⅳ その他の措置(プライバシー保護・不利益取扱いの禁止)

義務を果たすためになすべき対応とは

上記の4つの義務は、具体的にどのような措置をとることを求めているのでしょうか。
まず、「Ⅰ 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発」についてですが、これはまず、企業のトップより、パワハラを職場からなくすべきものと明確に示し、さらにそのパワハラの禁止や処分を、就業規則等明文の形で規定しておく、ということです。
続いて、「Ⅱ 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」ですが、これは相談窓口をあらかじめ定めておいて、従業員に周知しておくこと、そして相談窓口が相談の内容などに応じて適切に対応できる体制を整備しておく、ということです。
さらに、「Ⅲ 事実関係の迅速かつ適切な対応」というのは、実際の相談があった際に、相談後事実関係を迅速・正確に確認した上で、問題行為が確認できた場合には、速やかに被害者の配慮の措置を適切に行い、再発防止策を講じることです。なお、仮に相談があった行為について事実確認ができなくても、そのような問題が今後生じないように対策しておくことも必要です。
最後に、「Ⅳ その他の措置(プライバシー保護・不利益取扱いの禁止)」というのは、相談者や加害者とされる者のプライバシーを保護するための措置を講じること、またそのような措置を講じていることを従業員に周知することや、相談をしたとしてもその相談をした事実を理由として解雇等の不利益取扱いをしないことを定め、さらにその不利益取扱いの禁止を従業員に周知することが挙げられます。

企業が特に注意すべきポイント

上記のようなⅠからⅣの義務を果たせるような体制を作った後、実際に相談を受ける場合はどのような点に注意をするべきでしょうか。
一番最初にすべきこととしては、社内あるいは社外に設けられた相談窓口に置いて相談を受けた時点で、その相談者の秘密やプライバシーは必ず守られること、そして相談をしたことにより不利益な取扱いはされないことを理解してもらうこと、また相談窓口で可能な対応について説明をしておくことが必要でしょう。
その上で、事実関係の確認を行うわけですが、その際には、相談者に加害者とされる者や、関係する第三者に聞き取りなどを実施することになります。前提として相談者がこの点を承知していなければいけませんから、相談者には事実関係の確認をすることについてはよく説明をしておきます。相談者と加害者とされる者の認識や意見が一致しないこともあるかと思いますが、その場合にはどちらか一方の主張だけを前提とせずに、周囲の関係者にも確認するなど、第三者に事実確認をすることが大切です。
以上のとおり、事実確認ができたら、次は加害者とされる者や相談者に対し、どのような措置を要するか検討します。具体的なパワハラ行為の被害の大小、性質、当事者の言動の問題点、違反する規則の内容や同様な行為についての裁判例などを参考に、措置を考えることになります。ただし、その措置決定に当たっては、相談者の意向も無視するわけにはいきません。必要に応じて、企業から注意をしたり、謝罪をさせるなどのほか、人事異動、懲戒処分などを検討します。
これらの対応が出来たら、相談者と加害者とされる者双方に対して企業として実施した対応を説明し、再発防止につなげる対応をします。当然のことではありますが、当事者間だけではなく、企業内で実施した対応等を明らかにする場合には、プライバシーの侵害などを生じさせないよう十分に配慮します。

パワハラを防止するためには

企業が特に注意すべきポイント

企業にとって一番良いのは、そもそもパワハラ行為が企業内で生じないようにすることです。
そこで、このようなパワハラ行為予防として、企業側ができることとして以下のような対策をとっておくことが望ましいとされています。
①職場におけるパワーハラスメントの原因や背景となる要因を解消する対策
・労働者個人のコミュニケーション能力の向上を図る
コミュニケーションの力を挙げることは、職場におけるパワーハラスメントの加害者になること、被害者になることを防止する両方向の意味で重要です。そもそも、「業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導」はパワハラ行為には該当しないのですから、適正な業務指示が出せること、そしてその指導に対して真摯に業務を遂行する対応が取れることは、上司・部下等、企業内において重要であるといえます。
・コミュニケーションの活性化や円滑化のために研修等の必要な取組をする
たとえば、日常的なコミュニケーションを取るよう努めることや、定期的に面談やミーティングを行うことにより、風通しの良い職場環境や上下関係に関わらず互いに助け合える労働者同士の信頼関係を築き、コミュニケーションの活性化を図ることが重要です。ただし、上司の一方的な押し付けにはならないよう留意しましょう。
ほかにも、業務をするにあたっても個人的な感情で部下に叱責してしまうなどといったことがないよう、感情をコントロールする手法についての研修、コミュニケーションスキルアップについての研修、マネジメントや指導についての研修等の実施や資料の配布等により、労働者が感情をコントロールする能力やコミュニケーションを円滑に進める能力等の向上を図ることも大切です。
また、企業としても適正な業務目標の設定等の職場環境の改善のための取組を行うことが重要です。無理な業務目標の設定は、適正な業務体制の整備、業務の効率化を阻害し、過剰な長時間労働や労働者に過度に肉体的・精神的負荷を強いる職場環境や組織風土を生じさせてしまいます。会社は必要に応じて、労働者や労働組合等の参画を得て、社内アンケート調査や意見交換等を実施することなどにより社内の運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等をしていくべきでしょう。
また、このような社内アンケートは、パワハラの被害者を発見し、あるいはパワハラの加害者となりそうな存在を事前に把握する可能性にも繋がります。

企業内だけで解決できないときは

自社でパワハラの相談などを受け、解決できれば良いことは間違いありませんが、残念ながら加害者とされる者・被害者とされる者などの言い分が食い違ったり、被害者とされる者が声を挙げられずに社内だけの解決が図れないこともあるでしょう。その場合には、外部のどの組織に相談すべきで、どのような解決方法があるでしょうか。
労働者個人と使用者との間の紛争である個別労使紛争においては、行政機関の手続として、労働局からの助言・指導が行われたり、「あっせん」という紛争解決手続もあります。これは、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」を根拠法としており、法改正により特例としてパワハラに関する紛争については、助言・指導にとどまらず、勧告までできることになり、「あっせん」ではなく「調停」ができるようになりました。内容としては、パワハラ行為そのものだけではなく、「パワーハラスメントに関する相談をしたこと等に対する不利益取扱」についても対象とできる特徴があります。
それ以前の段階で、問題となった行為がパワハラに当たるか、あるいは社内でパワハラが疑われる行為についてどのような措置をとるべきかなど、具体的な対応についてお悩みの場合は、もちろん専門家である弁護士にご相談いただくのも有効であろうと思います。
弊所では、企業法務・顧問弁護士の専門サイトがあり、労働事件についても労働専門チームを設けております。具体的な紛争についても是非弊所にご相談ください。

以上
ご相談 ご質問
グリーンリーフ法律事務所は、地元埼玉で30年以上の実績があり、各分野について専門チームを設けています。ご依頼を受けた場合、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。
企業法務を得意とする法律事務所をお探しの場合、ぜひ、当事務所との顧問契約をご検討ください。

■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 相川 一ゑ
弁護士のプロフィールはこちら