労働審判は、個別労働紛争の実情の応じた迅速かつ柔軟な紛争解決を目的とした制度で、民事訴訟以外の司法上の手続として平成18年4月から導入されました。
労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争に関し、裁判所において、裁判官や労使の専門的知識を有した者が組織する労働審判委員会が、事件を審理し、調停成立による解決見込みがある場合には、調停を試み、調停による解決に至らない場合には、労働審判を行うというものです(労働審判法1条参照)。

労働審判の特徴

労働審判の特徴としては、大きく3つの特徴があげられます。
それは、①専門性、②迅速性、③柔軟性です。

① 専門性
専門性の特徴を裏付けるものとして、労働審判委員会の存在があります。
労働審判委員会は、裁判官である労働審判官1名と労働関係の専門的知識を有する労働審判員2名の合計3名により構成されます。
労働審判員は、紛争処理にあたっての公正さを確保するために、使用者代表(企業の人事労務経験者など経済団体から推薦を受けた者)として1名、労働者代表(労働組合の執行委員や労働相談経験者等労働団体から推薦を受けた者)として1名を指定されます。
なお、労働審判委員会の決議は、過半数の意見によるものとされ、裁判官である労働審判官の意見が労働審判員2名の意見よりも重視されるということはないとされています。
このように、労使間の専門的知識を有した人が、手続に常に関与しながら、話し合い等がなされるため、専門性という特徴があると言われています。

② 迅速性
迅速性の特徴を裏付けるものとしては、期日の回数制限があること、口頭による主張が重視されている(書面による主張を重視しない)点などがあります。
まず、労働審判手続は、原則として3回以内の期日で審理を終結させなければならないこととされています。
そして、労働審判官は、原則として、労働審判の申立ての日から40日以内に労働審判の第1回期日を指定しなければならないとされ、労働審判委員会は、第1回期日に当事者の陳述を聞いて、争点及び証拠の整理をし、可能な証拠調べを実施して審理の終結を目指すこととされています。
このように、できるだけ迅速に手続が終結されるように制度設計がなされています。
ただ、裏を返せば第1回目の審理が、実のあるものとして行われなければ、その後の審理も停滞し、結果も満足なものが得られないという可能性があるということなので、第1回目までの準備(予想される争点ごとの具体的な主張立証)が、通常の訴訟以上に重要となります。
また、労働審判においては、通常の民事訴訟とは異なり、第1回期日までに提出する申立人の申立書、相手方の答弁書以外の書面は、原則として要求されず、その後主張反論等は、労働審判期日において口頭で行うこととされています。
そのため、通常の訴訟のように主張書面作成のための日程を確保し、主張書面を提出するための、期日を重ねるという審理方法にはならず、迅速化が可能になっています。
このような迅速性という特徴を備えており、現実の運用においても、およそ7割が3カ月以内に終結していると言われており、申立てから終結までの平均審理期間は、約75日という統計もあります。

③ 柔軟性
労働審判においては、まず調停を試みることとされており、お互いの話を聴取しながら合意形成ができれば、申立書の内容にとらわれず、調停調書を作成して終了することができます。
労働審判委員会も、お互いの話を聴取し審理を進めながら、積極的に調停案を提示することもあって、調停により終了するケースが多く、7割近くの事件が調停により終結していると言われています。

労働審判の流れ

以下では、弁護士が依頼者から労働審判事件を受任し、事件が終了するまでの流れを説明します。
なお、あくまでも手続の流れの一例であり、全ての期日が以下のように進行するものではありません。

① 相談、弁護士への委任
まずは、弁護士に法律相談に行きます。
弁護士に労働関係の紛争について、概要を説明します。相談の際に、会社と労働者とのやりとりを示すような資料も持参して説明すると話がスムーズに進みます。例えば、解雇の事案であれば、会社からの解雇通知や会社の就業規則が手に入る場合には就業規則などが典型例です。
弁護士から法的なアドバイスを受け、弁護士に事件を委任するということになれば、弁護士費用などの説明を受けて、委任契約書を取り交わします。

② 申立から第1回期日まで

1.弁護士は、打合せ等を行い、申立てのための主張を整理し、証拠を収集します。
証拠の一例としては、解雇事案であれば、雇用契約書、解雇通知書、解雇理由書(退職等証明書)、就業規則等が典型です。
残業代の支払い事案であれば、賃金規定、給与明細書、労働時間を示す就業規則、残業の事実を示すタイムカードや業務日誌等が典型です。

2.当事者の主張や集めた証拠をもとに、弁護士は申立書を作成します。

3.申立書ができ次第、管轄裁判所(原則として、地裁本庁に限定)に提出します。
労働審判の管轄は、ア.相手方の住所、居所、営業所もしくは事務所の所在地を管轄する地方裁判所、イ.個別労働関係民事紛争が生じた労働者と事業主との間の労働関係に基づいて労働者が現に就業し、もしくは最後に就業した事業主の事業所の所在地を管轄する地方裁判所、ウ.当事者が合意で定める地方裁判所です。
なお、申立ての際に必要な印紙代は、民事調停と同水準であり、一般の民事訴訟より安価です。

