令和2年11月  弁護士 木村 綾菜

【事案の概要】
上告人Xらは、被上告人国際自動車株式会社(以下、「Y社」とする。)に雇用され、タクシーの乗務員として勤務していた。
Y社の就業規則の一部であるタクシー乗務員賃金規則(以下、「本件賃金規則」とする。)によれば、Xらの賃金はおおむね以下の通り定められていた。

【争点】
① 歩合給⑴の計算方法について、売上高(の一定割合相当分)から割増金(深夜手当、残業手当等)を控除している本件賃金規則上の定めは、労働基準法37条の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するとして無効ではないか?
※売上高が同額である限り、時間外労働等をした場合もしていない場合も、支払われる賃金は同額になる。
② 本件で、労働基準法37条の割増賃金は支払われていると言えるか?

【裁判所の判断】
<①について(平成29年判決)>
原判決(一部)破棄,差戻し。
「ア 労働基準法37条は,時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ,割増賃金の算定方法は,同条…に具体的に定められている。もっとも,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり,使用者に対し,労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし,これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。

そして,使用者が,労働者に対し,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには,労働契約における賃金の定めにつき,それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で,そのような判別をすることができる場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり…,上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。

他方において,労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に,当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである。

イ しかるところ,原審は,本件規定のうち歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労働基準法37条の趣旨に反し,公序良俗に反し無効であると判断するのみで,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か,また,そのような判別をすることができる場合に,本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきとしたものである。そうすると,原審の判断には,割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果,上記の点について審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。」



<②について(令和2年判決)>
原判決破棄、差戻し。

「(1)ア 労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは,使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される…。また,割増賃金の算定方法は,労働基準法37条等に具体的に定められているが,労働基準法37条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され,使用者が,労働契約に基づき,労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない…。

イ 他方において,使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ,その前提として,労働契約における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である…。そして,使用者が,労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において,上記の判別をすることができるというためには,当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ,当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは,当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり…,その判断に際しては,当該手当の名称や算定方法だけでなく,上記アで説示した同条の趣旨を踏まえ,当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。

(2)ア …割増金は,深夜労働,残業及び休日労働の各時間数に応じて支払われることとされる一方で,その金額は,通常の労働時間の賃金である歩合給(1)の算定に当たり対象額Aから控除される数額としても用いられる。対象額Aは,揚高に応じて算出されるものであるところ,この揚高を得るに当たり,タクシー乗務員が時間外労働等を全くしなかった場合には,対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が歩合給(1)となるが,時間外労働等をした場合には,その時間数に応じて割増金が発生し,その一方で,この割増金の額と同じ金額が対象額Aから控除されて,歩合給(1)が減額されることとなる。そして,時間外労働等の時間数が多くなれば,割増金の額が増え,対象額Aから控除される金額が大きくなる結果として歩合給(1)は0円となることもあり,この場合には,対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が割増金となるというのである。

本件賃金規則の定める各賃金項目のうち歩合給(1)及び歩合給(2)に係る部分は,出来高払制の賃金,すなわち,揚高に一定の比率を乗ずることなどにより,揚高から一定の経費や使用者の留保分に相当する額を差し引いたものを労働者に分配する賃金であると解されるところ,割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば,割増金の額がそのまま歩合給(1)の減額につながるという上記の仕組みは,当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で,その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって,前記(1)アで説示した労働基準法37条の趣旨に沿うものとはいい難い。また,割増金の額が大きくなり歩合給(1)が0円となる場合には,出来高払制の賃金部分について,割増金のみが支払われることとなるところ,この場合における割増金を時間外労働等に対する対価とみるとすれば,出来高払制の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく,全てが割増賃金であることとなるが,これは,法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない。

イ 結局,本件賃金規則の定める上記の仕組みは,その実質において,出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を,時間外労働等がある場合には,その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは,歩合給対応部分の割増金のほか,同じく対象額Aから控除される基本給対応部分の割増金についても同様である。)。そうすると,本件賃金規則における割増金は,その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても,通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして,割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。

