賃借人が賃貸物件内で孤独死 賃貸人として何ができるのか

近年、単身高齢世帯を中心に孤独死が増えており、賃貸物件で孤独死が発生するケースも珍しくありません。賃貸物件で孤独死が発生した場合、賃貸人は、どのように物件の明渡しを実現し、また、遺族に対してどのような請求ができるのでしょうか。

近年増加している孤独死

近年増加している孤独死

孤独死とは、一人暮らしの方が、誰にも看取られることなく自宅で亡くなることを意味し、その死因は、病死のこともあれば、自然死のこともあります。

近年、孤独死は増加しています。
警察庁の統計によると、2024年に孤独死した人の数は7万6020人にのぼり、うち65歳以上が7割以上を占めているとのことです。

また、死亡してから発見されるまでの経過日数は、1日以内が2万8756人と最も多かった一方で、31日以上経過していた人が6945人、1年以上経ってから見つかった人が253人など、死後長期間が経過してから発見されるケースも少なくありません。

このような孤独死は、その方の持ち家のみならず、賃貸物件で発生することも珍しくありません。
賃貸物件内で賃借人が孤独死した場合、賃貸人としては、どのように物件の明渡しを実現し、また、賃借人の遺族に対してどのような請求ができるのでしょうか。

孤独死が発生した場合の物件の明渡し

賃借人が孤独死しても賃貸借契約は当然には終了しない

孤独死が発生した場合の物件の明渡し

これは孤独死に限らないのですが、賃借人が死亡したからといって、賃貸人は一方的に賃貸借契約を解除することはできません。
なぜなら、賃借人の有していた賃借人としての地位(賃借権)は、相続の発生によって、亡くなった賃借人の相続人に引き継がれるからです。

このため、賃貸人としては、孤独死した賃借人の相続人を探し出し、その人と連絡を取って、今後、賃貸借契約をどうするのかを話し合っていくことになります。
多くの場合、相続人は、賃貸借契約を維持する必要性がないことから、賃貸借契約を合意解除したうえで、賃貸物件の明渡しに動くこととなるでしょう。

賃貸物件内の残置物を勝手に処分するのはNG

賃貸物件内の残置物を勝手に処分するのはNG

とはいえ、全ての相続人が賃貸物件の明渡しに協力的であるとは限りません。
賃貸人側から何度催促しても、なかなか物件内に置かれた残置物(孤独死した賃借人の家財道具や衣類などの私物一切)を搬出してくれず、明渡し作業が進まないという事態も考えられます。

しかしながら、いくら相続人が非協力的だからといって、賃貸人が、賃貸物件内の残置物を勝手に搬出・撤去、処分することは許されません。
なぜなら、それら残置物の所有権も、相続によって、孤独死した賃借人の相続人に移転しているからです。
このため、賃貸人側で残置物を処分したいのであれば、それらの所有者である相続人の許可(同意)が必要です。

相続人の協力がどうしても得られない場合は?

孤独死した賃借人の相続人が、任意に残置物を処分してくれない、賃貸人側で処分しようにもその同意が得られない、という場合にはどうしたらよいでしょうか。

このような場合、残念ながら、賃貸人としては、法的手段を取るしかありません。

すなわち、

  • STEP.01
    相続人を相手に建物明渡請求訴訟を提起
  • STEP.02
    明渡しを命じる勝訴判決を得る
  • STEP.03
    判決に基づき建物明渡の強制執行の申立て
  • STEP.04強制執行により物件内から残置物を搬出・撤去する

という流れになります。
ご自身では難しいため、弁護士への依頼が必要になるかもしれません。

しかし、相続人の協力が得られない場合に、適法に賃貸物件の明渡しを実現するためには、上記の流れで進める必要があります。

相続人が相続放棄した場合は?

相続人が相続放棄した場合は?

孤独死した賃借人の相続人に連絡を取り、賃貸物件の明渡しや原状回復を求めたところ、相続人が相続放棄の手続きを取り、「こちらは相続放棄しましたので、一切対応できません」と言われてしまったら、賃貸人はどのように明渡しを実現すればよいのでしょうか。

孤独死した賃借人の相続人が、全員相続放棄してしまい、相続人が誰もいない状態になってしまった場合、物件の明渡しを求めたい賃貸人の方から、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てるという方法があります。

相続財産清算人は、利害関係のない弁護士や司法書士が選任されることが多く、相続人に代わって、孤独死した賃借人の相続財産を管理・処分する権限を持ちます。
物件内に残された残置物についても、この相続財産清算人が、相続人の代わりに搬出・撤去し、物件を明け渡してくれます。

