企業買収(M&A)において、未払残業代の有無につきデューデリジェンスを行う場合の、調査の進め方、未払残業代の発見方法、金額の計算、クロージング契約での処理について述べてみました。

1 はじめに

企業買収(M&A)を行う場合、買手は、売手企業のデューディリジェンス(DD)を行いますが、DDを行う際に、人事労務関係で一番問題になるのは未払残業代の有無です。

2 調査の進め方

⑴ 事前スクリーニング

短時間の中で、限定された資料を使い、重大なリスクを早期にあぶり出します。通常、下記のような点について調査を行います。

① 36協定がない。期限が切れている、実態とずれている。
② 管理監督者扱いが多い。
➂ 裁量労働・事業場外みなしが広く使われ、実態が伴っていない。
④ 固定残業代の制度を採用している場合、有効になる要件が整っていない。
⑤ タイムカードははあるが、PCなどでの記録と実際の入退館との乖離が大きい。
⑥ 残業が事前承認制で、承認されない残業が常態化している。
⑦ 申請した人にだけ残業がつくような運用がされている。
➇ 月45時間を超える残業が多いのに、支給残業代が少ない。
  ※ 36協定(時間外・休日労働協定)を結んでも、時間外労働の上限は月45時間・年360時間であり、これを超える残業は「特別条項付き36協定」がなければ違法になります。
➈ 退職者・現役従業員からの労基署に対する相談歴がある、労基署の是正・指導歴がある。
⑩ 人件費率が同業他社に比較して不自然に低い。

⑵ 提出してもらう資料

必要に応じて、以下のような資料を要求します。

① 規程類

  • 就業規則、賃金規程、時間外・休日・深夜の取扱い規程
  • 36協定
  • 変形労働時間制に関する労使協定
  • フレックスタイム制に関する労使協定
  • 管理監督者、裁量・みなし労働の対象者、固定残業代支払いの対象者リストと根拠(職務記述など)

② 記録類

  • 勤怠データ(出退勤・休憩・残業・休日出勤・深夜労働、打刻修正履歴)
  • シフト表、勤務割表、日報
  • PCログ(VDI、勤怠打刻端末ログ)
    ※ VDIとは、従業員のPCの中身を会社のサーバーに置き、どこからでも出業務環境にアクセスできる仕組みを言います。VDIがあると、PCのログイン時刻、操作開始・終了、接続時間がサーバーに記録されるので、実労働時間の把握が容易に取得できるようになります
  • 入退館ログ(オフィス、工場、店舗バックヤードなど)
  • 配送・訪問系の従業員の場合、GPSログ、運行記録、タコグラフ、作業開始終了記録

➂ 支給関連

  • 賃金台帳、給与明細(基本給、各種手当、残業・休日・深夜の支給額)
  • 賞与算定の基礎資料(残業代が賞与に影響する場合もあるため)
  • 人件費の総勘定元帳、部門別人件費(異常値検知用)
  • 雇用契約書・労働条件通知書

④ 人事・労務イベント

  • 労基署対応履歴、是正報告、社労士・弁護士の助言内容
  • 未払残業代請求(内容証明、労審、訴訟)の有無

⑶ ヒアリング

書類だけですと、制度は整っているように見せられるので、現場の実態を把握するためにヒアリングを行います。

① 対象者

  • 人事労務責任者
  • 給与計算担当者
  • 各部門の現場責任者
  • 代表的な従業員層(店舗責任者、一般社員、若手社員、繁忙部署など)

 

② 聞くべき質問の例

  • 残業申請は事前か事後か、却下されることがあるか、サービス残業はあるか。
  • 打刻は本人がするのか、代理打刻はあるか、修正は誰が行うか、どれくらいの頻度で修正するのか。
  • 休憩は取れているか。取れない場合の記録をつけるのか。
  • 早出・着替え・朝礼・開店準備・閉店の作業は勤務時間扱いになっているか。
  • 店舗・現場の鍵開け・鍵締め、レジ締め、清掃、棚卸、引継ぎは誰が何時に行っているか。
  • 持ち帰り仕事、在宅勤務、休日のメール対応、移動時間などについて、どのような扱いがされているか。
  • 管理職は実際に管理を行っているのか。シフトに入って現場作業していないか。

3 未払残業代の発見

① 勤怠の過少計上を調査する。

  • 公式の出退勤と、PCログ、入退館ログの最初・最後の時刻を突き合わせる。
  • 乖離が大きい部署・個人を抽出する。
  • 乖離が「始業前」「終業後」「休日」に偏っているかどうかを見る
  • 打刻修正履歴で、一律丸め(例:毎回9:00/18:00に修正)がないか確認する。
  • 残業申請ゼロなのに、記録では長時間働いている人が多い部署は要注意