したがって,被上告人の上告人らに対する割増金の支払により,労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。
ウ そうすると,本件においては,上記のとおり対象額Aから控除された割増金は,割増賃金に当たらず,通常の労働時間の賃金に当たるものとして,労働基準法37条等に定められた方法により上告人らに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。」

※現在は、本件賃金規則は改定されているとのこと。

【検討】
1.背景
タクシー業の特徴として
・日勤、夜勤、隔日勤務などの働き方がある。
したがって、夜間の労働や長時間労働が多く存在し、
深夜手当や時間外手当が生じやすい業種である。
(変形労働時間制の要件を満たしているかも問題となり得る。)
・タクシー運転手には、その業務のやり方についてある程度裁量がある。
売上げも人によってまちまちである。
・タクシー運転手=歩合=残業代等は支払われない、という認識が根強い。
といったことが挙げられる。
そのため、オール歩合給制(高知県観光事件・最判平成6年6月13日)をとっていたり、残業代・深夜手当等をそもそも支給していなかったりという業者も多くあり、本件のY社と同様の給料体系(歩合給等から残業代や深夜手当相当額を差引く)をとる運輸業者も相当数あると言われている。
なお、本件の差戻高裁では、Y社側から、「本件賃金規定のもとでは、残業をしても給料は上がらない。すなわち、労働者は残業をしなくなり効率的に働くようになるため、合理的である」旨の主張がされ、高裁はこれに賛同していた。

2.本件の判断
本件について、最高裁は、2つの判例を通しておおよそ以下の一般論を示した。
① 労働基準法37条の趣旨は、「使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行」うものであり、法は、労働者ではなく会社に対して、残業等をなるべく回避させる義務を負わせている。
② 同条(及び政令及び厚生労働省令)は、時間外・休日・深夜の割増賃金の算定方法を具体的に定めているが、これ以外の算定方法によって割増賃金を算定し支払うことにしても直ちに無効ではない。
③ 同条は、同条で具体的に算定できる割増賃金の額を下回らない額の割増賃金の支払いを義務付けている。
④ 同条で具体的に算定できる割増賃金の額を支払ったか否かを判断するためには、労働契約上の賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、同条の定める割増賃金に当たる部分とに明確に判別することができることが必要である。
⑤ 支払われた手当が、時間外労働等の対価としての趣旨で支払われるものとされているか否かは、諸般の事情を考慮して、形式面だけでなく、同条の趣旨も踏まえた上、賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討するべきである。

その上で、本件については、以下のように判断した。
① 歩合給⑴は、出来高払い制の賃金(売上高に一定の比率を乗ずることなどにより、一定の経費や使用者の留保分を差し引いた金額を労働者に分配するもの)であると解されるところ、割増金の額がそのまま歩合給⑴の減額につながるという本件の仕組みは、割増賃金を経費としてその全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、同条の趣旨に沿わない。
② 割増金が多くなった結果、歩合給⑴が0円となる場合には、出来高払い制の賃金については、割増金のみが支払われることとなるが、そうすると「通常の労働時間の賃金」に当たる部分がなくなるため、同条の定める割増賃金の本質から逸脱する。
③ 以上から、本件賃金規則は、その実質において、本来は歩合給⑴として支払うことが予定されている賃金を、その一部につき名目を割増金に置き換えて支払う仕組みになっている。
そうすると、本件賃金規則における割増金は、通常の労働時間の賃金(歩合給⑴)を含んでいると解さざるを得ないから、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでない。
④ したがって、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、同条の定める割増賃金に当たる部分とに明確に判別することはできず、同条で具体的に算定できる割増賃金の額を支払ったとは言えない。

本件では、上記の様に分析され、明瞭区分性が否定された結果、法定の割増賃金が支払われていないとの判断がされた。
最高裁の判断基準によれば、結局のところ、個別の事案において「諸般の事情」として何を考慮するのか、どう考慮するのか、という点が問題となり続けるのであり、事案に即した分析が必要である。

4.おわりに
歩合給制度それ自体は悪ではないが、その算定方法や働き方・働かせ方には注意が必要である。適正な労働管理及び対価の支払いが求められている。

以上