ただし、相続財産清算人の選任を申し立てるには、孤独死した賃借人の戸籍謄本などの書類を揃える必要があるほか、(相続財産が十分にある場合を除いて)相応の予納金を収める必要があり、かなりの費用と労力がかかることを覚悟しなければなりません。

孤独死が発生した場合に相続人に請求できるもの

孤独死が発生した場合に相続人に請求できるもの

ここまでは、賃貸物件の明渡しについて見てきました。
ここからは、賃貸物件内で孤独死が発生したことを理由に、賃貸人から相続人に対して請求できるもの(金銭的な請求という意味です)があるかについて、検討してみたいと思います。

未払いになっている賃料

孤独死した賃借人が賃料を滞納していた場合、賃貸人は、相続人に対して、未払いになっている賃料を請求することができます。
相続によって、未払い賃料の支払債務が相続人に引き継がれているからです。

賃借人が亡くなるまでに発生していた未払い賃料については、各相続人に対し、法定相続分の割合に従った限度で、請求することができます。
一方、賃借人が亡くなってから物件の明渡しが完了するまでに生じた未払い賃料(または賃料相当損害金)については、各相続人に対し、その全額を請求することができます。

原状回復費用

原状回復費用

賃貸借契約が終了し、賃借人が賃貸物件を明け渡す時には、借りていた物件を「本来あるべき状態」、すなわち、入居時の状態に戻して賃貸人に返還する義務があり、これが原状回復義務と呼ばれるものです。
入居時の状態に戻すと言っても、通常使用による損耗や経年劣化に伴うものは原状回復の範囲には入りません。
この原状回復義務も、相続によって相続人に引き継がれていますから、賃貸人は、相続人に対し、原状回復にかかった費用を請求することができます。

孤独死が発生し、発見までに長期間を要した場合などは、遺体の腐敗による汚損や臭気を除去するために特殊清掃やリフォームが必要となりますので、その分、原状回復費用は高額になる可能性があります。

孤独死を理由とする損害賠償請求

孤独死は、病死や自然死、日常生活における不慮の死などを原因とするものであり、孤独死してしまったことに関して賃借人に責任(法律上の故意・過失)はありません。
また、自殺や殺人の場合と異なり、孤独死の場合は直ちに事故物件となるわけでもありません。
このため、賃貸人から、相続人に対し、賃借人が賃貸物件内で孤独死したことを理由に損害賠償請求することは原則としてできません。

なお、上記で「原則として」できませんと説明しましたが、実は例外があります。
それは、孤独死の発見が遅れて遺体が長期間放置された場合など、いわゆる事故物件との評価を受けて、賃貸人が、次の募集をかける際にその事実を告知せざるを得ない場合などです。
その結果、なかなか次の借り手が見つからない、見つかったとして通常の賃料より低い賃料でしか契約できないなど、損害が発生する場合には、賃貸人は、相続人に対し、損害賠償請求(逸失利益、差額賃料)できる可能性があります。

相続人が相続放棄した場合は?

相続人が相続放棄した場合は?

孤独死した賃借人の相続人に連絡を取り、未払い賃料や原状回復費用、生じた損害の賠償を請求したところ、相続人が相続放棄の手続きを取り、「こちらは相続放棄しましたので、一切支払うことはできません」と言われてしまったら―――残念ながら、賃貸人は、相続人に対してこれらを請求することはできなくなります。
(もちろん、相続人が相続放棄したというのが本当かどうか、家庭裁判所発行の相続放棄申述受理証明書等の公的書類を見せてもらい、確認して下さい)

孤独死した賃借人の相続人が全員相続放棄し、誰も相続人がいなくなってしまった場合、明渡しの箇所で紹介したように、ここでも、相続財産清算人の選任を申し立てるという方法があります。
しかしながら、このような場合、孤独死した賃借人に多額の遺産が存在する例は少なく、仮に、相続財産清算人を選任してもらい、清算人に対して未払い賃料や原状回復費用等を請求したとしても、賃貸人が支払いを受けるのは難しいことが多いです。
逆に、相続財産清算人選任の申立てには費用がかかりますので、申立てをした賃貸人の持ち出しとなってしまう事態も考えられます。
従って、この場面での相続財産清算人制度の利用には、慎重になった方がよいでしょう。

ご相談
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。

■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 田中 智美

弁護士のプロフィールはこちら