② 休憩の実態

  • 勤怠上は毎日1時間休憩になっているが、現場は取れていないケースはあるか。
  • シフト・ピーク時間帯・ワンオペ時間帯と照合して整合性を見る

③ 変形労働時間制・フレックスタイム制の集計ミスはないか。

④ 固定残業制の精度、運用に問題はないか。

⑤ 休日労働・振替休日

  • 休日出勤したが、振替休日が適法に取れていないということがあるか。
  • 法定休日と所定休日の違いが認識され、適法な運用がされているか。
  • 振替休日の事前指定の有無、記録の残り方に問題はないか。

⑥ 「管理監督者」扱いに妥当性があるか。

    ※ 労働基準法上の「管理監督者」とは、経営者と一体の立場で、労務管理上の重要な権限を持つ者を言います。「管理監督者」に対しては、時間外・休日労働の残業代を支払う必要はありません。ただ、実際には「管理監督者」に当たらないにかかわらず、部長・課長・店長という肩書を付け、「管理監督者」として残業代を支払っていないというケースがあります。このような場合、後に残業代の支払いを要求されることがあります。

  • 役職者の残業代ゼロ運用があるか。
  • 役職者の権限(採用・評価・労務管理)、待遇(賃金水準)、勤務実態(現場稼働)を調査する。
  • 店長・課長級が長時間なのに残業ゼロに場合は注意を要する。

⑦ 着替え・準備・片付け・朝礼などの労働時間該当があるか。

  • 開店準備、清掃、レジ締め、朝礼、点検、着替えが必要な職場の場合、労働時間として計算されているか。

4 未払残業代の推定計算

  未払残業代がある場合、本来はこれを全従業員について再計算すれば正確ですが、これを行うと、膨大な時間とコストがかかり、期間内にDDを完了させることができないため、10人程度の小規模の会社を除いては、推定で計算していることが多いと思います。

  どのように推定計算をするかというと、未払残業が発生している可能性が高い層を見つけ、そこから全体を推計するという方法を取ります。

①  典型的な抽出区分

ア 部署別
 ・ 営業部門
 ・ 開発・設計部門
 ・ 店舗・現場部門
 ・ 管理部門

イ 職種別
 ・ 外勤営業
 ・ 内勤事務
 ・ 技術職
 ・ 店長・現場責任者

ウ  管理監督者
 ・ 名ばかり管理職の疑いがある層

エ  固定残業制適用者
 ・ 固定残業時間と実労働時間の乖離の確認

② 抽出する人数と再計算

   会社規模にもよりますが、各区分からサンプルとして2~3名を抽出することが多いと思います。場合により、繁忙期・閑散期を跨ぐ期間で確認する、PCの記録、入退館の記録がある人を優先するなどのことも行います。

   抽出後、勤怠の記録、PCの記録、入退館記録などから、「実労働時間」を復元し、本来支払われるべきだった未払い残業代を算定します。そして、本来支払われるべきだった残業代を分母とし、未払いとなっている残業代を分子として、未払残業代の率を出します。

   例えば、サンプル2名、2年の残業代、本来支払われるべきだった残業代総額100万円、実際に支払われた残業代70万円とすると、未払残業代の率は、(100万円-70万円)÷100万円で30%になります。部署全体で10名の従業員がいるとすると、2名で100万円なので10名で500万円となり、その30%の150万円が未払い残業代になります。

   ただ、管理職は除外し、また、固定残業代の対象となる者とそうでない者を分ける必要がありますし、各従業員の給料の違いも反映させる必要があります(したがって、場合によってスタッフ・係長・課長と分けたり、正社員・パートを分けたり、あるいはサンプルと部署全体の平均時間単価の差を補正するなどすることもあります)。

   このように、この計算は推計によるところが多く、大体の金額の把握に使うものです。また、従業員の数が例えば10人と少ない場合は、きちんと残業代の計算をしてよいと思います。

   また、この推計モデルは一つの方法であり、他の方法もあると思います。

5 未払残業代のクロージング契約での処理

  上記のようにして概算額を把握した後、クロージング契約で下記のような方法で処理するのが一般的です。

① 表明保証条項
  未払残業代がないと考えられる場合は、「未払賃金債務は存在しない」という表明保証を売主にしてもらいます。後日、未払残業代が発覚したときには、売主に対して補償の請求をします。

② 補償条項
  未払残業代が見つかった場合、売手にその金額を補償してもらうという条項を設けます。一般的に、クロージング後何年の間に未払残業代が発覚した場合のみ補償するというように期間の制限を設けたり、補償する未払残業代の上限を設けたりします。

➂ 売買金額の一部留保
  推計未払残業代を買収代金から留保し、●年間、未払残業代の発覚がなければ留保した金額を売主に支払うというようにします。

④ 価格調整
  推定未払残業代を、買収代金から控除した金額を買収代金とします。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
代表・弁護士 森田 茂夫

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