4.申立て後、事件が受理されると、原則として、40日以内に、第1回期日が指定されます。

5.相手方は、申立書を受け取り、第1回期日までに、申立書に記載された主張に対する反論を記した答弁書や証拠を提出します。

特に、基本的な書証のうち、申立人が保有しておらず提出できていないもの(例えば就業規則)については、相手方が早期に提出します。

③ 第1回期日
1.労働審判委員会が構成され、審理が開始されます。
訴訟で使用する法廷(法廷ドラマの法廷をイメージ下さい)ではなく、多くの労働審判が1つのテーブルに関係者一同が会する形で(ラウンドテーブル)行われます。期日は、原則として、非公開です。
期日の時間としては、1時間半や2時間の枠で行われることが多く、3時間程度かかることもあります。

2.まずは、労働審判委員会の簡単な自己紹介や労働審判手続きの概要説明がなされます。
労働審判委員会は、事前に申立書や答弁書を読んでいます。紛争の争点はある程度明らかになっており、その内容を踏まえて、当事者やその代理人から事実関係を聴き取ります。

3.事実関係の審理が早急に済んだ場合には、調停を試みることになります。第1回で調停が成立することもあります。

4.第1回期日で聴き取りのみを行い、調停の試みができなかった場合には、2回目以降に持ち越されます。

④ 第2回期日以降

1.第2回以降は、調停の試みが中心になります。場合によっては、第1回に出られなかった証人のからの聴取や第1回に審判官が指示した証拠関係の検討をすることもあります。
第2回目の期日は、一般的には、2~3週間程度先に指定されることが多いです。
第2回目以降の期日の時間は、第1回の期日に比べると短くなる傾向にありますが、ケースバイケースです。
調停の試みでは、労働審判委員会からの調停案の提示や当事者からの調停(解決)案の提示に基づいて、その内容に対しての意見を当事者双方に意見確認を行います。調停案についての意見確認は、多くは、各当事者から交互に聴き取ることになります(一方は、いったん退室し、別の場所で待機します。)。

2.双方が、調停案について、妥協しながら合意形成ができれば、調停成立として、調停調書が作成され、終了します。

3.第2回目で、成立しない場合には、第3回目まで持ち越され、調停案に対する意見聴取を行います。
なお、原則として事実関係についての主張立証は第2回期日までであり、第1回期日を受けて補充的に主張立証する場合には、第2回期日までに行います。

⑤ 調停不成立、審判
第3回期日においても調停成立に至らない場合、労働審判委員会は、最終的に審判を行います。
審判では、権利関係の確認、金銭の支払いや物の引渡等の財産上の給付、その他個別労働紛争の解決のために相当と認める事項を柔軟に定めることができます。
審判は、多くの場合、口頭で告知されます。審判に異議が出されなければ、審判に基づいて強制執行をすることもできることになります。

⑥ 審判に不服がある場合
審判に不服がある場合には、告知を受けてから2週間以内に異議申し立てをします(口頭で告知を受けた場合には、その告知を受けた時から起算し、審判書を受け取った時からではありません。)。
適法な異議申し立てがあった場合には、審判は効力を失い、労働審判手続に係る請求は、当該労働審判申立があったときに、労働審判事件が係属した地方裁判所に対し、訴えの提起があったものとみなされます。
そして、解決のための手続は、訴訟手続に移行していくことになります。

労働審判が利用される主な事件類型

① 解雇等無効
典型的には、会社から突然解雇を言い渡され、その処分に納得がいかず、解雇の無効を主張し、従業員としての地位が現在も存在することの確認を求める事件です。
この場合、解雇の無効を主張し復職を求めるケースや復職は求めずに「合意退職+解決金の支払い」という形で和解して終了するケースなどがあります。

② 残業代等の支払い請求
①の解雇の無効や地位確認と合わせて請求することが多いですが、現在も従業員としての立場にありながら、単独で残業代の支払いを求めることもありえます。
残業代の支払いには、労働時間の立証が必要になります。タイムカードや業務日誌等により明らかにできれば良いのですが、そのような物がなく、労働時間の管理が杜撰な会社もあります。そのような場合には、同僚の証言や労働者自身の日記・メモ等によって大まかな残業時間を出すなどの方法によらざるを得ないですが、会社側に反証を求め、会社から資料が提出される場合もあり、最初から請求が無理であると決めつける必要はありません。

③ 過労死、パワハラ・セクハラ等による損害賠償請求
パワハラやセクハラ被害を受けて精神的な苦痛を受けた場合、過酷な労働条件によって過労死に至ったことについて、会社に死亡による慰謝料や逸失利益等の損害賠償を求めるような場合も労働審判を利用できます。
しかし、このような類型の事案は争点整理や立証が複雑なケースが多く、労働審判の手続では迅速かつ適正な解決のために適当でないと労働審判委員会が認めるときは、労働審判委員会は労働審判手続を終了することができるとされており、この場合、労働審判の申立ては訴えの提起と擬制され、訴訟手続きでの解決が図られる場合もあります。


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